深海の底の洞窟には危険がいっぱい【15】
ファンタジーです
※これは2013年に書いたものです
2013/12/29 19:15
第一の関門である遺跡群を抜け出ることに成功した俺たちは、案内人のゼルダさん親子に案内されながら洞窟内を歩いていた。
上空には無数の海蛍が舞っているため、そのおかげで洞窟内は薄暗い感じになっていた。
周囲は見えているので歩くことに不安はない。
真っ暗だったら歩くことに不安を覚えただろう。
俺は物珍しげに辺りを見回しながら、観光地を散策するかのような気分で歩いていた。
炭鉱迷路というんだろうか。
洞窟内はいくつもの同じ横道が出来ており、方角を見失えばあっという間に元来た道が分からなくなる。
2人の案内が無ければ、洞窟内を永遠と彷徨い歩くことになるだろう。
それに、一つ道を間違えばその先に魔物が潜んでいたとしても不思議じゃない。
あ。
俺は脇道にある何かを見つけて足を止めた。
その方向を無言でジッと見つめる。
俺が足を止めたことで、みんなが足を止めて俺に注目してくる。
「どうしたデシか?」
天井から細く降り注ぐ金色の砂。
それが落ちて、地面に小さな砂の泉を作り出していた。
俺はそれに感動の声を漏らす。
うわぁ、なんかスゲーきれい。砂金みたいにキラキラしてる。
砂のところどころに、まるで小さな金塊の粒でも混ざっているかのようにキラキラと輝くものがある。
そのキラキラが俺を不思議と魅了した。
俺は引き寄せられるように方角を変えてその泉に足を向ける。
「ケイよ、戻って来るのだ!」
「危ないデシよ!」
アデルさんとデシデシが制止してくる言葉に耳を貸さず、俺は泉の傍に座り込んだ。
他の仲間は安全を遠目から見守るようにして俺の後を追って来なかった。
きっとすぐ俺が戻って来ると思ったのだろう。
砂海で出来た小さな泉には何匹かの海蛍が宙を舞っていた。
俺が傍に来ても、試練で道を塞いでいた時と同じ、警戒も攻撃もせずにただふわふわ光を放ちながら宙を飛んで漂っている。
海蛍が泉の傍を舞う度に、その光で反射して砂の一部の粒がキラキラと金塊のように輝きを放った。
もし俺に強欲な心があったとしたら、きっとこの砂を袋に詰めて持ち帰っただろう。
しかし不思議と俺の中にそんな心が芽生えることはなかった。
ただ綺麗だという思いで、そっと砂の泉に手を伸ばして指で触れる。
……。
普通に砂だった。
俺が触れると、まるで水にでも触れたかのように泉に波紋が広がってユラユラと揺れた。
すると今まで静かに遠くから見守っていたゼルダさんが、急に背後から落ち着いた声音で俺に声をかけてくる。
「興味を持つのは構わないが、それを好奇心で無暗に触れたりしてはいけない。
あちこちに罠が仕掛けられていることもあるからな」
──瞬間!
その言葉を体現するかのごとく、泉の中から飛び出してきた鋭い竹やりの先が、俺の顔面に目掛けて寸止めする。
……。
当たるか当たらないかのギリギリの距離に、俺の冷や汗が止まらない。
なぜこんな殺傷能力抜群なものをここに仕掛ける必要があったのか?
その意味が知りたかった。
もし、泉の砂をガッツリ掴むほど体を寄せていたら、俺は今頃、完全にあの世に逝っていたかもしれない。
「強欲とはそういうものだ」
あのさ……。
俺は声を絞り出す。
恐る恐る竹やりから身を退きながら、
案内人なら事前に説明しておくとか、そういう親切心はないのか?
俺のその問いに軽く笑って、ゼルダさんが声を投げてくる。
「案内人が罠を説明したら罠を仕掛けた意味がなくなる。
罠はあちこちに仕組まれているから気を付けなさい」
その言葉にアデルさんが疑問を持つ。
「なぜそのような罠を仕掛ける必要があるのか?」
「村に不法な輩どもが侵入してくるのを防ぐためだ」
「ほぉ……」
腕を組んで納得の声を漏らすアデルさん。
その隣でカルロスが自慢の長い髪をふぁさァとかき上げ、俺に向けて嫌味を言ってくる。
「僕はあの物語のことを知っているから、そこに罠があることに気付いていたけどね。
引き止めても良かったんだけど、君の実に下民らしい行動が可笑しくて傍観させてもらった。
これだから下民どもは金目に卑しくて困る」
カチンときた俺は言い返す。
はぁ!? 別に俺、そういうつもりで触れたわけじゃねーし!
カルロスが鼻で笑って馬鹿にしてくる。
「だったらどういうつもりで触れたんだい?
その砂が金塊に見えて袋に詰めて持ち帰ろうとしたんだろう?
あの物語で死んだ人物もそうだったよ」
なわけないだろ! この世界で初めて見るものだったから、きれいだなってつい──
言葉半ばで、俺の言葉に違和感を覚えたカルロスが、怪訝に眉を潜めて訊いてくる。
「この世界で初めて見たというのかい? そんなただの砂海の粒を」
あ……。
失言に気付いて俺はさらに冷や汗が止まらなくなった。
まだ誰も俺の正体が異世界人だということは知らない。
そうか、だから誰もあの時俺のあとをついてこなかったし、砂粒に感動したのは俺だけだったんだ。
あー……えっと……その……
しきりに目を泳がせて、指先をくるくると回しながら、全力で言い訳を考える。
すると横から、デシデシがさも当然とした顔で俺を前足で示しながら、ぼそりと半眼でカルロスに告げてくる。
「Kは生まれた時からジャングル暮らしが長かったから、きっと世界を知らないだけデシ。
ボクと一緒にギルドに居た時もKはこんな反応だったデシ。
Kは森のジャングルが世界の全てだと思っているんデシ。
あれがいつものKデシ」
……。
庇われているのだろうか、貶されているのだろうか。
俺は複雑な心境で項垂れた。
デシデシの言葉に納得したのか、カルロスがそれ以上追求してくることはなかった。
その代わり、鼻で笑ってきたことでカルロスが何を考えたのかは充分に伝わった。
ゼルダさんが俺に向けて声をかけてくる。
「案内を続けたいから戻ってきなさい」
あ、ごめん!
俺は慌ててその場から立ち上がり、みんなのところへと駆け戻った。
※
どのくらい歩いただろうか。
迷いそうになるいくつもの同じ洞穴を迷うことなく、案内人に導かれながらようやくそれらしき村へと到着する。
洞穴を抜けた先にぽっかりと大きく広がる洞窟の空洞。
洞窟の天井にはびっしりと淡く光る苔が生えていて、村全体の照明の役割を果たしていた。
一見、何の変哲もなく、地上のどこにでも見かけるような平和な村だ。
俺たちが繰り返して体験した時の村が、そのまま再現されているかのように存在していた。
ただ変わっているところといえば、ここが辺鄙で地図にも載らなさそうな場所だということ。
隠れ家的存在というのだろうか。
村の住民も皆一様にしてゼルダさん達と同じ魚人族に近い姿をしている。
ゼルダさんの言葉からして、部外者を一切許さず、しきたりに厳しい村だと思っていたが、実際にはとても温厚な村の人たちばかりで通りすがりに会った知らない部外者にも気軽に挨拶してくるような、そんな平和で安全そうな村だった。
「うむ。まことに良き村だな」
アデルさんが安堵の表情で満足そうに頷く。
すると何かを見つけたデシデシが俺の服を嬉しそうに引きながら前足で示してくる。
「K! あれ見るデシ!」
え? どこ?
「あれデシ! あの岩陰の向こうにボクたちの船が見えるデシ!」
あ! ほんとだ! 繰り返しの時は無かったはずなのに!
岩陰から見えるほんの一部の見覚えある船の形。
たしかにデシデシの言う通り、俺たちが乗っていた船であることに間違いなかった。
一部が壊れてそうだったが、それほど激しい損傷といったものは見当たらない。
俺とデシデシの胸が高鳴る。
きっと仲間たちは全員無事で村に居て生き残っている!
そう信じて止まなかった。
今までに見てきたあの海賊との激しい戦いも、全部試練が見せた幻だったに違いないと。
早く仲間に会いたいと興奮した俺とデシデシは、我慢できずに駆け出す。
案内人であるゼルダさん親子よりも先に、村のゲートを抜けて村の中へと入っていく。
デシデシが嬉しそうに村に向けて叫ぶ。
「団長! 団長、どこいるデシか!」
俺たちここに居ます! 無事に助かりました!
一緒になって俺も村のどこかにいるゼルギアの姿を探した。
すると通りすがりの村人が、親切に彼等の居場所を教えてくれた。
遅れて到着するアデルさん。
息つく間もないほどに、俺はアデルさんの腕を掴んでデシデシと一緒に彼等の居る場所へと駆け出した。
※
村の広場となっている場所に、何人かの見知った仲間たちの姿を見つける。
その内の一人に、村長と談笑する楽しそうなゼルギアの姿があった。
「団長デシ!」
俺よりも早く、体毛を総立てて尻尾を膨らませて興奮したデシデシが、全力の猫走りで駆け出して跳躍し、団長の胸に勢いよくダイビングして飛び込む。
「団長デシ! 生きてるデシ! 本物デシ!
やっと会えたデシ! ずっと捜していたデシよぉ!」
「うぉッ! お前いつの間にどこから来た!?」
思いがけないサプライズに顔を崩して驚く団長。
危うく咥えていた煙草を口から落としそうになる。
その団長の胸服に、グシグシと涙と鼻水を大いに塗りつけて、デシデシがしっかりと爪を立ててしがみつく。
元気で無事なデシデシの姿に驚きを見せるとともに、団長の顔がしだいに痛みで歪む。
「デシデシ、爪立てるな。痛ッ! 無事なのはわかったから一旦離れてくれないか?」
遅れて俺もアデルさんと一緒に団長──ゼルギアのもとへと辿り着く。
しがみつくデシデシを抱いたゼルギアの姿に、俺はどうしてもデシデシが普通の猫にしか見えなかった。
興奮にしがみつくデシデシをなんとか胸から引き剝がして、ゼルギアが俺に向き直る。
そして、安堵した表情で溜め息を吐き、俺の無事を確認するように頭を撫でてきた。
「K、お前も無事で良かった。ちょうど今、村長から連絡を受けたところだ。
試練を合格したんだってな」
あ、うん。色々あったけど、なんとか無事にクリア出来たみたいで。
照れくさく笑って、俺はそう答えた。
「そうか。お前ならクリア出来ると信じていた。その俺の勘に間違いはなかったようだ」
ポンポンと。
ゼルギアに軽く肩を叩かれて、俺はようやく安心するとともに、ある一点の気付くことがあった。
無意識に笑みが消えていく。
それに気付いたゼルギアが首を傾げて訊ねてくる。
「どうした?」
あ、いや……なんでもない。
俺は何かを誤魔化すように首を横に振った。
気付いたこと。
それはおっちゃんがゼルギアの中に居ないということだった。
くわえ煙草の手慣れた感じとか、言動とか仕草とか……おっちゃんという存在自体がゼルギアの中から消失している感じがした。
ふと、デシデシが団長の服を掴んでちょいちょいと引いてくる。
不安そうに耳を伏せて、
「団長……他のみんなはどこデシか?」
誤魔化すようにして団長がデシデシの頭を優しく撫でる。
「お前たちが無事で居てくれて本当に良かった。てっきり……」
そこで言葉を止めて、デシデシの頭から手を離して顔を背ける。
てっきり……何?
俺は思わずゼルギアに訊いてしまった。
するとゼルギアは「なんでもない」とだけ言って、笑みを消した。
アデルさんがゼルギアに詰め寄る。
「海賊の者たちは? 白騎士たちは? 他に──ミリアを……精霊巫女の少女を見かけなかったか?」
ゼルギアが首を傾げてアデルさんに問い返す。
「精霊巫女の少女? あの船での戦場にか?」
「うむ、そうだ。海賊にさらわれて海賊船の中に居たのだ。
見かけなかったか? 海賊船はどこにある?」
ゼルギアが首を横に振る。
「たしかに海賊船は俺たちの船の横にあるが、少女はその中に居なかった」
「……そうか」
落胆に肩を落とすアデルさん。
するとゼルギアが急に俺に顔を向けて訊いてくる。
「ところで、ずっと気になっていたんだが。
さっきからお前の後ろに背後霊のように立っている金髪のそいつは誰だ?」
え?
いつからそこに居たんだろう。
俺が振り向くと、そこには無言で突っ立っているカルロスの姿があった。
カルロスが得意げに鼻を鳴らして、威張るように自慢の金髪をふぁさァと手で払って靡かせる。
「僕の名を聞けば、お前も恐れ戦くことだろう。僕の名はカルロス・ラスカルド・ロズウェイ。
ラスカルド国ロズウェル大公の一人息子にして、クトゥルクに選ばれし勇者といえば分かるかな?」
「……」
ゼルギアが真顔でカルロスを見つめる。
そして、
「いや、聞いたことないな」
「はぁ!? この有名な僕を知らないとか、どこの庶民だよお前!」
地団駄を踏むカルロスを相手にすることなく、ゼルギアは無下な扱いで親指を立ててどこかを指し示す。
「白騎士の兵士は向こうに置いてある。
気になるなら一人で行け、ロズウェル大公のクソ坊ちゃま」
途端に、馬鹿にされているんだと気付いたカルロスが怒りに喚く。
「はぁ!? 僕のことを知っていてその態度なのか? お前もここを出たら覚えてろよ!
めっためたに打ちのめしてドラゴンの餌にしてや──」
「どういうことだ、今の言葉は」
カルロスの言葉に被せるようにして、アデルさんがショックを受けた顔で横から口を挟んできた。
ゼルギアの肩を掴み、問いかける。
「置いてある、だと? そう言ったな?」
「……」
ゼルギアが顔を伏せ、くわえ煙草を手に持ち替えて重い息を吐く。
そしてぽつりと答える。
「あぁ。そう言った」
すまん、iPadの電池が0になって電源落ちたからこの先の文章が読めないんだは。
古いから買い替えを迷っている。
ただ今充電中。
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