迷宮遺跡の案内人【14】
※2013年に書いたものです
2013/12/29 17:42
道を塞いでいた群れの海蛍が宙高く飛んで周囲に散り、俺たちの前に道が開ける。
不思議な心地で立ち尽くしていた俺たちのところに2人の親子が歩み寄る。
「海蛍に触れたんじゃなくて、海蛍がお兄ちゃん達を避けてくれたんだよ」
あどけない無邪気な口調で、見覚えのある女の子が俺にそう声を掛けてきた。
「おめでとう、君達は合格だ」
ミアの後から遅れて。
父親のゼルダさんが落ち着いた口調で俺たちに告げた。
いったいなぜ、この親子が今ここにこの状況で現れたのだろう?
しかも「おめでとう」って……。
次から次に湧いてくる疑問。
俺の理解が追い付かず呆然としていると、隣からカルロスが俺に声を掛けてくる。
「君の知り合いなのかい? まさか魔物……じゃないよね?」
あぁ、そういえばと。
俺とデシデシ、そしてアデルさんはポンと手を打った。
たしかに見た目は魔物っぽく見えるかもしれない。
2人とも水掻き手をしているし、魚人族に近いが、俺たちを助けてくれた村の恩人なのは確かだ。
「助けられたのはKだけデシ。ボクなんてペットゲージに入れられたデシ」
「吾輩は一度あの住民に捕まり、地下牢に入れられたこともある」
えっと……。
俺は気まずく頬を掻いて言葉を濁す。
何というか、俺もどちらかといえば助けられたというより市中を引きずり回されたような──
そんな俺たちの警戒を解くかのように友好的なミアが、俺の傍でぴょんぴょん元気に跳ねながら俺の腕にしがみついてくる。
「ねぇねぇお兄ちゃんたち、合格したんだから早く行こうよ」
合格って何が? 行くってどこに?
「いいからいいから、早く行こう。皆、村で待ってるんだから」
皆って……?
疑問に思ったのは俺だけじゃなかった。
デシデシもアデルさんもカルロスでさえ、理解できずに首を傾げて互いの顔を見合う。
するとミアが不機嫌に頬を膨らませて俺を見つめながら答えてくる。
「皆ってのは、お兄ちゃん達のたくさんのお友達のこと。
砂海に沈んだお船に乗っていた人たちは、みーんなミアの村に居て、お兄ちゃん達が合格するのを待ってるんだよ?」
え?
その言葉に俺たちが動揺して問い返す。
「それは本当なのか!」
「皆、本当に村に居るんデシか!」
「フン。僕は騙されないよ、そんなこと」
一人だけ半信半疑で否定的なことを言うカルロスに、ミアが腹を立てて怒る。
「ほんとだもん! お兄ちゃん達のお友達はみーんな、ミアの村に居るもん!」
機嫌を損ねたミアを宥めるように、俺がカルロスの代わりに謝る。
なんかごめん。どんな形であれ俺たちを助けてくれたことは確かだし、俺はミアのことを信じるよ。
だけどもっと詳しく説明してくれないか?
俺たちの仲間が皆、村に居るってどういうことなんだ?
機嫌を戻したミアが、可愛らしく水掻き手を顎に当てて虚空を見上げ、どう説明しようか考えながら答えてくる。
「うーん、とね。繰り返しはこれで終わりってこと。
お兄ちゃん達はずっとこの遺跡で試されていたの。
それが第一の試練ってこと」
「そこから先は私から説明しよう」
ミアの言葉を続けるようにして、父親のゼルダさんが話に入ってきた。
ゼルダさんが俺に近づき、そしてミアの頭を優しく撫でてから、俺たちへと顔を向けて説明してくる。
「改めて自己紹介をしよう。私の名はゼルダ。
元は村を守ることを生業とする戦士であったが、今はこの遺跡に迷い込んだ者たちの案内人であり、一家の父親をしている。
この子は私の娘、ミアだ。
君たちは第一の試練を満たした。よって村のしきたりに従い、村へと案内する」
アデルさんが怪訝に顔を顰める。
「第一の試練だと? 今までのことはずっと試練だったというのか?」
カルロスが口を挟む。
「こんなの物語の筋書きにはなかったはず。
それにあんた達のことも──あの物語には全然出てこなかった」
その言葉にゼルダさんが顔色一つ変えることなく、二つ指を掲げて涼しげな表情で言葉を続けてくる。
「たしかにあの物語はこの遺跡から抜け出す重要なヒントであり、鍵だ。
だが必ずしもあの物語通りに進むとは限らない。
この第一の試練には二つの脱出方法があった。
一つは、仲間を犠牲にして、たった一人がここから抜け出すこと。
もちろん一人がここを抜け出した時点で他の仲間は命と引き換えになる。
そしてもう一つは、全員がここで死ぬことだ。
全員で海蛍に触れに行く勇気を持つとは、こちらとしても正直予想していなかったが──」
言葉半ばでゼルダさんが俺を見てくる。
「──特にカイ」
いや、あの……俺、ケイです。
俺は自身に指を向けて一応訂正しておく。
ゼルダさんが訂正してくる。
「ケイ。君は魔物使いとして──」
デシデシが半眼でツッコむ。
「Kは【魔物使い】じゃなくて【獣使い】デシ」
咳払いしてゼルダさんが冷静に言い換えてくる。
「君は獣使いとして優しい心の持ち主のようだ。
常に仲間を想い、勇者を鼓舞し、そして己を犠牲として最後はみんなで海蛍の渦中へと誘った。
さすがだと言えよう。私はそのことにとても胸を打たれた」
そう言ってゼルダさんが心無い拍手を俺に送ってくる。
ぐっ……!
試練中の俺の言動を脳裏で反芻し、胸を締め付けてくるようなその罪悪感に苛まれ、俺は耐えきれずに心臓部の胸服を握りしめて声を漏らし、その場で膝を折った。
「Kがやられたデシ!」
デシデシが俺を心配してくる。
どうかデシデシ、「先に逝ってどうぞ」と口にした俺をありったけの罵倒で打ちのめしてくれ……。
「しっかりするのだ、ケイよ! 吾輩はあの時カルロスに”自身に風魔法を纏えばどうか”と言ってしまったぞ! お前さんが罪を背負うならば吾輩も共に罰されるべきだ!」
男泣きするアデルさんに動揺して、デシデシが俺に泣きついてくる。
「K、ボクもごめんデシ! あの時ボクも上手くボケる方法を思いつかなかったデシ!」
いや、なぜボケようとした? デシデシ。
カルロスがご自慢の長い金髪を爽やかにかき上げて、肩を上下しながら「やれやれ」と溜め息を吐く。
「これだから庶民は。庇い合いごっこなんて馬鹿馬鹿しくて見てられないね」
ふと。
ゼルダさんが何かを思い出したかのようにポンと手を打つ。
カルロスへと振り向いて、
「ところで。そこの自称【クトゥルクの勇者】を名乗る者よ」
「なぜこの僕が自称扱いされなければならないんだい!? 無礼な奴だな!
僕は正真正銘、正当なる【クトゥルクの勇者】と認められた者だぞ!」
動じることなくゼルダさんは、カルロスに向けて人差し指を立て爽やかに告げてくる。
「その勇者に一言、告げておきたいことがある。
君は海蛍が飛ぶ原理を風の精霊をよるものだとドヤ顔で説明していたが、海蛍とは本来──」
「言うなぁぁぁぁッ!」
言葉半ばでカルロスが顔を真っ赤にしながら両手をわななかせ、全力で叫んできた。
その後は黒歴史を後悔するように頭を抱えて絶望的に膝を折る。
「それ以上は言わないでくれ……。勇者であることを理由に怠慢せずに、もっと家庭教師の話を真剣に聞いて勉強しておくべきだったと幼少の僕の過ちを反省しているんだ……。
まさかこんなところで羞恥を晒すことになるなんて……」
思わず笑いそうになる口元を片手の甲でスッと隠して、ゼルダさんが話を戻してくる。
「失礼。──では、試練を乗り越えた君たちを村へと案内しよう。
私についてきなさい」
……。
誰も、その場から立ち上がることが出来なかった。
ミアが感心するように喜びの声を上げて父親に拍手を送る。
「パパすごいね! パパの言葉にみんなが感動して泣いているよ!」
……。
時々、俺思うんだ。
ミアくらいの年頃に戻りたいって……。




