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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部序章 後・下編】 砂塵の騎士団 【下】
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ここから出る方法【13】

約11年前、か……。

2013/12/29 17:37


 食事を終えた俺たちが向かったのは遺跡群の出入り口──無数の海蛍が行く手を遮る道だった。

 こんなところでいつまでも同じことを繰り返すわけにはいかない。

 腹は満たされるかもしれないが何も出来ないなんて気が狂いそうになる。

 俺とデシデシ、アデルさんはもちろんのこと、カルロスもその思いは一緒だった。

 出入り口付近で足を止める俺たち。

 覚悟を決める。

 行く手を遮る海蛍を追い払う方法なんて思いつかないままだったが、それでも他に助かる方法なんてきっと無い。

 海蛍が阻む道の向こうにはここを抜け出す答えが待っているはずなのだ、と。

 俺たちはそう信じて止まなかった。

 デシデシが俺の服の裾を怯えるように、ぎゅっと掴んで声を震わせる。


「本当に……この先を進むデシか? 海蛍に触れたら──」


 言葉半ばでアデルさんが口を挟んでくる。


「それ以上言うでない、デシデシとやらよ。吾輩たちはいつまでもここで過ごすわけにはいかぬのだ」


 そう、俺たちはこの先を進まなければここで死を待つだけ。

 何もしなければ何も変わらない。

 今こそ勇気をもって行動に出るべきなんだ。


 カルロスが俺の背後に身を隠しながら悠然とした声を投げてくる。


「ここは君達の雑魚どもの出番だ。最後の仕上げは勇者であるこの僕に任せたまえ」


 デシデシが振り向いてカルロスをぎろりと睨む。


「いちいち腹に立つ奴デシね、アイツ。口閉じて黙っていてほしいデシ」


 ……う


「ケイよ。それ以上何も言うでない」


 厳しい口調でアデルさんに止められ、俺はそれ以上の言葉を止めて口を閉じた。

 たしかにアデルさんの言う通り、俺が口を開いたところでカルロスとの口喧嘩は避けられない。


 ……。


 だからと海蛍が阻む道の向こうにこれ以上進める方法があるわけでもなく、俺たちはただ茫然と立ち竦むことしか出来なかった。

 デシデシが俺を見上げて不安そうに訊いてくる。


「本当に進むんデシか? とてもじゃないけど道に隙間なんて無いデシよ?

 こんないっぱい海蛍が飛んで塞いでいる中を、海蛍に触れずにどうやって進むつもりデシか?」


 ……。


「……」


 俺もアデルさんも前を向いたまま、ただ無言で棒立ちするだけだった。

 試しに俺は、道の砂(?)を掴んで海蛍に向けて投げつけたが何の変哲も無いまま、途中でアデルさんに肩を掴まれ引き留められた。

 無言で、悲しげに首を横に振るアデルさん。

 無駄を察した俺は、掴んでいた物を虚しく落として、再び前を見つめて呆然とする。


 どう……すればいい?


 俺のその言葉にデシデシが悲痛の声を上げる。


「本当に何も考えずにここまで来たんデシか!?」


 するとアデルさんが腕を組んで目を閉じ、唸り声をあげる。


「皆よ、吾輩に知恵を貸すが良い」


 それを見たデシデシが再び悲痛の声を上げる。


「それを今ここで考えるデシか!? 何か閃いたからみんな歩き出したんじゃなかったんデシか!」


 俺は曖昧に首を傾げて言う。


 何もしないよりかはマシかなってノリで──


「そういうノリだったんデシか! ボクはてっきり──」


「ケイが何かを閃いたのだと吾輩は信じてやまなかった」


 真顔でそう言い放ってくるアデルさんに、デシデシがショックを受けた顔で喚く。


「二人ともそんなノリで自信満々にここまで歩いて来たんデシか!」


 アデルさんがカモンとばかりに両手を内に手招いて、俺たちの言葉を呼び寄せて待つ。


「さぁ吾輩に知恵を貸すが良い」


「何の解決にもなってないデシ!」


 俺はデシデシに言う。

 海蛍が作る一瞬の隙間を指差して、


 あ、今!

 あのちょっとした隙間を、お前のその小さい体で猫走りすれば抜けれそうな気がするんだが──


「ケイはボクを本気で殺す気デシか!」


「うむ。ならば吾輩から先に──」


 絶対無理だと思います。


 本気でその隙間にチャレンジしようとするアデルさんを、俺は全力でその場に引き留めた。

 残念そうに諦めてその場に留まるアデルさん。


「うむ……。ならば仕方あるまい。他に何か思いつかぬか?」


 ふと、俺の後ろで痺れを切らしたカルロスが、自慢の髪に手櫛を通して靡かせ、口を開いた。


「何も出来ない無能の凡人どもはいつまでもそこで無い知恵を絞っていればいい。

 ここは勇者である僕の出番のようだ」


 そう言って重い腰を上げて歩き出し、海蛍の前で足を止める。

 そして大きく股を広げて大地を踏み締め、気合いの吐息とともに片腕を後方に引き、魔法を放つ構えを取る。


 何を……する気だ?


 俺が問いかけると、カルロスが鼻で笑って答えてくる。


「凡人の君には理解できないと思うけど一応解説をしてあげるならば、海蛍が飛ぶ原理は羽の筋力を使い、足の筋肉で蹴り上げることにより風に乗せて宙を舞う。

 すなわち、風の精霊をよるものだとするならば、こちらから風魔法でベクトルを変えてやればいい」


 ごめん、何言っているのかさっぱり理解できねぇ。


 カルロスの構えた片手に風の魔力が渦を巻いて玉となり一か所に集う。


「こんなことも理解できない幼稚な君の脳みそに、これ以上何を言っても無駄そうだ。

 そこで恨めしく指をくわえながら僕のこの高貴な魔法を目に焼き付ければいい。

 これが僕の本当の実力だってことを!」


 不敵に笑ってそう吐き捨てた後、カルロスが片手に集った風の玉を海蛍に向けて全力で投げつけた。

 初めて目の前で見る風の攻撃魔法に俺は関心の声を上げ、アデルさんがポンと手を打って褒めるようにカルロスを見つめて喜びの笑みを浮かべる。


「やったか!」


 カルロスが手応えのある声を上げて、海蛍を見るも……。

 風の玉は海蛍に当たることなくすり抜けるようにして空を切り、そのまま遠くへ飛んでいった。


 ……。


 虚しく気まずい空気が俺たちの間に流れる。

 俺の関心の声は小さく萎んで空笑いと変わり、アデルさんとデシデシからは期待の眼差しが消えて真顔になり、無言となった。

 構えを解いたカルロスが自慢の長い金髪をふぁさァとかき上げて言い直す。


「少しはダメージが効いているようだね。

 所詮相手は魔物の一種。

 これ以上僕の神聖なる魔法を無駄に使う必要はないようだ。

 さぁ、後は凡人である君たち雑魚の出番だ。

 今この弱っている隙に君たちが体を張って突っ込んでいけば追い払えるんじゃないかな」


 デシデシが半眼になってボソリと言う。


「全然効いているように見えないデシ。むしろ何も変わっていないデシ」


 言うな、デシデシ。本人だって今のはさすがに気付いただろう。


 俺は小声でそう告げてデシデシの口を手で覆った。

 それにカチンときたカルロスの顔がみるみる不機嫌になっていき、俺に詰め寄ってくる。


「何も出来ない癖に無能の馬鹿ほど文句だけは言ってくる。

 僕を誰だと思っているんだい? クトゥルクに選ばれし勇者だぞ。

 海蛍の程度の魔物に、この僕の魔法が効かないなんてあり得ないね」


 だったら──


 俺はぽつりと言葉を続ける。


 お先に逝ってどうぞ。


「……」


 カルロスの表情が一瞬動揺を見せて固まった。

 すぐに顔を横に振って戻し、さらに指を突き付けながら詰め寄ってくる。


「勇者であるこの僕を先に行かせるというのかい?」


 俺は再びぽつりと言う。


 せめて海蛍を全滅させてくれないと、どうしようも出来ないし。俺たち。


 続けてアデルさんも、カルロスへと声をかけてくる。


「吾輩、閃いたのだが……。

 カルロス自身に風魔法を纏わせて海蛍に体当たれば良いのではないだろうか?」


「ぅぐっ……!」


 これにはさすがのカルロスも声を詰まらせるしかなかった。

 同意に無言で頷く俺を目にして、カルロスの怒りが頂点に達する。

 感情任せに俺の胸倉を掴み上げて、そのまま海蛍の渦中へと無理やり力任せに押し込もうとする。

 油断していた俺は成す術も無く、カルロスに突き飛ばされた勢いのままよろめいて海蛍の渦中に体を倒す。

 俺の命の危険を察して慌てて引き留めようと掴むアデルさんとデシデシ。

 反射的に俺はカルロスの胸倉を掴んで引っ張る。

 予測出来なかったカルロスが、俺に掴まれたことによって折り重なるように俺と一緒に共倒れしていく。

 アデルさんもデシデシも一緒になって勢いのまま倒れ込んでいく。

 何もかもがスローモーションのように俺の目には見えた。

 ──いや、実際そうだったのかもしれない。

 俺の耳に聞こえてくる腕時計の秒針の音。

 俺だけにしか聞こえない音……。


 そして。

 地面と接触したその瞬間、全ての時間が元に戻って動き出す。

 体に襲い来る衝撃、そして少しの痛み。

 地面に折り重なるようにして倒れ込んだ俺たちは、それぞれのうめき声をあげる。

 最初に気付きの声を上げたのはカルロスだった。

 勢いよく体を起こして無傷の両手を見つめ、驚愕に打ち震える。


「生きてるだって!? そんな馬鹿な! 海蛍に触れたのに!」


 カルロスの言葉を聞いて、俺たちはそれぞれのタイミングでゆっくりその場から身を起こして己の無事を確認する。


「本当デシ……。もしかして触れたら死ぬとか嘘だったデシか?」


 ふと。

 そんな俺たちのところに歩み寄る2人の足音。

 聞き覚えのある別の声が俺たちの耳に届く。

 可愛らしい女の子の声で、


「海蛍に触れたんじゃなくて、海蛍がお兄ちゃん達を避けてくれたんだよ」


 あどけない無邪気な口調で女の子が俺の前で足を止めてくる。

 振り向けば。

 俺の傍にはあの時の女の子──ミアがニコニコした笑顔で立っていた。

 思わず目を瞬かせる俺。


 え? なんでこんなところに?


「おめでとう、君達は合格だ」


 ミアの後から遅れて。

 父親のゼルダさんが落ち着いた口調で俺たちに告げてきた。


お読みくださりありがとうございます

明日の更新もお楽しみに

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