今考えるべきことはそこなのか?【11】
パソコンし過ぎて眼精疲労で頭痛がひどい……
2013/12/29 17:00 2014/07/11 02:24
俺の目の前に居るカルロスが、ご自慢の金髪をファサぁとかき上げながら、わざと大きめな溜め息を吐いて言ってくる。
「意味が分からない」
それは俺の台詞だ。
「やめるのだ、二人とも! 言い争いをしている場合ではないであろう」
ぐい、と。
俺とカルロスの間を裂いて、ご立腹のアデルさんが止めに入ってくる。
デシデシにいたっては俺の足にしがみつて泣きついてくる。
「もういいデシ! ボクなんでも我慢するデシよ! だから喧嘩はもう止めるデシ!」
「これだから庶民は困るんだよ。服装が貧相なら思考も貧相。高貴な僕にはまるで理解できない。育ってきた環境の違いってやつかな?」
なにッ!
「もうやめるのだ、二人とも!」
「そうデシよ! たかが鍋に入れる具材のことで、どうしてそこまで喧嘩するんデシか?」
ぐつぐつと。
地面に描いた魔法陣の上で煮えたぎる鍋を前にして、俺とカルロスは喧嘩腰でいがみ合っていた。
あれから──。
無人の遺跡の中を彷徨い歩いていた俺は、偶然にも同じくして彷徨い歩いていたアデルさん、デシデシ、そしてカルロスと再会を果たすことができた。
そう。無事に出来たんだが……。
ぐつぐつと。
地面の上で煮えたぎる鍋を前にして、カルロスの言葉をキッカケに俺がブチ切れて虚しい言い争いがこうして続いているのだ。
そもそもカルロスから俺にいちいちマウントの喧嘩を売ってくるわけであって、それが無ければ俺だって営業スマイルの会話で、彼とは穏便にやり過ごすことはできるわけだ。
構って欲しいのか何なのかは分からないが、こちらとしては場の雰囲気が悪くなってすごく迷惑である。
まぁ、それはさておく話だが。
遺跡の出口を探してしばらく歩いていた俺たちだったが、天井から何から遺跡の周り全てを無数の海蛍に囲まれているため、遺跡から出ることは不可能だということが分かった。
これだけ歩けば当然腹も減る。
とりあえず、遺跡の中は海蛍も入ってくることなく安全だったので、どこか適当な広場を見つけて、そこで一旦腹ごしらえの暖をとることになった。
鍋は適当にそこら辺の遺跡の家跡地からアデルさんが見つけてきたものだ。
暖をとるといっても、火種がないので直火が存在するわけではない。
現にカルロスが地面に描いてくれた魔法陣から火が出ているわけではなく、その役割は鍋を沸かすだけのもの。
火を出す魔法陣があるにはあるらしいのだが、カルロス曰く「今までに見たことのない数の海蛍がいる場所で火の魔法なんて扱えない」ということだそうだ。
それが本当かどうかなんて、俺はこの世界の人間じゃないので知らない。
デシデシもアデルさんも魔法が使えるわけではないので、魔法のことはカルロスに全て任せるしかなかった。
そう。魔法に関する全てを彼に任せることになったものだから、調子に乗ってくるのは仕方がないわけで……。
カルロスが呆れの溜め息を吐いて俺に言ってくる。
「だいたい君が「魔物は食べられる」と言い出さなければ、こんなことにはならなかった」
言われっぱなしで言い返さないのは俺としても我慢出来ない。
俺も同じく溜め息を吐いて、イライラした口調で言い返す。
だーかーら、お前の言うそこが意味不明だと俺は言っているんだ。
なんで鍋の中に好き好んで得体の知れない魔物の死体やら目玉や臓モノをぶち込まなければならないんだ? 誰がそれを食べると思ってんだ?
カルロスが顔を顰めて非難じみた感じで身を引いて薄ら笑ってくる。
「食べるだって? 本当に君はこの世界の人間なのか?
まさかこんなものを誰かが本気で食べるとでも思っているのかい?」
俺たちは食べるものを作っていたはずだろう?
するとカルロスが馬鹿にしたように笑い、答えてくる。
「これを食べるなんて君の頭はどうかしている。これを見てもピンと来ないなんて、頭の悪い君だけだよ。
それとも何かい? 君の頭の悪さを棚に上げて“こんなことも分からない異世界人だ”って嘘をつく気かい?
僕は別にそれでもいいけど、それだと君の故郷を恥にさらすだけだよ」
それを聞いて、アデルさんが腕を組んで「うむ」と頷いてくる。
さほど精神的ダメージを受けていない平然とした顔で、
「どうやら吾輩は故郷を恥にさらしてしまったようだ。
どうだ? デシデシとやら。カルロスの考えには気付いていたか?」
「そ……それをボクに聞かないでほしいデシ。ボクは猫族だから人間の考えることなんて分からないデシ」
二人の言葉を聞いて、カルロスが引きつった笑みでフンと鼻で笑ってくる。
自慢の金髪をファサぁと手で払ってなびかせて、
「どいつもこいつも馬鹿ばかりで困るよ。これだから庶民どもは貴族の助けにしがみつくことしか能がない。
今回は特別に、クトゥルクに選ばれし勇者であるこの僕──カルロス・ラスカルド・ロズウェイ様が直々に君達に教えてあげよう」
いや、それ普通自分で言うか?
「無能の君は口を閉じて黙りたまえ。どうせ僕が答えを言わなければ何も分からないのだろう?
良いだろう、教えてあげよう。
僕が今からやろうとしていることは【召喚の儀式】だ。
いつ出られるとも食料が尽きるかも分からない遺跡の中で、ずっと食事をとり続けるなんて非常にナンセンス。頭の悪い馬鹿どもがすることだ。
しかし僕は違う。なんといってもクトゥルクに選ばれし勇者だからね。
ここから早く脱出することを考えることが先決さ」
そう言い切ったところで、俺を見下すようにして不敵な笑みをニッと浮かべてくる。
完全に俺をマウント出来たことを誇らしげに笑うように。
俺はイラっとして口端を引きつらせた。
カルロスが鼻で笑って言葉を続けてくる。
「フン。それにしても魔物を食べようなんて発想を口にするなんて、君は本当に救いようがない程に貧相過ぎる」
本気で食べた俺を馬鹿にしているのか?
それを聞いたカルロスが、腹を抱えて大笑いしてくる。
「食べただって? ハハハ。とても正気とは思えないよ。こんな邪悪なものを口にするなんて。これを食べて魔物の仲間入りでもする気かい?」
「もうこれ以上喧嘩はやめるんだ、二人とも!」
アデルさんの本気で叱ってきたその声に、俺もカルロスも互いに背を背けて口を閉じた。
……。
シン、とした気まずい雰囲気が俺たちの中に流れる。
そんな沈黙を最初に破ったのはデシデシだった。
小首をことんと倒してぽそぽそと呟いてくる。
「そもそもこれで何を召喚しようとしていたんデシか?」
よくぞ聞いてくれた! とばかりに。
カルロスが得意げに鼻をフンと鳴らして振り向いてくる。
「もちろん。僕が召喚しようとしていたのは、クトゥルクの使い魔である【白狼竜】さ」
……。
あまりに突拍子もない言葉に、俺は思わず無言で笑い噴き出した。
それを見たカルロスがムっとした顔で俺に言ってくる。
「失礼だね、君。何がそんなに可笑しいんだい?」
その言葉に、俺は魔法陣を指差して答える。
そもそもこの魔法陣自体が間違っている。あの【白狼竜】を呼び出す時の魔法陣は星型じゃない、上下二つの三角を重ね合わせた図形だ。
途端に、カルロスの表情が苛立ちに歪む。
殴ってくるかのような勢いで俺に凄み言い返してくる。
「いくら魔法を知らないとはいえ、君がそこまで馬鹿だとは思わなかった。魔法の定義も知らずに魔法陣を語ってくるなんて間抜けな異世界人を見ているみたいで吐き気がする。
星型召喚は、魔法の基礎中の基礎──下位が上位のモノを召喚する時に使う魔法陣であって、六形星召喚は上位が下位を召喚する時に使う魔法陣だ。
そんなことも知らずに魔法陣を使えば、君だけが命を落とすどころか周囲の無実の人たちまで巻き込むことになる。たとえ魔法が使えない人間が悪ふざけでやったとしてもだ。
魔法陣を扱う時は礼儀をもって丁重にやらないと、召喚される側にとっては侮辱甚だしいこと極まりない。
こんなことを知らないなんて、君は本当にこの世界の人間なのか?」
「もう良い、カルロスよ。喧嘩はそこまでにするのだ。ケイの無礼は吾輩が詫びよう」
え? いや、別にアデルさんが詫びなくても──
「ケイよ。今の発言はお前さんが悪い。魔法の定義を知らない者が魔法陣について口にするものではない。カルロスが言う通り、召喚獣を侮辱すれば逆上されてどんな災いが降りかかるかも分からん。
以後は言葉に気を付けよ。
お前さんは吾輩の弟子。弟子の無礼は吾輩が詫びるべきことである」
……すみません……でした。
そんなに大事なことだったなんて、俺は全然知らなかった。
心から反省するとともに、なぜおっちゃんがこんな大事なことも教えてくれないのかと怒りが込み上げてきた。
俺の威勢がなくなったことで、カルロスが増々調子に乗ってくる。
影からの、カルロスの俺に対する得意げな薄ら笑いがものすごく腹が立つ。
ふと。
ぽつりとデシデシがカルロスに向けて言ってくる。
「魔法の定義とか今はそんなことどうでもいいデシ。
そもそも【白狼竜】を呼び出してどうするつもりだったデシか? それ以前に、【白狼竜】はクトゥルク以外の呼び出しには絶対に応じない聖獣デシよ。
こんな常識、そこら辺にいる赤ん坊でも知っている有名な話デシ」
その言葉にカルロスが興奮気味になって言い返す。
片腕を払って、
「僕を誰だと思っているんだい? 僕はクトゥルクに選ばれし勇者──カルロス・ラスカルド・ロズウェイだよ。
その僕が死にそうで困っているんだから、きっと召喚の魔法陣を使えばクトゥルク様が使い魔である【白狼竜】を僕に差し向けて助けてくれるはずさ」
デシデシが半眼でボソっと言う。
「貴殿は何様デシか?」
横で同じくしてアデルさんが溜め息を吐いてお手上げする。
「勇者たる者、助けを求めるようでは終わりだな」
「この僕に対して無礼過ぎるよ、君達!」
カルロスの怒りの声に合わせるかのように、タイミング良く煮立った鍋からボワンと大きな空気が生まれて弾けた。
弾けたことで、ものすごい死臭が辺りに漂う。
……。
みんなして一斉に鼻をつまんで沈黙する。
しばらくして。
デシデシが鼻をつまんだままカルロスに言う。
「臭いデシ」
「なんでそれを僕に言うんだい?」
同じしくて鼻をつまんだ状態でカルロスもそれに答えた。
「早くこれをどうにかして欲しいデシ」
「こうなる前にどうにかしたかったのに余計な邪魔が入ったからね。仕方ない」
と、俺を見てカルロスがそう言ってくる。
俺も鼻をつまんだ状態でそれに答える。
はぁ? なんで今サラリと俺にそれを振ってきた?
そもそもお前が先に俺に喧嘩売ってきたよな? 魔物を食べる食べないとかで。
ふと、その隣で。
アデルさんが鼻から手を退けて興味津々に鍋を覗き込む。
「むむ……。見た目と違い、以外と食せるかもしれぬ。
ケイが魔物を食べて平然としているならば吾輩も食そう」
「何言っているデシか? この人。ついに鼻だけじゃなく頭もイったデシか?」
「ケイよ。今この者の言葉は吾輩に対する暴言であろうか?」
……さぁ? 猫の気持ちは俺にはちょっとよく分かりません。
「うむ。吾輩もお前さんと同じ気持ちである」
それで良いと俺は思います。
「ケイよ。お前さんが先に味見してみるか?」
なぜ俺を先に食べさせようとするのかよく分かりませんが、遠慮しておきます。
「お前さんが魔物を食べた経験者だからだ。美味かったであるか?」
感想を言うならば、味はまぁまぁです。
何度か吐きそうになりましたが食べられなくはない味です。
「……うむ。吾輩の中で魔物の味というものに増々興味が湧いてきた」
デシデシが俺を見て涙ながらに訴えてくる。
「なんでこれを食べることになっているんデシか!?」
俺に言うな、デシデシ。
カルロスがお手上げして溜め息を吐いてくる。
「馬鹿馬鹿しい。庶民のなれ合いなんて御免だ。付き合ってられないね」
吐き捨てるようにそう言い残して、カルロスがその場から立ち去った。
二日酔いじゃない。眼精疲労だ、きっと。




