そして、俺は──【10】
10年前のちょうど今くらいに……
2013/12/28 11:25 → 2014/07/11 00:23改稿
21度目の朝に全てが変わっていた。
俺はゆっくりと目を覚ます。
最初に視界に飛び込んできた光景は、鍾乳石のような岩肌と、そのところどころに無数の海蛍が点と留まり、仄暗い光を放つ薄暗い空だった。
なんで俺……いったい……?
記憶は消えることなく、昨日繰り返した日々をちゃんと思い出せた。
本来ならば、あのゼルダって人の家のベッドで目を覚まして同じ日がまた繰り返されるはずなのに──。
俺は不思議な心地でその場から身を起こして辺りを見回した。
壁は崩れ、天井を失い、長き年月の風化で跡地となった古びた家の一角。
平らなベッドのような石の上で、俺は一人で寝ていたようだ。
どこを見回せどデシデシの姿は見当たらない。
それどころか人一人、ここには居ないようだ。
地下深くの洞窟内にある、秘境の古代遺跡の中といってもいいだろう。
無人となってから何千年と誰にも知られず放置されている状態だった。
いや、この家だけではない。
ここから見える村の民家全てが跡地であり、当時の歴史のまま時を止めてしまったかのように残っている。
しかしその跡地はカビ臭く、苔に埋もれており、一部は地面から生えた木々が根付いて壊し、あるいは覆い被さり、その姿を朽ち果てさせようとしていた。
恐らくそのまま放置を続ければ、やがてこの遺跡は無となり、生きた証を消し去り、自然へと還っていくはずだ。
俺は次第に、自分の置かれた状況が不安になり、目を忙しく見回して人の姿を必死で探す。
ここはどこなんだ……? みんないったいどうなったんだ? なんで俺だけ?
石から身を起こした状態で、急いで足を地に付け、乗り遅れたバスを追いかける気持ちでそこから外に出ようとした。
そんな時だった──。
ふわっと、まるで天使の羽が舞い散るような軽さで。
砂の地面から産まれた無数の海蛍が俺の周囲に出現する。
そういえば海蛍の怖さについてはデシデシから事前に何度も訊かされ注意を受けていた。
海蛍に触れた者は皆、命を一瞬で吸われて即死する……と。
思い出して俺は、その場で動きを止め、次の行動を躊躇した。
だが、デシデシの言っていたこの話、本当なのだろうか。
実際にまだ俺はこの目で見たことはないのだが、さすがにそれを検証しようという勇気は持てない。
焦る気持ちを落ち着けて。
俺はその場に留まるしかなかった。
海蛍が去るのをこのまま待つしかないのか、それとも──
……!
方法を考え、ふいに隣に視線を向けた時だった。
いつからそこに居たのだろう。
俺の隣に、もう一人の俺が佇んでいた。
え……? え……?
何が起こったのか一瞬理解できずにただただ混乱し、俺は目を瞬かせて二度見する。
え、以外の言葉が出てこない。
とても不思議な心地に見舞われた。
白銀色の髪に、金色の竜眼。
額には何かを意味する紋様のタトゥー。
自分とまったく同じ顔、同じ髪型、同じ背格好で、服装が高貴な宮廷白魔導師のローブというか──いや、まだそれより高階級の……仰々しいかもしれないがどこかのお偉い教祖を彷彿とさせるような、そんな身分を感じさせる人物が俺のすぐ隣に居た。
「……」
モノ言わず、俺に似たそいつも、俺のことをじっと見つめてくる。
……。
鏡か何かあったんだろうかと、軽く手を振ってみたが……そいつは無反応だったので鏡ではないことは明らかだった。
まるで生き別れた双子であるかのようなもう一人の俺に向け、俺は恐る恐る訊ねる。
お前は……俺なのか?
何の根拠もなかったが、とりあえず、まずはそれが知りたい。
つーか頼むからそれだけは否定してくれ。
そいつがようやく口を開いてくる。
俺と全く同じ声で、
「どんなに刻を繰り返そうと、失われた者たちはもう二度と戻ってこない」
え……?
話す側と聞く側の声。
全く同じ自分の声がそのまま自分の耳に聞こえてきて、まるで独り言を呟いているような妙な気分で頭が混乱した。
それ……どういう、意味だ?
混乱しながらも、自分に似た自分に、独り言のようにして質問をぶつける。
するとそいつはフッと微笑してきた。
「──定められし運命、そしてその大予言の日に俺は奴を守護者にする。
それが俺自身の決断であり、運命でもあり、間違った選択だ。
奴を守護者にすることは、俺にとっても、そしてこの世界にとっても最悪な結末だ。
天魔界の扉が開けば、この世界は滅亡し終焉を迎えるだろう」
「クトゥルク様!」
どこからか唐突に別の声が飛び込んでくる。
それと同時に、家の出入口の辺りから姿を見せたのは一人の英国風の格好をした紳士だった。
あ! お前──
俺は記憶を探り、思い出す。
そう。忘れもしないあの出来事。
俺が死にかけていた時に、にこやかに声をかけてきて……
そうだ……!
思い返せば、コイツが意味深なことを言って俺の右手首に腕時計を付けてきた時から同じ刻を繰り返すようになった。
もしかしたら全ての原因はコイツなのかもしれない。
俺は右手首の時計を突き付けて訴える。
いったい何のつもりで俺にこんなモノを──!
肩で息を切らしながら、その英国風の紳士が歩み寄ってきて白銀髪の俺の腕を掴んだ。
こっちの俺には目もくれずに、
「やっと追いついた……なぜ一人でこんなところに?」
え? もしかして俺の姿が見えていないのか?
そのことで、俺はようやく英国風の紳士があの時出会った頃よりも年齢が若いことに気付いた。
しかも──
俺は恐る恐る隣に居る自分へと目を向ける。
クトゥルク……。俺と瓜二つの顔をした奴が? これっていったいどういうことだ?
けど、よく考えたら──
そういえばなんで俺……クトゥルクの力を持っているんだろう?
英国風の紳士が白銀髪の俺に言う。
「さぁ早くクトゥルク様、ここを脱出しよう。この遺跡は何かがおかしい」
白銀髪の俺が、さも当然と知っていたかのような顔で答える。
「それは分かっている。だからここに来たんだ」
「それが分かっていて、なぜ──!?」
すると白銀髪の俺は微笑し、そして俺へと顔を向けてきた。
「俺はこの運命を変えたかったのかもしれない。
もし変えられるとしたら、その先の未来に在る自分の、今この瞬間なのかもしれない」
英国風の紳士が混乱したようにガシガシと己の頭を掻いて、
「なぜ誰も居ないところを見てそんなこと!?
クトゥルク様にはいったい何が見えているのか私には全然理解できない!
いつまでもこんな場所に居たら頭がおかしくなりそうだ」
それを見て白銀髪の俺が笑う。
「なかなか面白いダンジョンだろう?
さて、そろそろ砂塵の騎士に会いに行こう。
俺がここへ来ていることは、もう向こうにはバレているはずだ」
そう言い残し、二人が俺の前から立ち去っていく。
俺は引き留めようとして慌てて手を伸ばす。
ちょ、待ってくれ……!
白銀髪の俺の肩を掴もうとした瞬間。
俺の手は空を切った。
二人の姿はフッとそこから消え去り、代わりに海蛍がフワッとその場から散って舞う。
……ッ!
空を切った自分の手を胸に引き寄せ、俺は愕然とした思いでその場に膝を折った。
“その先の未来に在る自分”っていったいなんなんだよ……。
これもこのダンジョンが見せている幻覚の一つなのだろうか?
また繰り返しの始まりなのか?
それとも──俺はもう……死んで彷徨っているだけの存在なのだろうか?
もう何を信じていいのか分からず。
俺はその後も一人で、仲間の姿を探して寂れた遺跡の中を歩き続けた。
次回




