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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部序章 後・下編】 砂塵の騎士団 【下】
244/313

ゲームオーバーですが、再度コンテニューしますか? Y or N【9】

2013/12/26 20:35


改稿2014/07/10 23:08


 ※



 あれから……──


 俺はゆっくりと目を覚ました。

 いつの間に意識を失ったのだろうか。

 それすらもよく覚えていない。

 理解できることといえば、なぜか俺は今、古民家の木造ベッドの上で寝ているということだけだった。


 ここは……どこだろう。


 目覚めの遅い脳を働かせ、瞬きながらに呆然と天井を見つめて思考を巡らせる。

 どうやら俺は誰かに助けられたようだ。


 だけど、いったいどうやって?


 体に痛みも無ければ、息苦しさも、疲労感も何もない。

 ただベッドの上で寝ていて、普通に目が覚めた。

 それだけだ。


 ……。


 上半身を静かに起こし、俺はゆっくりと辺りを見回す。


 もしかして現実世界に戻ってこられたのか?


 ──と、そんな淡い期待を胸に抱くも……。

 視界に入るモノはどれもファンタジーゲームで見るような風景であり、異国様式の古い木造の民家だった。

 俺は現状を知って、絶望的に顔を手で覆う。


 やっぱりまだ元の世界には戻れていないんだな……。


 それだけじゃない。

 この家の中をなぜかスイスイと自由に小魚が泳いでいるのが何よりも異世界であることの証拠だ。

 いったい何の摩訶不思議か。

 それともここは夢の中か?

 現実を知ろうと試しに頬をつねってみたが、普通に痛かった。


 ……。


 異世界というモノが、だんだんと俺の理解力を超えてきている。

 この世界では水も無しに魚が宙を泳ぐのか?

 それとも俺が水槽の中に入っているのか

 いや──

 俺はふるふると首を横に振って己の常識を頭から払った。

 ここはチンパンジーが空を飛ぶ世界だ。

 スライムも居て、魔法も存在して、猫やワニが普通に二足歩行でしゃべっているんだ。

 たとえ魚が宙に浮いていたとしても、別に何も不思議じゃない。


「ボクはもう限界デシ!!」


 ──うおっ、びっくりした!

 隣で気を失って寝ていたデシデシの存在に、俺が気付いたのはそんな時だった。

 寝言のようなことを叫んで勢いよく身を起こしてきたデシデシに、俺はびくりと身を震わせ驚く。


 ……お前、そこに居たのか? デシデシ。


 話しかけると、すぐさまデシデシが蒼白じみた表情で俺にしがみついて泣きついてくる。


「どうすればここから脱出できるデシか? こんなの気が狂いそうになるデシ!

 二人には悪いデシが、ボクはもう嫌デシ! 土下座してでも助かりたいデシ!」


 デシデシ、お前……。


 事の整理がまだ出来ていないのか?

 俺は眉間にシワを寄せて指を当てると、うんざりと溜め息を吐いた。

 そして知らせるようにして、空いたもう片手で周囲を見るようジェスチャーを送る。


「そんなの分かっているデシ!」


 分かっているって……じゃぁ聞くが、いったいここはどこなんだ?


「それは全然分からないデシ! なんでKだけ記憶が飛ぶんデシか!」


 それが俺にもよく分からないんだ。

 気付いたらここで寝ていた。

 きっとこの家の住人が俺たちを助けてくれたんだと思う。


「ボクが言っているのはそういう意味じゃないデシ!

 ずっとずっと同じことを繰り返しているんデシよ!

 なんで覚えていないんデシか?」


 だから、それが俺にも全然分からないんだって。

 船で砂海に沈んでから目が覚めたらここに居た。

 それ以上のことなんて寝ていたし、記憶にないよ。


 俺はそう肩を竦めてお手上げをしつつ答えるしかなかった。


「寝ていたから記憶に無いとかそういう問題じゃないデシ! 本当にお前はKなんデシか!?」


 いや、だから……目覚めて開口一番にそんなこと言われたって、俺だって神様じゃねーんだから何が起こっているのか理解できるわけないだろ。

 俺に何の答えを期待してんだよ? お前。


 俺は再び顔を手で覆って絶望した。


 ──誰か……誰でもいいからデシデシの言っている意味を俺に教えてくれ。


 最後の記憶に残っていることは、砂塵の騎士が現れて勝負を挑まれ、アデルさん達とともに船床に座って船ごと砂海に沈没していったこと。

 砂が濁流となって押し寄せてきて、その濁流にのまれて俺たちはみんな散り散りになり。

 砂の中で息が出来なくて苦しくなり、必死にもがきながらそのまま俺は気を失って……。

 そして、気が付いたらデシデシと一緒に民家のベッドで寝ていた。

 同じことを繰り返しているといきなり言われても、いったい何がどうなってこうなったのか俺にはさっぱり理解できなかった。

 いったい俺が気絶している間に何が起こったというのだろう。

 そして──


「K! 危ないデシ! 後ろに魔物がいるデシよ!」


 ……。


 俺の真後ろからバグっと。

 一瞬で暗闇へと暗転する視界。


 そして──なぜ俺は目覚めていきなり魔物に食されなければならないのだろう。


 狭く胎嚢のような暗闇の中に包み込まれて、俺は冷静にぽつりとそう思った。

 どうやら頭から丸呑みにされてしまったらしい。

 魔物に歯がなかったことが幸いである。


 あぁグッバイ。俺の人生……。


 デシデシが誰か助けを呼びに行ったのか、ドアが開く音と誰かが大慌てで駆け込んでくる音が聞こえてきた。


「パパ! 大変よ、すぐ来て! お兄ちゃんがナマコに食べられてる!」




 ※




 その後──。


 俺はナマコから助け出されることなく、ナマコの尻穴から被り物のようにして顔だけ出した状態で、家の住民の男性から家の外に連れ出された。

 ナマコの口から出ていた両足をロープで縛られ、引きずられる形だったので抵抗する手立てを失った俺は、ただ状況に流されるしかなかった。

 いったいどこへ連れて行かれるのだろう。

 その間の説明は一切ない。

 当然、デシデシはパニックになっていた。

 彼だけが唯一自由の身だったので、俺を助けようと必死になってナマコからから引っ張り出そうとしてくれた。

 その気持ちはすごく嬉しかった。

 しかし、所詮は猫の手だ。

 俺を助け出せるわけもなく、それどころか、女の子が部屋のどこからか持ってきた大好物の魚に喜んで飛びつき──

 デシデシはそのままペットゲージに入れられて捕まってしまった。


 所詮お前は猫なのか……。


 俺はそんなことを思いながら失望の溜め息を吐いて。

 そして今。

 ズルズルと。

 俺は寂れた小さな田舎村の中を引きずられていた。




 ※




 そして、その日の夜──。


 村の出入口となるゲートに向けて、アデルさんと俺とデシデシは十九度目となる脱走をしようと村の中を走っていた。

 見上げれば星も月もなく、海蛍が舞う薄暗い洞窟の中。

 そんな大きな洞窟の空洞に、この村は建てられていた。

 ゲートは村に1ヶ所しかない。

 それはアデルさんが事前に──というか、何度もその日を繰り返す中で調べてくれていた。


「ケイよ。なぜお前さんだけ記憶が消えるのだ?」


 さぁ。俺にもよく分かりません。


「そうか……。ならば仕方あるまい」


 そう言って、アデルさんはそれ以上追求してこなかった。

 さすがに十九度目になるとそれ以上聞く気にもならないということだろうか。

 そんな中でついに──。

 カルロスが自慢の長い金髪をファサぁと手で払って俺を見下しながら言ってくる。


「あー……でも、そうだねぇ。

 君が今この場で深く座り込んで地面に額を──」


「これで満足デシか!」


 ……。


 十九度目にして、ついにデシデシが俺の代わりに地面に額を打ち付けて土下座──というより伏せ寝していた。

 デシデシが地面から顔を上げてカルロスに向け喚く。


「早く答えを聞きたいデシ! 何度も何度も繰り返して、もう頭がおかしくなりそうデシ!

 気が狂うデシ!

 ここから早く脱出したいデシよ! さぁ、答えを言うデシ!」


 血走った目で詰め寄ってくるデシデシに、カルロスが戸惑う。


「い、いや、お前じゃなくて、出来ればあの庶民にやらせたいというか──」


 そう言ってカルロスが俺に指を向けてくる。

 俺の眉根がぴくりと跳ねる。


 はぁ?


 その態度にカチンときたのか、カルロスが俺に詰め寄ってくる。

 俺の胸倉を掴み上げて、


「なんだよ、君のその態度は。僕はクトゥルクに選ばれし勇者なんだぞ。

 少しは敬意を払って、僕を助けに来なかったことに対する謝罪をすべきだろう?」


 勇者だったら盗賊に誘拐されても一人で脱出できたはずだろう?


 バチバチと。

 俺とカルロスの間で無言の睨み合いの火花が散る。

 その合い間にアデルさんとデシデシが割って入る。


「今は言い合っている場合ではなかろう、二人とも」


「そうデシよ! 早く答えを教えるデシ!」


「──ところでカルロスよ」


 ふと。

 アデルさんが何かに気付き、カルロスに問いかける。


「なぜお前さんは、ここが砂塵の騎士が用意した海底ダンジョンの一つ──その第一関門となる【繰り返しの村】だと気付いた? その知識はどこで知ったのだ?」


 すると、カルロスがフンと鼻を鳴らして得意げに答えてくる。


「僕はクトゥルクに選ばれし勇者だ。そんなの知っていて当然だろう?」


「それはもう充分に分かったし、お前さんが誰なのかも吾輩は存じておる。

 だが、砂塵の騎士の伝説はオリロアンの王家の書庫にしか置いていないはず。

 なぜお前さんがあの伝説を知っておるのだ?

 まさか我が国の書庫に忍び込んだのではあるまい?」


「フン。失礼なおっさんだな。僕がそんな卑しいことをするとでも思っているのかい?

 僕は由緒正しき血筋の勇者だぞ。そんなクトゥルク様の顔に泥を塗るような真似なんて誓ってしない」


「ならばなぜ、あの書物の内容を知っておるのだ?」



「予言師巫女シヴィラ様だよ」


「何!? 予言師巫女シヴィラに、だと?」


 アデルさんの顔つきが変わった。

 何かを恐れるように、カルロスから目を逸らして俯く。

 もしかしたらミリアが受けた予言のことを思い出したのかもしれない。

 その雰囲気に、俺もデシデシも何も口を挟めなかった。

 カルロスが言葉を続けてくる。


「僕がまだ小さい頃に、シヴィラ様にその書物をいただいたんだ。僕がクトゥルクに選ばれし勇者だと知ったあの日に。

 未来で必ず僕の助けになるものだから目を通しておくようにと言われて、僕はその書物を全部丸暗記するまで何度も読み込んだ。

 それ以外にも、念を置いて世界中の色んな書物にも、僕は勇者の特権を利用し、手に入れられるものは全て手に入れ、その全てに目を通した。

 まさか今ここでその知識が必要になるなんて思いもよらなかったけど」


 フフンと得意げに鼻を鳴らして、カルロスが有利な立場で俺に目を向けてくる。

 褒め称えろと言わんばかりに。

 察した俺は目を逸らしてそれを無視した。

 カルロスが俺に言ってくる。


「聞かないのかい? ダンジョンの回答を。

 さぁそこに跪いて頭を下げろよ。庶民の君には簡単なことだろう?」


 ……。


 すると、アデルさんが代わりに口を挟んでくる。


「あの書物の筋書き通りに事が進むというのならば、お前さんから答えを聞く必要もあるまい。

 ──そうであろう?」


「へ?」


 カルロスが間抜けた顔でアデルさんに目をやる。

 アデルさんが俺とデシデシに言ってくる。


「さぁ行こう、二人とも。吾輩に良い考えがある。今回はここから抜け出せるやもしれん」


「ほ、本当デシか! 今度こそボクたち成功するデシか!」


 でも、いったいどうやって?


 カルロスが戸惑い震える声で口を挟んでくる。


「そ、そうだよ! あの書物はオリロアンの王家と僕しか知らない内容だ。

 それをどうやって?」


 カルロスの言葉にアデルさんがニカッと笑って答えてくる。


「あの書物を読んだ読まないはどうでもよい。

 吾輩はたしかに書物の話はしたが、その書物通りの筋書きに事が進むとは認めておらん。

 現にあの物語通りに事が進んでおるならば、毎日同じ日々を繰り返す中で仲間が次々と衰弱死して、この時点で主人公と二人の仲間が生き残っているはず。

 なのに今もこうして皆生きておる。

 もし筋書き通りならば、その最初の犠牲者はケイのはずであろう」


 え? 俺が最初に?


 思わず自分自身に指を向けて俺は驚く。

 アデルさんが頷く。


「うむ。この中でお前が一番何も覚えておらん。

 いわば、あの書物では、お前さんは最初に死ぬ脇役である」


 覚えていないというか……。

 忘れているとか言われているけど、本当に俺、繰り返している記憶が無いんだよ。


「Kが一番幸せそうで羨ましいデシ」


 幸せ……なのか? 俺。


 戸惑う俺を見てアデルさんが笑ってくる。


「それにしてもケイは何度見ても元気だな。まるであの書物の主人公のように日増しに生き生きとしていて、とても最初の犠牲者になるとは考えられぬな」


 ……。

 もしかして、あのゲテモノ料理を食べているからだろうか。

 お腹もいっぱいだし、なんだか気力も体力も充分に有り余っている。

 どちらかというと──

 俺はチラリとカルロスを見やる。

 なんだかゲッソリとやつれた顔をして今にも死にかけていたカルロスが、半泣きになって俺の両肩を掴み、激しく揺すってくる。


「なんで君が日増しに元気になっていっているんだい? 君が最初の犠牲者のはずだろう? こんなの間違っているよ! あの書物の主人公になるべきはこの僕だ!」


 そんなこと、俺に言われても……。


「最初の犠牲者が僕だと言いたいんだろう? こんなの絶対おかしい!

 僕はクトゥルクに選ばれし勇者なんだぞ?

 きっと、こんなこと……──クトゥルク様はけして、僕のこんな惨めな結果をお許しにはならないはずだ!」


 そんなこと、俺に言われても……。


 俺は冷静に困った。

 そんな俺の耳にまた、あの音が聞こえてくる。

 時を刻むあの音が、ゆっくりと静かに──。

 アデルさんが俺とカルロスを引き離して言ってくる。


「二人とも、言い合いはここで終わりにするのだ。

 急ごう。夜が明ける前に。

 まずは住民に見つかる前にこの村から脱出するのが先だ。

 言い合いはそれからでも良かろう」


 カチっと。

 秒針の止まる音がハッキリと耳に届く。


 ──逆周回時計(タイム・ラグ)


 そして再び、俺の耳に秒針の音が聞こえてくる。

 運命に逆らうような音を立てて、ゆっくりと。



 こうして俺たちはまた、20回目となる同じ日の同じ朝を迎えることになる……。




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