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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部序章 後・下編】 砂塵の騎士団 【下】
243/313

続・忘れてはいけないモノ【8】

思い出した……たしかにタイトル通り、それは忘れてはいけないモノだった。

2013/12/26 20:35

改稿2014/07/10 23:08


 ※



 ──家を出て。

 俺たちは深夜で無人となった村の中を、泥棒よろしく並みに忍び足で逃げていた。

 目指すはこの村の出入口。

 みんな寝静まっているからだろうか、村は異常なほどに人の気配を感じない。

 物音や虫の音一つ無くシンと静まり返っている。

 異常なのはそれだけじゃない。

 空を見上げれば星も月も何も無かった。

 在るのはゴツゴツとした岩がむき出た洞窟の中で、そこに舞う無数の海蛍。

 昼間の天気や村の活気がまるで夢であったかのように、俺たちは薄暗い洞窟の中の寂れた村にいた。

 俺は不思議に辺りを見回しながら、前を行くアデルさんに問いかける。


 昼間に俺が見ていた村の姿は幻だったのか?


 アデルさんが答えてくる。


「幻かどうかは分からぬが、この村の昼の姿も夜の姿もどちらも本物であることに間違いはない」


 だけど昼間は太陽も出ていて空もあったし、村にはもっと活気があった。

 まぁ……今が深夜だってこともあるだろうけど。


「深夜が理由というわけではない。夜の──ある一定の刻が来ると、空は洞窟へと姿を変え、村はこうして無人のように静かになる」


「絶対この村、何か変デシ。こんなのおかしいデシ」


 もしかして俺たち、砂海に沈んではいなかったとか?


「そこが不思議なのだ。皆たしかに船ごと砂海に沈んだはず。

 しかし気付けばこの村にいた」


 そういえば。

 俺は思い出してアデルさんに問う。


 アデルさんは今まで、この村のどこにいたんですか?


「吾輩はずっとお前さん達の居た家の、その隅にあるタルの中に居た」


 意外と近くに居たんですね──ってか、なんでタルの中なんですか?

 ずっと動かずにタルの中に入っていたんですか?


「うむ。これも何度もお前さんに説明しておることだが、吾輩は最初からタルの中に居たというわけではない。

 お前さんはまだあの時寝ていたから記憶にはないかもしれぬが、吾輩は一度あの家の住民に捕まり、地下牢に入れられておる。

 しかし、夜になると牢の見張りが姿を消し、牢の鍵も簡単に開いたことで、夜にこうしてお前さん達と合流することが出来た。そしてこの村から脱出をするために村の外へと通じる出入口ゲートを一緒に目指しているのだが──」


 外に出られないのですか?


 俺の問いかけにアデルさんが力強く頷く。


「うむ。抜けたところで記憶が飛び、目覚めればまた同じ日の同じことを繰り返しておる。

 だが幸い、吾輩には繰り返した記憶が残っておる。

 だから三度目で吾輩は、目覚めた時から住民に見つからぬようあの家のタルの中に忍び込み、じっとそこで夜を待つことにした」


 タルに、ですか。


「うむ」


 辛そうですね。


「なぁーに、かくれんぼと思えば楽しいものだ。吾輩は幼き頃、従者の目を盗んでかくれんぼするのが大好きであった」


 そうですか……。従者の人も大変だったでしょうね。


「うむ。吾輩が見つからぬことで毎回城の中が騒ぎになっておった」


 見た目通りのヤンチャな人だったんですね、アデルさん。


「やはり吾輩に王は似合わぬ。こういう冒険が吾輩は大好きなのだ」


 楽しそうで何よりです。


 ふと、会話を聞いていたデシデシが不思議そうな顔で俺に言ってくる。


「妄想癖の激しい奴デシね、コイツ。自分のことを王様と思っているみたいデシ。変デシ」


 あー……。


 俺は眉間に指を当てて返答に困った。

 するとアデルさんが俺の代わりに答えてくる。


「お前さんのその疑問に吾輩はもう4度も返しておるが、5度目も──」


「もういいデシ。思い出したデシ。もう変人はたくさんデシ」


 あ。と、俺は二人の会話で思い出す。


 そういえば、俺も一緒に何度も村の外に通じるゲートに脱出しているわけですよね?


「うむ。なぜお前さんだけ記憶が消えるのかは分かっておらぬが」


 ……。


「心当たりもないのか?」


 まぁ……はい。何が原因かも分かりませんが、どの会話も俺にとっては初めて耳にする会話ばかりです。


「そうか。記憶にないならば気にしても仕方あるまい」


 はい……。なんか、すみません……。


 解決策のない俺の返答に、アデルさんがそれ以上追求してくることはなかった。

 今分かっていることは、この村から5度目の脱出を試みること。

 ここまでの記憶はまだ俺の中にある。

 もしかしたら今回こそは何かが変わってくるかもしれない。

 そんな期待を持ちながら、俺たちは村のゲートを目指し走り続ける。

 住民に見つからないように、静かに。

 ふと。

 何を思い出したか、アデルさんが懐からあるモノを取り出して俺に渡してくる。


「まぁ無駄かもしれぬが、お前さんにこれを返しておくぞ」


 ──!


 渡されたモノを見て、俺は興奮の声を上げる。


 相棒、モップ! お前らアデルさんと一緒だったのか!


 アデルさんの手から離れて嬉しそうに俺に飛びついてくる相棒のスライムとモップに、俺は二匹を抱きしめた後、定位置となる頭上と肩部分に添える。

 みんなの無事に、俺の表情が自然とほころぶ。

 それを見ていたデシデシが呆れるようにお手上げして溜め息を吐いてくる。


「Kのその反応を見るのも5回目デシ。よく同じ反応が出来るデシね」


 いや、だから記憶が無いんだって。仕方ないだろ。


「──まさにその猫の言う通りだよ」


 声は、別の方向から飛んできた。

 思わず俺はその声のした方向を目で探し、振り返る。

 一瞬だったが、俺はたしかに何かを通り越したような気がした。

 ──いや、誰か居たというよりも、()()()()と言うのが正しいか。

 俺たちはその場に足を止めて振り返る。

 過ぎ去ってきた後方に居たモノ。

 それは民家の壁にもたれるように腕組みして、優雅にご自慢の金髪をなびかせた青年の姿。

まるで俺たちが来るのを知っていたかのように。

 そいつ──上流貴族の衣装に身を包んだ優雅な青年が、嘲笑気味に鼻で笑ってジェスチャー混じりに俺に言ってくる。


「ここで君達に会うのはこれで五度目だ。いいかげんうんざりする。

 何度も何度も同じ日、同じ行動、同じ会話の繰り返し。

 その君の馬鹿げた面の反応にも何度も付き合わされたよ」


 お前……カルロスじゃないか! なんでこんなところに


 俺が驚きに目を丸くしてそいつに人差し指を向けると、そいつは途端に不機嫌な顔付きで俺に吐き捨ててくる。


「庶民のくせに、ずいぶんな忘れようじゃないか。

 僕に喧嘩を売っているのかい? この身の程知らずめ」


 いや、だから俺には記憶がないんだよ。

 ここでお前に会うのは初めてだ。


「フン、どうだか。わざと言ってきているようにしか思えないよ」


 たしかにあの時、船でお前と言い争ったことは悪かったと思っている。

 けど、結果的にこうして時間が過去に戻ってお互い助かったんだから──


「船?」


 え?


 怪訝な顔で首を傾げて問い返してくるカルロスに、俺の目が点になる。

 すると横からデシデシもアデルさんも不思議そうに俺に問いかけてくる。


「何度もKの口からそれを聞いているデシが、いったい何を言っているデシか?

 ボクはずっとKと一緒に居たデシけど、こんな奴知らないデシ。船も一緒に乗ったことなんて無いデシ」


「ケイよ。きっと現実と夢との記憶が曖昧になっておるのであろう。

 カルロスとは夕食の舞台の上で会って以来だ」


 あ、そっか……。


 俺は何かを思い出してポンと手を打つ。

 あの時俺が体験した、小舟でカルロスと言い争って魔物にみんな殺された時のことは未来であり、それを俺が何かと契約してリセットしてその未来は無かったことにしたんだ。

 その時からずっと時間軸がおかしなことになっている。

 俺は誰にでもなく胸中で悩み、考え込む。


 あの時からだ。

 何度も何度も、過去の同じ日、同じ時間、同じことを繰り返す。

 俺が過去を変えるまで……ずっと。


 自然と右手首に付けていた腕時計に視線を向ける。


 原因があるとすれば、きっと──


 カルロスが俺の傍へと歩み寄ってくる。

 見下すように顎を突き上げて、


「原因があるとすれば、きっとこの”ダンジョン”だ」


 え……? だ、だんじょん……?


 俺は予想外の言葉に思わず、二、三度ほど目を瞬かせる。

 その問いかけにカルロスが大きく頷きを返す。


「そうだよ」


 ダンジョン? え、何が? もしかしてここが?


 地面に指を向けながら問い返す俺に、カルロスが苛立たし気に言い返してくる。


「君はダンジョンが何かを知らないのかい?」


 いや、ダンジョンって言葉は分かってるよ。けど、何を急にそんなこと……?


 カルロスが腕組みして溜め息を吐き、答えてくる。


「急に、だって? 僕の頭が急におかしくなってこんなことを口にしているとでも思っているのかい?

 君にこれを説明するのはこれで5度目だ」


 いや、だからそれは俺の記憶に無いんだって。


「フン。そんなのただの言い訳だ。君の頭の悪さなんて僕には通用しない」


 はぁ!?


 だんだんと喧嘩腰になっていく俺とカルロスを見かねたアデルさんが、間に割って入って事を収めようとする。


「こんなところで喧嘩している場合ではないであろう。

 住民に見つかる前にこの村から脱出するのが先決だ。

 すまぬがカルロスよ。

 吾輩の顔に免じてケイにもう一度説明をしてはくれぬか?」


「……」


 一度嘲笑気味に鼻で笑ってから、カルロスが仕方なしに俺に説明してくる。


「君が本当のバカじゃなければ、最後に盗賊船で見た白金の鎧騎士──伝説の【砂塵の騎士】のことは記憶にあるはずだ」


 ……あぁ、覚えている。続けてくれ。


 いちいち言い方が癪に障る奴だったが、たしかにアデルさんの言う通り、こんなところでいがみ合っていても意味がない。

 俺は内心で拳を握りながらぐっと耐えてカルロスの言葉を促す。


「砂塵の騎士は僕たちに、このダンジョンの挑戦状を突き付けて砂海へと沈めてきた。

 よって、その時点で僕たちはこのダンジョンの攻略者となる。

 その第一となる関門がここ──【繰り返しの村】だ。

 魔物の住むこの村で何度も同じ毎日を繰り返し、過ぎ去りし日も分からずに仲間が衰弱し、あるいは頭がおかしくなって次々と一人、また一人と狂い死んでいく。

 この村から脱出する方法を攻略して早めに抜け出さなければ、僕たちはこの村で野垂れ死ぬことになる」


 俺の記憶が正しければ、挑戦状はガレオン船にいた俺たちに突き付けてきたものであり、カルロスはその場に居なかった。

 よって、カルロスは無関係なのではないかというのが俺のこのダンジョンでの見解である。


 俺のその言葉にカルロスが呆れるようにお手上げして言ってくる。


「フン、やれやれ。これだから庶民は馬鹿で困る。

 僕が選ばれし人間であることが全然理解できていないようだね」


 お前が自意識高すぎ選手権にでも選ばれたんなら俺も納得できる。


 俺の中でのイライラが止まらない。

 思い返せば、俺はコイツに舞台で引き立て役にさせられた。

 あの屈辱を俺は一生忘れない。

 バチバチと。

 俺とカルロスの間で無言の睨み合いの火花が散る。

 その合い間にアデルさんとデシデシが割って入る。


「今は言い合っている場合ではなかろう、二人とも」


「そうデシよ! こんなことしている場合じゃないデシ!」


 ……。


 たしかにアデルさんやデシデシの言う通りだ。

 こんなところで言い合っていたところで意味はない。

 沸々と込み上げてくる怒りを一旦飲み込んでから、声を落ち着かせてカルロスに問いかける。


 ここがダンジョンだったとして、本当に村の出入口のゲートを抜ければ脱出成功になるのか?


 問いかけに、カルロスが自慢の長い金髪をファサぁと手で払ってから答えてくる。


「このダンジョンの攻略の答えを知っているのは僕だけだ。

 まぁ、なんといっても僕はクトゥルクに選ばれし勇者だからね。

 常に優位な立場にいるのは当然であり、ここから可哀想な庶民である君達を救ってやるのは当然の義務だ。

 あー、大丈夫だよ。盗賊に連れ攫われてずっと囚われていたにも関わらず、その現場に居合わせていたはずの君も、そして誰一人として僕を助けに来なかった時の恨みなんて、とうの昔に忘れたよ。

 あー……でも、そうだねぇ。

 君が今この場で深く座り込んで地面に額をこすりつけながらお願いしてくるんだったら答えを教えてやらないでもないかな」


 ……。


 俺の片頬が自然と引きつった。

 無意識に口から舌打ちが漏れる。

 不愉快な気持ちになったのは俺だけじゃなかった。

 その場にいたデシデシもアデルさんも俺と同じ気持ちだったに違いない。

 二人とも同時にお手上げして溜め息を吐いている。


「行くデシよ、K。こんな奴、ここに放っておけばいいデシ」


「先を急ごう、ケイよ。答えなど知らずとも良い」


 カルロスが鼻で笑ってくる。


「さぁ、どうした? ん? 助かる方法が知りたいんだろ?

 地面に額をこすりつけて僕にお願いすればいい。いつもそうやって生きてきた庶民の君にとっては簡単なことだろう?」


 ……。


 俺は無言でカルロスと向き合うと、その肩にぽんと片手を置いた。

 目が怒りに座ったままで、にこりと微笑みながら告げる。


 俺さ、実はお前にその台詞言われるのは、これで五度目なんだ。


「へ?」


 カルロスの間抜けに問い返してくる顔がとても印象的だった。

 そう、それで思い出した。

 何度記憶が消えようとも、ここだけは覚えている。

 カルロスが言おうとしていたダンジョン攻略の回答も、その未来も、俺は知っていた。


 ──逆周回時計(タイム・ラグ)


 ハッキリと、秒針が止まった音が耳に届く。

 そして俺の耳に再び、時計の刻む音が聞こえてくる。

 運命から逆らうような音を立てて。

 俺の右腕に付けていた腕時計が逆回りの音で時を刻んでいく。




 こうして俺たちはまた、6度目となる同じ日の同じ朝を迎えることになる──。




前回、物語がまだ途中だったことを忘れて更新してしまった。

本当に忘れてはいけないモノだった……。

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