あの、すみません。助けてください……【4】
2013年→2014/07/10(改稿)
俺がぶっ倒れる荒々しい音を聞いたのか、出入口と思わしきドアが開かれ、一人の女の子が大慌てで駆け込んできた。
年齢はだいたい小学4年生頃だろうか。
緑色の長い髪を頭上で二つ結びに括って背まで垂らし、あどけないエメラルドのアーモンド瞳をぱちくりとさせながら、傍に座り込んでくる。
心配そうに俺の頭を撫でながら、
「どうしたの? お兄ちゃんたち。いったい何があってこんな……」
……。
女の子はそこで言葉を止めて、俺の姿を静かに見つめた。
その隣で、無事だったデシデシが剣幕立って女の子を激しく問い詰める。
「どうしたもこうしたもないデシ。ここは魚だらけでおかしな部屋デシ。
ここはいったい何処なんデシか? そしていきなり来て誰なんデシか?」
「大変、すぐにパパを呼んでこなきゃ」
あの……。
俺たちの言葉をシカトするように、女の子がすぐさま立ち上がる。
そのまま、また元来たドアへと駆け出して行った。
「ちょっと待つデシ! まだ説明が終わってないデシよ!」
……。
ドアの向こうから女の子の声が聞こえてくる。
「パパ! 大変よ、すぐ来て! お兄ちゃんがウツボに食べられてる!」
※
女の子の父親が部屋に駆けつけてきた頃には、俺の首から下の体はすでにウツボの口の中へとすっぽり飲み込まれていた。
まるで寝袋のような状態でウツボの中へと体を収めた俺は、もはや抜け出そうにも抜け出せず、食べられそうで食べられない中途半端な格好で床に転がっていた。
……あの。どなたか存じませんが、いきなり来てもらって早々、この状態から助けていただけないでしょうか?
絶望を顔に滲ませた俺は、必死に女の子の父親に助けを求めた。
隣のデシデシは見ているばかりで何もしてくれない。
前々から冷たい奴だとは思っていたが、本当に冷たい奴だった。
女の子の父親でさえも、俺の姿に同情を向けるばかりですぐに助けてくれることなく、気まずそうに視線を逸らして口元を手で覆った。
「いや、なんというか……」
と、少し言葉を濁した後にぼそりと呟く。
「まさかキミが、こんなにも獣使いだったとは……」
どういう視点をもって、今まさにウツボに食されようとしている俺を見て【獣使い】と呼ぶのか、その基準が知りたかった。
女の子が俺の隣にちょこんと座り込み、水搔き手でペットを愛でるかのように俺の頭を撫でてくる。
「なんかお兄ちゃんかわいいね。このままペットにしたい」
……。
今まさにウツボに食されようとしている俺に、誰も手を差し伸べてくれないのはなぜだろう。
もしかして、助ける手立てもなく同情されているのだろうか。
俺は静かに涙を流す。
あぁグッバイ。俺の人生……。
ふと、女の子の父親が冷静に俺に声をかけてくる。
「泣かなくていい。こういう場面はよく見る光景だ」
死にかけた人を前にして冷静に口にする台詞ではないと俺は思います。
せめて、もっとこう……もう少し助けられる希望を捨てずに、助けたい必死感をいただけないでしょうか?
女の子の父親が落ち着いた様子で俺を見つめながら、お手上げして肩を上下させる。
「ウツボに食べられている人間はよく見かける。
ただ……助かった人間は、残念ながらまだこの目で見たことはないが」
本気で助けてください。なんでそんな冷静なんですか?
「今この状態でキミをウツボの口から引っ張り出せば、ウツボは口を閉じてキミの頭を噛み砕くだろう。
だからとそのままキミをウツボの口の中へと押し込めば、胃袋へと直行し、キミの寿命を早めるだけだ」
じゃぁもしかして俺、このまま助からないのでしょうか?
俺のその言葉に、女の子の父親が自分の顎を軽く一撫でしてしばらく考え込む。
「ふーむ……」
……。
ポン、と。
やがて何かを閃いたかのように気楽に手を打つ。
「ウツボの腹を捌くしかない。よし、今夜はウツボ鍋にしよう」
「やったー! 私、ウツボ鍋大好き!」
いや、あの……。
隣でデシデシがゾッとするように背中の毛を総立てる。
すると女の子の父親が俺に向けて人差し指を振ってくる。
「心配しなくていい。もちろんキミごと食べるわけじゃない。キミは食べてもマズそうだからな。
捌いた後にちゃんとそこから助け出してあげよう」
「食べちゃダメ、パパ! この人間もあの猫ちゃんも私が拾ってきたんだからね。
拾ってきたペットはちゃんと最後までお世話するから、ねぇお願い!」
あの……。
「ウツボ鍋の話は横に置くとして」
そう言って、女の子の父親が空気箱を横にスライドさせて話を変えてくる。
さきほどとは打って変わって真面目な顔で俺に言う。
「しばらくはそのままの状態でいるといい。ここは人間が来てはいけない村だ。
ウツボはキミを助け守ってくれている。
──人間を隠すならウツボの中だ」




