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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部序章 後・下編】 砂塵の騎士団 【下】
236/313

得られしモノ、その代償【1】

2014/7/10 12:51



【この呪いは君の命を助ける呪いだ。

 それは同時にシヴィラの予言を狂わせるということになる。

 何が起こるのかは誰にも分からない。

 ――だがこれだけは覚えておいてほしい。

 狂わせるということは、助かるはずだった誰かを犠牲にするということだ】



 俺の右手首にある腕時計の秒針の音が、やたら耳障りに聞こえてきた。

 一秒一秒、一定のリズムを刻みながら。


 ガレオン船の側面に空いた穴。

 そこから俺たちは信じられない光景を目の当たりにする。

 盗賊船の甲板に現れた一体の鎧騎士。

 全身を白金の甲冑で覆ったその騎士は、ミリアを庇った盗賊アカギの体を剣で突き刺していた。

 ミリアの悲鳴が響き渡る。

 アデルさんが信じられないとばかりに声を漏らした。


「砂塵の騎士、だと!? 馬鹿な──あれは……」


 そう、以前アデルさんが俺に話して聞かせてくれた砂塵の騎士の話。

 でもあれは伝説上の騎士であり空想の存在だと。



【求めよ。すれば我は目覚めん】



 あの時の言葉がふと俺の脳裏を過ぎり、俺は愕然とその場に膝を折った。

 

 いったい俺はあの時、誰と契約してしまったんだ……?

 

 思い出せない。

 思い出せるのは記憶の片隅に残る声だけ。

 いや、声だけじゃない。あの時……

 視線を落とし、右手首の腕時計を見つめる。

 その時計の針は正確に右回りに時を刻んでいた。


  ――逆周時計(タイム・ラグ)


「何か言ったデシか?」


 俺の口から零れ出た言葉。

 デシデシがそれを聞いて小首を傾げ、尋ねてくる。

 しかし、俺の耳にはその言葉は届かなかった。

 自分のやってしまった後悔に思わず口を片手で覆う。

 脳裏をアデルさんの言葉が過ぎる。



【今、ミリアは予言のままに生きておる。

 精霊巫女となることも、我輩が失脚することも、竜騎軍が謀反を企てることも、シヴィラはミリアに予言しておった。

 このまま行けばミリアは──殺されるかもしれん】



【偶然に見えて偶然じゃない。誰かが仕組めばそれは必然になる。面白いだろう?】



 俺は信じるべき人を見誤ったのかもしれない。


 凍えるような闇の胎動が砂海の上に広がった。

 盗賊船の周りを包み込むようにして黒い魔法陣が出現する。


「いかん! ミリアが──」


 アデルさんの声で、俺はミリアへと目を向ける。

 目を向けた先、ミリアの周りにはどす黒い靄のようなものがヘビみたいにまとわりついていた。


 いったい何が……?


「暴走しようとしているのだ、ミリアの魔法が」


 ミリアの魔法が暴走?


 尋ねる俺にアデルさんが頷く。


「ミリアの精神が乱れ、体内に眠る精霊魔法を上手く制御できなくなっておる。このままでは……」


 盗賊船が砂海の底へと沈み始める。

 船にいた盗賊たちは皆死に絶えたのか姿はなく、その船上で戦っていた団員や白騎士たちは散り散りになって自分たちの船へと戻っていく。

 船上に残っているのは血に染まる屍と、アカギの遺体を抱きしめるミリアのみ。

 砂塵の騎士がミリアへと向き直った。

 アカギの血に染まった剣をミリアへと向けて振り上げ──


「ミリア!」

 やめろ!


 俺とアデルさんが同時に叫ぶ。

 砂塵の騎士の動きが止まった。

 そして、砂塵の騎士が俺たちの居るガレオン船へと静かに顔を向けてくる。

 まるで挑発でもするかのように。

 砂塵の騎士は剣先をミリアからガレオン船へと向けてきた。

 その次の瞬間、ガレオン船までもが沈み始める。


「沈んでいるデシよ! 脱出するデシ!」


 デシデシの声で俺はハッとした。

 逃げ出そうと急いでその場から立ち上がる。

 だが、その場を動かないアデルさんに気付き、俺は慌てて声をかける。


 逃げよう、アデルさん!


「Kよ。先に行くが良い。我輩はここを動かん」


 告げて。

 アデルさんはどっかりとその場に腰を下ろし、石像のようにして座り込んだ。

 そして盗賊船に向けて叫ぶ。


「受けて立とう、砂塵の騎士よ!」


「受けるも何もこの船沈んでいるデシよ!

 砂海の底デシよ! 生きていられるはずがないデシ!

 息が出来なくなるデシ! 砂の中に生き埋めになるデシよ!」


 アデルさんが盗賊船から目を逸らさずに俺たちに言う。


「我輩のことは気にするでない。ミリアと我輩は共に生き行く存在なのだ。

 お前たちだけでも逃げるがよい。我輩はここを動かぬと決めた。

 ミリアが沈むのであれば我輩も共に沈もう」


 共に沈む……。


 その言葉に俺は心を動かされた。

 逃げるということは同時にミリアを見捨てるということに気付かされたからだ。

 俺はデシデシに振り返ると、頭上のスライムとモップを託した。


「どうしてデシか? 逃げないんデシか? まさか、Kもここに残るデシか?」


 不安そうに尋ねてくるデシデシに向け、俺は頷く。


 うん。俺も残ることにした。


「なんでデシか?」


 デシデシから目を伏せ、俺は呟くようにして答える。


 全部……俺のせいだから。


 それ以上は答えるつもりはない。

 俺はデシデシに背を向けた後、黙ってアデルさんの隣に腰を下ろした。


 ……。


「逃げぬのか? Kよ」


 逃げないって決めたんだ。その理由は──聞かないでほしい。


「……」


 アデルさんがそれ以上何も言ってくることはなかった。

 俺もそれ以上は何も言わない。

 だんだんと沈み行く船。

 逃げることを躊躇っているのか、デシデシの足音が聞こえてこない。

 俺は振り返らずデシデシに言う。


 デシデシ、お前は逃げてもいい。誰もお前を責める奴は居ない。


 ふと、スライムとモップが俺のところに戻ってくる。

 肩と頭上、それぞれの定位置に。

 そしてデシデシも俺の隣にちょこんと腰を下ろす。


「白騎士の船に乗るのは嫌デシ。

 この船はボクたちの船デシ。団長たちを置いて離れるわけには行かないデシ」


 その後──。

 俺たちは船とともに砂海に体が沈んでいこうとも。

 その場を動くことなく座り込み続けた。




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