◆ クトゥルクの守護者【終】
◆
血濡れたステッキを片手に、英国風の貴族紳士は鼻歌混じりに船内の通路を独り歩く。
明かりは激しく点滅を繰り返しているものの、彼の前に魔物が現れることはなかった。
ふと。
そんな彼の背に声がかかる。
「……珍しいものね。あなたがこんな場所に現れるなんて。何かが起こる前触れかしら?」
少女の声だった。
貴族紳士は足を止め、振り返る。
程よく距離を置いた場所に。
漆黒のドレス姿の隻眼の少女が一人、物静かに佇んでいた。
彼女を目にして。
貴族紳士は穏やかな笑みを浮かべてシルクハットを取り、深々と会釈をする。
「これはこれは。ご機嫌麗しく黒王。なんともお久しい」
顔を上げて、貴族紳士は意味深に微笑する。
シルクハットを被り直し、
「その仮染められし擬人姿、綺麗なあなたにとても良くお似合いですよ。
ーー十四年前、クトゥルク様に殺されたとはとても思えないほどに」
「……」
隻眼の少女ーーフィーリアの片眉がぴくりと跳ね上がる。
射殺すほども鋭い視線で貴族紳士を睨み付け、
「言葉に気を付けなさい。誰に向かって物を言ってるつもり?」
「これは失礼、黒き姫君よ。何分、今は気分が良くて」
貴族紳士は血濡れたステッキを一振りすると、その先をトンと地につけた。
「……」
フィーリアは無視して歩き出す。
そのまま貴族紳士の横を通り、すれ違い際に。
「十四年前ーー」
貴族紳士を睨み付けつつ、挑発的な言葉を口にする。
「神は死んだわ。確実に。
殺されたのよ。戦いの最後まで共に生き残った、たった一人の信頼していた仲間に、銃で頭を撃ち抜かれて」
「……」
驚くわけでもなく、貴族紳士は顔色一つ変えずに受け流す。
「それを私が知らないとでも? フィーリア」
「……。そう、全てを知ってて見殺したわけね」
無駄を悟るように、フィーリアは前へと視線を戻し、再び歩き出した。
その背に、貴族紳士は言葉を手向ける。
「あなたに捧げたいアドバイスがある」
「……」
フィーリアは足を止めた。
それを“授受の意”と取った貴族紳士は人差し指を立て、言葉を続ける。
「あまり異世界人を嘗めない方がいい、フィーリア。彼らは確かに純粋で従順だ。だがその中の一つに毒が入っていることがある。
それを油断した時がーー君の最期だ」
フィーリアは振り返る。
「……そう。あなたのアドバイス、嫌いじゃないわ」
「力になれて光栄です、黒き姫君」
「……」
無視して、フィーリアはその場を立ち去る。
振り向きもせず、言葉だけを残し。
「さようなら、元クトゥルクの守護者ーー聖天使ミラン。
できれば次は“運命の日”に会いたいものね」
「……」
答えず、にこやかな笑顔のままで。
貴族紳士はシルクハットをちょいと掲げてフィーリアを見送った。
Simulated Reality:Breakers 【color_code:black版】
砂塵の騎士団 【上】終
原版 2013/10/07 13:07 - 2013/11/22 20:32
掲載版Bルート 2017/05/13 - 2017/12/03 17:57




