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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部序章 後・上編】 砂塵の騎士団 【上】
235/313

◆ クトゥルクの守護者【終】


 ◆



 血濡れたステッキを片手に、英国風の貴族紳士は鼻歌混じりに船内の通路を独り歩く。

 明かりは激しく点滅を繰り返しているものの、彼の前に魔物が現れることはなかった。


 ふと。

 そんな彼の背に声がかかる。


「……珍しいものね。あなたがこんな場所に現れるなんて。何かが起こる前触れかしら?」


 少女の声だった。

 貴族紳士は足を止め、振り返る。


 程よく距離を置いた場所に。

 漆黒のドレス姿の隻眼の少女が一人、物静かに佇んでいた。


 彼女を目にして。

 貴族紳士は穏やかな笑みを浮かべてシルクハットを取り、深々と会釈をする。


「これはこれは。ご機嫌麗しく黒王(フィーリア)。なんともお久しい」


 顔を上げて、貴族紳士は意味深に微笑する。

 シルクハットを被り直し、


「その仮染められし擬人姿、綺麗なあなたにとても良くお似合いですよ。

 ーー十四年前、クトゥルク様に殺されたとはとても思えないほどに」


「……」


 隻眼の少女ーーフィーリアの片眉がぴくりと跳ね上がる。

 射殺すほども鋭い視線で貴族紳士を睨み付け、


「言葉に気を付けなさい。誰に向かって物を言ってるつもり?」


「これは失礼、黒き姫君よ。何分(なにぶん)、今は気分が良くて」


 貴族紳士は血濡れたステッキを一振りすると、その先をトンと地につけた。


「……」


 フィーリアは無視して歩き出す。

 そのまま貴族紳士の横を通り、すれ違い際に。


「十四年前ーー」


 貴族紳士を睨み付けつつ、挑発的な言葉を口にする。


(クトゥルク)は死んだわ。確実に。

 殺されたのよ。戦いの最後まで共に生き残った、たった一人の信頼していた仲間に、銃で頭を撃ち抜かれて」


「……」


 驚くわけでもなく、貴族紳士は顔色一つ変えずに受け流す。


「それを私が知らないとでも? フィーリア」


「……。そう、全てを知ってて見殺したわけね」


 無駄を悟るように、フィーリアは前へと視線を戻し、再び歩き出した。

 その背に、貴族紳士は言葉を手向ける。


「あなたに捧げたいアドバイスがある」


「……」


 フィーリアは足を止めた。

 それを“授受の意”と取った貴族紳士は人差し指を立て、言葉を続ける。


「あまり異世界人を嘗めない方がいい、フィーリア。彼らは確かに純粋で従順だ。だがその中の一つに毒が入っていることがある。

 それを油断した時がーー君の最期だ」


 フィーリアは振り返る。


「……そう。あなたのアドバイス、嫌いじゃないわ」


「力になれて光栄です、黒き姫君」


「……」


 無視して、フィーリアはその場を立ち去る。

 振り向きもせず、言葉だけを残し。


「さようなら、()クトゥルクの守護者ーー聖天使ミラン。

 できれば次は“運命の日”に会いたいものね」


「……」


 答えず、にこやかな笑顔のままで。

 貴族紳士はシルクハットをちょいと掲げてフィーリアを見送った。




 


 Simulated Reality:Breakers 【color_code:black版】

   砂塵の騎士団 【上】終


 原版 2013/10/07 13:07 - 2013/11/22 20:32


 掲載版Bルート 2017/05/13 - 2017/12/03 17:57


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