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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部序章 後・上編】 砂塵の騎士団 【上】
232/313

それは偶然でも強運でもなく、ただ一つの運命論【80】前


 道が出来た。

 真っ直ぐに、一条の。

 差し込む光を浴びて死体(ゾンビ)が蒸発して次々に消えていく。

 眩しいまでに差し込んでくる光に、アデルさんが手を(かざ)しながら声を漏らす。


「これは……外の光なのか?」


 行こう! 今だ!


 俺は合図を送る。

 デシデシを抱いて、アデルさんとともに。

 光に向かって真っ直ぐ駆け出した。

 厨房を抜けて、その先にーー。


 ……あ、あれ?


 道はなかった。

 厨房から真っ直ぐ突き抜けるようにぽっかりと壁に穴の空いた船の側面。

 差し込んできたのは太陽の眩しい光。

 まるでトンネルを抜けたらその先に線路が無かった的な、船床の断たれた崖っぷち。

 俺はギリギリのところでバランスを保って踏み留まった。

 足元のすぐそこに迫る砂海。

 一歩踏み外せば砂海の中に落ちてしまうところだった。


 ふと、そこにーー。

 いったい何のタイミングか、すぐ傍に一隻のボロい小船が横付けしていた。


「ぐふっ!」


 どわっ!


 遅れてアデルさんが後ろから勢いよくぶつかってきた。

 それに押し倒されるようにして、俺はアデルさんとともに小船に雪崩れ込み、身を落とした。







 ※







 俺たちが乗ってきたことで、小船が大きく揺れる。

 アデルさんと慌てて左右に分かれて小船の側面淵にしがみつき、なんとかバランスを保とうとする。

 揺れは少しずつ小さくなり。

 やがて、静止した。

 俺とアデルさんは安堵の息を吐く。

 偶然だか何だか知らないが、幸運にもそこに小船があったことは助かった。


 小船の持ち主ーー金髪の貴族青年は、小船の端にしがみつきながら俺たちがいきなり乗り込んできたことに理解できず、驚きと戸惑いに間抜けに口を開けて目を何度も瞬かせた。


「な、なぜ君がこの小船に乗ってくるのか意味が分からないよ」


 カルロス!?


 俺は聞き覚えのあるその声に驚き、身を跳び跳ねた。

 金髪の貴族青年ーーカルロスは言う。


「ガレオン船のこの穴はもしかして君が開けたのかい? 偶然にしてはタイミングが良すぎておかしい。出来すぎてるよ。僕がここに来るタイミングで開けて飛び乗ってくるなんて、いったい何の策略だい?」


 マジで偶然なんだ。俺もその言葉を返したい。なんでお前が船に乗ってここに居るんだ? めっちゃ助かったけど。


 人数が急に増えたことで重量オーバーしているらしく、小船は今にも転覆しそうになっていた。

 カルロスが真顔で言ってくる。


「とにかく君たち、一旦砂海に落ちてくれないか? このままだと小船が持たないよ。

 いいかい? これは僕が見つけた小船だ。これは僕の物なんだ。君たちと一緒に心中する気はない」


 ……。


 どこまでもゲスな自称勇者だった。

 カルロスが船の端にしがみついたままで、俺を足蹴りして砂海に蹴落とそうとする。


「とりあえず君だけでも先に落ちてくれないか? 君が落ちるだけでも助かる確率は変わると思うんだ」


 やめろ、馬鹿! マジで落ちるだろ!


「ぜひ落ちてくれ。君だけでも」


「Κに何するんデシか、こいつ! こうしてやるデシ!」


 言って、デシデシが俺の腕から飛び出してカルロスの足に噛みつく。

 カルロスが悲鳴をあげてデシデシを退けようと抵抗し、暴れる。

 その度に小船は激しく揺れて、本当に転覆しそうになった。

 アデルさんが必死に止めに入る。


「止めないか! 船が沈んでしまうぞ!」


 アデルさんが動いたことで船は大きく傾きを見せる。

 慌ててみんなでそれぞれさきほどのバランスを保つ為に定位置に戻って端にしがみつき、ジッとする。

 再び小船は安定し、揺れが止まった。


 ……。


 何を思ってか、カルロスが急に手元にあった舟のオールを持ち出し、小船を漕ぎ始める。

 ゆっくりとどこかに移動していく小船。

 俺は尋ねる。


 いったいどこへ向かうつもりだ?


 カルロスが形振り構わず必死に漕ぎながら答える。


「決まってるだろう。逃げるのさ。ガレオン船は安全そうに見えたけど、それは僕の見間違いだった。白騎士の船もそうさ。どこもかしこも化け物だらけでヤバすぎる」


 それよりお前、いったいどうやって盗賊の船から逃げ出せたんだ?


「僕はクトゥルクに選ばれし勇者だからね。生まれた頃から僕は恵まれているんだ。それは僕が選ばれた特別な存在だからさ。僕の強運は誰にも負けない。最高で最強の祝福なんだ。僕の生き残る道はいつだって目の前に用意されている。なぜなら僕は選ばれし勇者だからね」


 そんなに勇者を主張してくるなら戦えよ、お前。勇者なんだろ?


「だったら君がこの船を降りて戦ってきたらどうだい? 僕は嫌だね。身分のない平民どもと一緒にあんな泥臭く血生臭い戦場で先陣きって戦うなんて死んでも御免だね。僕にはあんな小汚ない戦場よりも、きれいな表舞台でみんなが英雄視してくるような勇姿を見せつつ、カッコ良く命令して戦って勲章をもらうのがいいんだ。それが僕の戦場でのポリシーさ」


「最低な奴デシね、こいつ」


 デシデシが半眼で言う。

 それにカルロスが平然と言い返す。


「じゃぁ君も一緒にこの小船から降りて戦えばいい。僕は嫌だね。華やかな戦場で戦う為にも避難させてもらうよ」


 ふいに。

 アデルさんの手がカルロスを止める。

 不機嫌にカルロスはアデルさんを睨み付け、掴まれた手を振り払う。


「邪魔をしないでくれ。止めるんだったら僕以外はみんなこの船から降りればいい」


 アデルさんはカルロスを見据えてハッキリと言い放つ。


「カルロス。ーーいや、カルロス・ラスカルド・ロズウェイよ。

 このような小さき船でいったいどこへ逃げようというのだ?」


 ……。


 言葉を受けて、カルロスの船を漕ぐ手が止まった。

 アデルさんが言葉を続ける。


「【オリロアン】を目指す気か? それならばここからはまだ遠き場所にある。ならば引き戻して逆の地に戻るのか? その地もまた然り。

 航海の知識もなく、ましてや食料も持たずに、このような小さき船では大型の魔物から身を守る術もあるまい。そのような状態でいったいどこへ逃げようというのだ?」


「ど、どこって……」


 カルロスは戸惑い、動揺するように視線を落として辺りをさまよい見る。

 アデルさんがカルロスに手を差し伸べる。


「共に戦わぬか? カルロスよ。勲章よりも大事なことが目の前にあるであろう。どの道に進もうとも結果は皆同じだ。ならば共に最期までここで足掻いた方が後悔がなくて良い」


「……」


 カルロスは躊躇い、顔を伏せる。

 その手から力なくオールが滑り落ちた。

 アデルさんがそれを手に取り、船を漕ぎ始めた。

 白騎士の居る船に向けて。


 ふと。

 俺の頭上でスライムが飛び跳ね、モップが俺の髪を引っ張って何かの異常を知らせてくる。


 痛っ。ーーん? どうした? :)


 尋ねたところで、彼らの答えが聞けるわけでもなく。

 まぁいいかと。

 俺は二匹の様子をこれ以上気にも留めなかった。


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