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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部序章 後・上編】 砂塵の騎士団 【上】
231/313

戦いの心得【79】後


 ※




 めちゃくちゃになった厨房。

 その貯蔵庫近くの壁にーー

 アデルさんは居た。

 背中を壁に預けて足首を押さえ、痛みに耐えている。

 俺とデシデシは厨房内の障害物を掻き分けてながらアデルさんに近寄った。

 アデルさんが俺を見て安堵に笑う。


「見よ、我輩のこの無様を。笑うが良い」


 笑えません。


 俺はハッキリそう答えた。

 デシデシが言う。


「こいつめちゃくちゃ運が良いデシ。倒れてきた調理台や調理器具は全部当たらず、床に落ちてたジャガイモを踏んで滑って足を捻挫しただけデシよ」


 デシデシ。お前甲板で見かけないなと思ったら、ずっとアデルさんと一緒にここに居たんだな。


「こ、怖くて逃げてたわけじゃないデシよ!」


 ……。


 必死に言い訳してくるデシデシの頭を撫で、俺はアデルさんの方に振り向くと、怪我を心配して床に腰を落とした。


 大丈夫ですか? アデルさん。


 アデルさんが安心させるように俺の片腕を軽く叩いて言ってくる。


「我輩の心配はいらぬ。大丈夫だ。

 それよりもお前さんが無事で良かった。外に出てちゃんと戦えているのか心配していたところだ」


 あの……アデルさんまで俺を無能扱いするのはやめてください。


 デシデシが半眼で俺を見て言ってくる。


「Κは戦い向きじゃないデシ。飛び出て速攻で殺されるタイプの奴デシ。Κには救護班が合ってるデシ」


 救護班、か……。


「心配するでない、二人とも。我輩が必ずお前さん達を盗賊から守ってみせよう」


 するとデシデシが疑いの目でアデルさんを見て言う。


「本当デシかぁ~? ちゃんと守れるんデシかぁ?」


「無論だ。ケイよ、肩を貸せ」


 あ、はい。


 俺は急いでアデルさんの片腕を肩に回して助け起こす。

 肩に居たモップが俺の頭上へと移動していく。

 そのことでデシデシがようやく俺の頭上の存在に気付いた。


「Κ、良かったデシね。相棒と仲直り出来たんデシか。相棒がちゃんと定位置に戻っているデシ」


 あー……うん。まぁな。


 俺は苦笑いを浮かべて曖昧に答えた。

 デシデシの話はすぐに逸れてアデルさんへと向く。

 肩を借りてやっと立ち上がれたアデルさんに、


「本当に大丈夫なんデシか?」


「うむ。問題ない。我輩にはこの拳がある」


 と、言って。アデルさんがデシデシに向けて空いたもう片腕を見せた。

 筋肉の張った太い片腕を唸らせながら、


「拳があればなんでもできる! いつでも来るが良い、盗賊ども!」


 元気ですかー?

 ふと、俺の脳裏にその言葉が過ぎった。

 なんだか赤いタオルを首にかけたくなる。


 ーーそんな時だった。

 突如船が大きく揺れる。

 俺たちは足をすくわれ、その場で体勢を崩してよろめき、そのまま床に倒れこんだ。

 けたたましい音を立てて崩れる厨房内。

 鍋が落ち、皿が割れ、調理台が滑って壁に刺さった。

 包丁やフォーク等が散らばり落ちて音を立てる。

 火元は……大丈夫のようだ。

 俺は言う。


 いつまでもここに居たら危ない。早く別の場所に移動しよう。


 その言葉にデシデシもアデルさんも頷く。

 俺はすぐにアデルさんの片腕を肩に回し、その場から立ち上がろうとした。

 しかしーー。

 不安を煽るように厨房内を照らしていた明かりが急に激しく点滅を繰り返す。

 デシデシが悲鳴じみた声を上げて俺にしがみつく。


「来るデシ! 魔物が来るデシよ!」


 ……。


 俺とアデルさんの顔に緊張が走る。

 そう。

 これは魔物が来る前兆。

 閉ざされた厨房内で、俺とアデルさんは逃げ道を確認した。

 通路に出るドアまでには少し距離がある。

 それまでに物が散乱した厨房内の障害物を越えて、無事に出て行けるかどうか。

 魔物はいつ、どのように、どこから襲ってくるか分からない。

 怪我したアデルさんを支えながら、デシデシを守り、その魔物を交わしてすり抜けてドアまで行くには、俺にはとても難しい気がした。 

 あと少しの距離が果てしなく遠く思える。

 でも、だからってここでジッとしているわけにはいかない。

 何か生き残る方法があるならば……。

 俺はアデルさんの片腕を肩から外すと、足元を見回し、そして近くに落ちている包丁を見つけた。

 恐る恐る震える手で、その包丁を拾い、握り締めていく。


 ……今ここでまともに戦えるのは俺だけだ。


 それしか方法が思いつかなかった。

 点滅する明かりにきらめく包丁の鋭い刃。

 その刃に映る自分の顔。

 これからするであろうことを思うと、次に血まみれた刃に映る自分が、残虐な化け物になっていそうで怖かった。

 これを手に、俺はちゃんと戦っていけるだろうか。

 戦おうと思えばきっと、クトゥルクの力で俺は戦えるだろう。

 だけど。

 それを受け入れるのがとても恐ろしく思えた。

 もう自分が自分じゃなくなってしまいそうな……

 でも他に方法がない。

 刃に映る自分の目は、まだ幼く、戦いに怯える目をしていてーー


【……大丈夫。】


 ふと。

 どこからか自分の声が聞こえてきた気がした。

 俺は刃から顔を上げて辺りを見回す。

 デシデシが尋ねてくる。


「どうしたデシか? 魔物の気配を感じたデシか?」


 ……。


 どうやら聞こえていたのは俺だけのようだ。

 アデルさんも俺を見てくる。

 空耳だったのだろうか。

 でもたしかにーー


【今度はちゃんと、俺がみんなを守るから】


 その声はとても冷静で、すごく落ち着いていて。

 俺の声なのに俺じゃないような感じがした。

 浸透するように、何かが俺の中に入ってくる。

 それが妙に俺の心を落ち着かせた。

 目を閉じて、俺はそれを受け入れる。


 大丈夫……。俺ならみんなを守れる。


 俺はゆっくりと目を開いていった。

 体の震えが止まる。

 恐怖心は嘘のように消え失せ、堂々と俺は前を見た。

 そこに見える出入り口へのドア。

 唯一の脱出場所。

 俺は手にしていた包丁を床に捨て、自信を取り戻した。

 包丁を捨てた俺を見て、アデルさんが不審に首を傾げて尋ねてくる。


「急にどうしたというのだ? ケイよ。なぜ武器を捨てた?」


 ……。


 答えず、俺はアデルさんの片腕を肩に回すと支えになった。

 不安そうに耳を伏せてデシデシが問いかけてくる。


「Κ……。なんだかさっきと雰囲気が違うデシよ? なんか変なものに取り憑かれたデシか?」


「我輩を支えながら強行突破する気か? ケイよ、無理するでない。我輩がこの拳でーー」


 無言で。

 俺はアデルさんの片腕を肩から外すと、アデルさんをその場に立たせて、引き摺る片足ーー捻挫した足元へと座り込んだ。

 アデルさんの怪我した足首へと、そっと片手を当てる。

 俺の手が仄かな光に包まれる。

 光はほんの一瞬。

 アデルさんの表情に変化が生まれる。

 痛みなく動けるようになった足に驚きの声をあげる。


「む? 足が急に軽くーーなんだ? これは……痛みがなくなったぞ! ケイよ、お前さん魔法が使えたのか!?」


 ……。


 俺はアデルさんの足から手を退く。

 自分でも何をしたのか分からない。

 ただ無意識に頭に浮かんで、思いついた。

 それが魔法だと言われれば魔法なのかもしれない。

 でもそれ以外の魔法を求められても、俺には分からなかった。

 足元に居たデシデシを抱き上げて、俺はその場から立ち上がる。

 肌に感じる魔物の気配。

 ピンと糸を張ったように鋭く、重苦しい雰囲気。

 何かがこちらに近付いてきていた。

 アデルさんも俺も、その方向ーードアの向こうを見据える。

 閉ざしたまま、静まり返るドア。

 嵐の前の静けさ。


 そして。

 殺気がいきなり張り詰める。


「ケイよ、来るぞ」


 ……。


 俺は頷く。

 背筋が凍るような恐怖を感じ取る。

 ドアの向こうから何かの気配。

 ーーいや、

 ドアだけじゃない。ドアや壁をすり抜けて、奴等はやってきた。

 アデルさんが悲鳴じみた声をあげる。


「な、なんだこれはーー死体!?」


 見たこともないような変わり果てた盗賊の姿に、アデルさんが一歩身を退く。

 それはまるでゾンビそのもの。

 全身の筋肉は溶けるように削げ落ち、身体中から血が流れ、だらりと肢体を力なく引き摺って、うつろな目でふらふらと何かを求めて歩み寄ってくる。

 盗賊だけじゃない。

 元白騎士だった者やギルドの仲間だった者たちが生きる屍となって歩み寄ってくる。

 その手には最期に使っていたであろう戦いの武器。


 ……。


 俺は深呼吸をした。

 ゆっくりと、深く。

 そしてアデルさんに告げる。


 生きる道を見失ったら、終わりだから。


 その言葉にアデルさんがハッとする。

 力強くその場に踏み留まり、拳を構え、


「たしかにそうだ。お前さんの言う通りだ」


 ……。


 構えたアデルさんの拳に、俺はそっと手を当てて留め、言葉を続ける。


 アデルさんもデシデシもギルドの仲間も、みんな俺が助けてみせる。もう誰一人として、見殺しにはしない。


 誰を見殺しにしたのか記憶にはない。けどーー


【行け。お前の背は我が軍が守ろう】


 あの言葉が俺の記憶から離れなかった。

 懺悔にも似たこの思い。

 俺はアデルさんに言う。


 合図は俺が送る。俺が合図したら何も考えず、真っ直ぐにドアの向こうまで走ってくれ。


「真っ直ぐに、だと? 本当にこのまま何も考えずに真っ直ぐ走れば良いのか?」


 ……。


 俺は頷く。


 ここを出られればいい。通路にさえ出てしまえばーー……。


「通路に出たから何だと言うのだ?」


 ……。


 俺は答えなかった。

 生き残る術はただ一つ。


 部屋からフッと明かりが消えた。

 辺りを支配する暗闇。

 視界が真っ黒に塗り潰される。


【目に頼るな。明かりなんざ無くても生きて闇を抜けられる術はいくらでもある】


 信じられるのは、俺の中に残るおっちゃんの言葉だけ。


【感じるな、察しろ。本能のままに動け】


 そう、本能のままに……。


 俺は目を閉じて機会を待った。

 そして機会は訪れる。

 あの時のように。

 逃げられる一瞬の隙を。


 俺の前でゾンビの動きが止まった。

 ゆっくりと。

 刃物を振り上げていく。

 ーーそう、この瞬間だ!


 俺は目を開く。

 そして瞬時に脳裏で二つの魔法陣を思い描き、構成させた。

 見たことあるようで見たことない魔法陣。

 それが何の魔法で、どのような効果を発揮するのか。


【疑うな、ーーきっと未来は変えられる。】


 俺は本能のままに、その魔法を解き放った。



 

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