俺に出来ること【78】
衝撃がしだいに和らいで、止まった。
そのことで俺は近場の物にしがみついていた腕を少しずつ緩めていった。
辺りを見回す。
船内である為、外の様子は分からない。
ーーけど。
外から荒々しい物音や武器の交わり、騒ぎ声が聞こえてくる。
……何が起こっているのかは、分かっている。
見てはいけない気がした。
知ってはいけないような、そんな気がした。
俺は真実から怯え逃げるように目を背けて、外の騒ぎにきつく耳を塞いだ。
戦いを感じ取り、俺の中のクトゥルクが暴れ出す。
解放するわけにはいかない。ーーするわけにはいかないんだ!
俺は必死でクトゥルクの力を抑え込み続けた。
戦闘。
殺し、殺され。
大地に血が流れる。
人は死に、死んだ者たちはもう二度とこの世で生を生業うことはできない。
それが戦いであり、この世界の姿。
戦いが身傍で、傷を負って死に行くことが当たり前の世界なんだ。
……戦争。
俺の中にふとその言葉が過ぎる。
人と人が争い、傷つけ合って、血を流し、殺し合うことが戦争なんだと実感する。
他人の命を奪い、勝利とすること。
相手は所詮盗賊。
悪いことをしてきた奴等なんだ。
そいつ等をやっつけて正しいことをする。
それが正義だ。
だが、その正しいことをする為に、敵味方ともに、いったいどれだけの命が犠牲にならなければならないのか。
朝食まで笑い合っていた仲間が、今まさに戦いで死のうとしている。
止めらたはずの戦い。
俺があの時おっちゃんを止めていれば……
【お前、ギルドの仲間を観測団か何かと勘違いしてないか? 討伐は常に死と隣り合わせだ。みんなそれなりの覚悟でここに居る。
何の為に生き、何の為に死ぬのか。ーーこれが目的の為の墓場なら本望だろう】
本当に、戦いは止められたのだろうか……。
【やっぱり俺も戦うよ、おっちゃん。俺もギルドの仲間なんだ。力になりたい】
あの時おっちゃんが何も言わずに俺を船内に入れたのは、俺の言動をこうして振り返えらせる為だったのだろうか。
ーーふと、そんな時だった。
俺の足元に柔らかなゴムボールが当たった気がした。
次いで俺の肩にしがみつくふかふかで温かな毛糸玉の感触。
そっと、その方へと目をやれば。
俺の肩に、足元に。
相棒……モップ……。
二匹の見慣れた姿があった。
俺は足元に居た相棒を優しく手ですくい取り、そのまま定位置ーー俺の頭上へと乗せた。
二匹が傍に居ることで、俺が俺であるような気がしてすごく安心した。
これが俺なんだって実感した。
床から立ち上がり、真っ直ぐにドアを、その向こうの外を見据える。
戦いなんて俺には無理だ。
だから俺は、俺に出来ることをやるんだ。




