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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部序章 後・上編】 砂塵の騎士団 【上】
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何を考えてる? おっちゃん。【77】


 俺は、おっちゃんがまた良からぬ事を考えているとしか思えなかった。


 隣でゼルギアがびくりと身を震わせる。

 それに合わせるように頭の中でおっちゃんが言ってきた。


『ど、どうした? お前、突然』


 いや、ふとそう思ったんだ。


 俺は真顔でゼルギアを見つめ、内心でぽつりとそう呟いた。

 そのまま視線を移す。

 地平線の向こうから太陽が顔を覗かせ、空を明るく染め行く頃ーー。

 ガレオン船の折り畳まれたマストを見上げた俺は、内心でおっちゃんと会話を続けた。


 なんで船を止めたんだ?


『それはさっき説明したはずだ』


 聞いてねーよ。俺、今ここに来たばっかだから。


『そうか。だが残念だ。同じ説明を繰り返し言うのは非常にめんどくさい。だから見て受け入れろ。それが現実ってもんだ。遅れて来るお前が悪い』


 なぁ、おっちゃん。


『なんだ?』


 三時間って、もうとっくに過ぎたはずだよな?


『まだだ』


 おっちゃんってさ、息するように嘘を吐くよな。向こうの世界とこっちの世界で過ごす時間は一緒だって言わなかったか?


『まだ封印の再構成の作業が終わってないんだ。それが終わってお前にそれを施してからが俺の中でのジャスト三時間だ』


 ジャストもくそもないだろ、それ。


 腕組みして、ゼルギアは“休め”の体勢をとる。


『誰のせいでこうなったと思ってる? 俺に感謝するのが筋ってもんだろ。

 ほんとお前さぁ、毎度毎度なんでこうも御丁寧に面倒なことに巻き込まれてくれやがるんだ、こん畜生が』


 好きで巻き込まれているわけじゃない。巻き込まれてしまうんだ。


『おまけに黒王からの爆弾(お土産)まで仕込まれやがって。問題は最後に残った“二つの絡まった封印線”のどっちを消すかだ』


 二つの絡まった封印線?


『赤と青。どっちかを誤って消したら御愁傷様。一気に“ぽぉーん”と吹っ飛ぶ』


 吹っ飛ぶって、何が?


『お前の記憶が全部』


 やめろ。マジで。


 ゼルギアが俺の肩に手を置いてくる。

 遠い目をして、


『記憶が飛んでも俺を恨むなよ』


 恨むに決まってんだろ、思いっきり。っつか、絶対間違うなよ。慎重にやってくれ。


『いいだろう。俺の中の時間はしばらく止めておく』


 ーーあ、そうだ。なぁ、おっちゃん。


『なんだ?』


 それで思い出したんだけど、もしかして昨夜、俺の記憶が吹っ飛んだのってーー


「団長!」


 声は上から聞こえてきた。

 俺とゼルギアは声のした方へと見上げる。

 マストの頂きにある見張り台から、仲間が望遠鏡を片手に前方を指し示す。


「見つけた! 盗賊アカギの船だ! 団長の読み通り、白騎士の船を襲ってる!」


 ゼルギアが見張り台の仲間へと声を張り上げる。


「わかった! そこから降りてこい、すぐにだ!」


 俺は内心で問い返す。


 何を考えてる? おっちゃん。まさかーー


 答えず。

 ゼルギアは俺を無視して横に押し退け歩き出すと、そのまま急かすように周囲に指示を飛ばしていった。


「マストは畳んだままにしろ! 右舷に錨を下ろせ! 操舵は右舵いっぱいだ!」


 次々飛ぶ指示に、甲板が慌ただしく緊迫した雰囲気になる。

 俺はゼルギアを追いかけ、傍に着くなり袖を掴んで引き留め、内心で尋ねた。


 マジで何考えてんだ、おっちゃん?


 ゼルギアが俺に振り向いてくる。


『やるなら今だ、今しかない。恐らくこれが最後のチャンスになるだろう。今この時このチャンスに盗賊団アカギを一気に叩き潰す』


 叩き潰すってーー


『嫌な予感がする。あの盗賊たちを早めに叩き潰さないと大変なことになりそうだ』


 ちょっと待ってくれ。盗賊船にはミリアが乗ってるかもしれないんだぞ?


『彼女はお前が助け出せ。補助は俺がしてやる。騒動に紛れて助け出し、そして白騎士に捕まらないようにこの船の中に隠れてろ。いいな?』


 もし白騎士に捕まってしまったらどうすればいい?


『捕まった時のことなんて考えるな。気合いを入れて真剣にやれ。お前がこの世界に来たのは何の為だ? 【オリロアン】でダチを助ける為だろう?』


 ……。


 俺は無言で頷く。


『だったらこんなとこでゲームオーバーを迎えるような事態(こと)にはなるな。わかったな?』


 分かった。


『あと念押して言っとくが、クトゥルクは絶対に使うなよ』


 分かってる。


 頷く俺を確認した後。

 ゼルギアがポケットから煙草を取り出した。

 火を付けることなくそれを口にくわえる。

 それを合図にするかのように、周囲の仲間が一斉に腰の武器を抜き放って構えた。

 俺は慌てる。


 え、ちょっ、な、武器!? 俺、何も聞いてなーーつぅか、武器持ってないんだが……


『お前に武器は必要ない。戦闘は俺がカバーしてやる。お前は彼女を助け出すことだけに専念しろ』


 だけど! みんな戦闘するのか? 盗賊たちと戦う気なのかよ?


『お前、ギルドの仲間を観測団か何かと勘違いしてないか? 討伐は常に死と隣り合わせだ。みんなそれなりの覚悟でここに居る。

 何の為に生き、何の為に死ぬのか。ーーこれが目的の為の墓場なら本望だろう』


 ……。


 俺は俯き、黙ってゼルギアから手を離す。


 なぁ、おっちゃん……。絶対勝てるのか? この戦い。


 ゼルギアが鼻で笑う。


『砂海にも平気で沈む奴らが相手だ。普通の人間相手の戦いじゃねぇ。絶対とは言い切れないが、それなりの覚悟は必要になる。まぁ、白騎士も一緒だから何とかなるだろう。負けるようならそん時考えるが、白騎士二隊がこんなとこで潰されるなんざ、いい笑い(ぐさ)だ』


 やっぱり俺も戦うよ、おっちゃん。俺もギルドの仲間なんだ。力になりたい。


『……』


 俺の言葉に何を思ってか、ゼルギアがいきなり俺の襟首を掴んでくる。


 え? な、え……?


 訳も分からずそのまま無理やり引き摺られていき、船内の入り口まで連れて行かれた。

 船内のドアを無言で押し開けて。

 俺をその中へと突き飛ばすようにして放り込む。

 勢いに前のめり、床に倒れ込んだ俺に向けて、ゼルギアは指を突きつける。


『お前はそこに居ろ。ミリアとやらは俺が助けてここに連れてくる。余計な騒ぎは絶対に起こすな』


 な、なんだよ、それ!


 まるで俺がトラブルを運んでくると言わんばかりの言い種だ。

 怒りに身を起こして歯向かおうとするも。

 おっちゃんがすぐに言葉を続けてくる。


『いいからお前はそこに居ろ。絶対何もするな。床に伏せて頭の上で手を組み、しばらくそこにジッとしてろ』


 俺は目を点にする。


 え、な、なんでそんな……具体的な指示なんだよ?


 ゼルギアがニヤリと笑う。


『今から向こうの世界では味わえないスリル満点のジェットコースターを体験させてやる。それを耐え抜けたら外に出て来ていい。安全ベルトはないから命懸けで必死にしがみついてろ。舌を噛まないよう口はしっかり閉じとけ』


 え、何が始まるんだ? 今から……


 ーーバン! と。

 返事もなく俺を無視してドアは閉められた。

 ゼルギアの声がドアの向こうから聞こえてくる。


「これから盗賊団アカギを討伐する! 結晶ブースターに切り替えろ!」



 それからしばらくした後。

 俺はその日、生まれて初めて安全ベルトのないジェットコースターに対して恐怖心を覚えることになった。

 それは同時に、もう二度とこの世界で乗り物を体験したくないと思えるような瞬間でもあった。





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