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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部序章 後・上編】 砂塵の騎士団 【上】
224/313

◆ 殺るならば、華麗に暗殺を。【75】前


 ◆



 音もなく、ゆっくりと。

 ガレオン船に近付く一隻の怪しい木造小船。

 砂海に今にも沈みそうなボロい簡易な木造小船に、二人の盗賊が手漕ぎながらで進ませていく。

 ゆっくりと。

 気付かれないよう音を押し殺して。


 彼らの体や小船の周りにはたくさんの海蛍が止まっていた。

 それはさながら迷彩服のような効果を発揮し、幸いにも海蛍の数が多いせいか、それほど目立たず茂みを分け入る感じで進んでいた。


 その内一人の盗賊ーー小太りの盗賊が、前で漕ぐ細身の盗賊に話しかける。


「なぁなぁ、あんちゃん」

「なんだい? 弟よ。俺を呼ぶ時は“兄貴”と呼べと言ってるだろ」

「ごめんよ、あんちゃん」

「いいってことよ」

「なぁなぁ、あんちゃん」

「兄貴と呼べと言ってるだろ、弟よ。なんだい?」

「なんでギムダも異世界人を始末出来なかったんだろうな?」

「そりゃお前、守護者が傍に居たからに決まってんだろ」

「守護者ってすんげー強いのか? あんちゃん」


「もちろんだとも、弟よ。そりゃ守護者は強いさ。なんたって守護者だからな。そんでもって今から殺そうとしている異世界人は究極に弱い。激弱だ」


「どうしてそんなに弱いのさ?」


「そりゃ戦い方を知らない世界から来ているからさ。そんでもってソイツは武器も使えなければ魔法も使えない。楽勝に始末できる相手だ」


「でもあんちゃん失敗したよね。周りがなぜか強いよね」


「あぁそうだな。周りが厄介で始末出来ないよな」


 へへ、と。小太りの盗賊は笑う。


「あんちゃんって何でも物知りだよな。すげーよ。尊敬しちゃう」

「兄貴と呼べ、弟よ。伊達にお前より早く生まれたわけじゃないんだよ」


 言って自慢気に、細身の盗賊はこめかみを指で軽く叩いてみせた。


「なぁなぁ、あんちゃん」

「なんだい弟よ、何でも聞け」

「その異世界人て、ほんとに始末しちゃっていいんだよな?」


「もちろんだとも弟よ。あの異世界人は黒王様の伝達者だ。用が済んだら口封じに殺さなければならない。そういう決まりなんだよ」


「殺し損ねちゃったよね」


「だからこそ今回は絶対に成功させるんだ」


「前回は“わぁー!”って感じにやったけど、今回は“しぃーっ”て感じにやるんだよね?」


「そうだぞ、弟よ。今度は密かにバレないように暗殺するんだ」


「なんでバレちゃダメなんだい? あんちゃん」


「そりゃお前、当然異世界人ただ一人を狙い撃ちにする為さ。騒げば守護者が飛んでくる。そうなりゃまた俺たち失敗さ」


「次失敗したら大変だろうね」


「そりゃお前、お頭からお尻ぺんぺんの刑にされるのさ」


「それはやだね。絶対に失敗出来ないね」


「そうだとも弟よ。絶対に失敗するな」


「うん、分かったよ。あんちゃん」


「兄貴と呼べ、弟よ」


 ゆっくりと。

 二人の盗賊は見つからないようガレオン船へと横付ける。

 見張りの死角となる場所で、小船を止めて。

 二人は襲撃の準備を始める。

 ひそひそと、細身の盗賊が小太りの盗賊に言い聞かせる。


「いいか、よく聞け弟よ」

「うん。聞いてるよ、あんちゃん」


 言って小太りの盗賊は耳を傾ける。

 細身の盗賊は言い聞かす。


「お前は図体の割には行動が身軽で素早い。素早さで比べたら右に出る者は居ないくらいお前は誰にも負けない自慢の弟だ。だからこそ今から一人でこのデカ船によじ登って異世界人をここまで拉致してこい」


「どうしてわざわざここまで拉致しなきゃいけないんだい? あんちゃん。その場で始末したらダメなのか? その方が簡単だと思うんだけど」


「ばーか。お前、守護者に見つかったらどうすんだ? 異世界人が半端に生きてて助けを呼んだらどうする?」


「だったら一撃でやればいい」


「それでも勘の良い守護者は一撃食らわす前に助けに来るんだよ。騒ぎを起こさず華麗に始末だ。異世界人を拉致してこの船に乗せて遠くに運ぶ。当然守護者は砂海を渡ってこれない。そうした手の届かないところで始末する。

 どうだ? 完璧だろ?」


「わぁ、すごいね。あんちゃん。頭良いんだね。尊敬しちゃうよ」


「兄貴と呼べと言ってるだろ、弟よ」


「でもさ、でもさ、あんちゃん。どうやってここまでその異世界人を拉致してくればいい?」


「そんなの決まってんだろ」


「お菓子か?」


「馬鹿野郎。あの年頃のガキはお菓子じゃ釣れねぇんだよ。腹に一発か脳天に一撃だ。絶対ミスるなよ」


「手加減出来ずに一撃で殺しちゃったらどうすればいい?」


「一撃で確実に殺れると思うか? もしその異世界人が死ななかったらどうする?」


「不死身だね」


「不死身じゃねーよ。守護者からガード仕込まれてるに決まってるって話だよ。なんか、こう、死なない程度にしとかないと警報が行って飛んで来るみたいな」


「ほんとに大丈夫なのかな? あんちゃん。不安になってきたよ」


 呆れるように溜め息を吐いて。

 細身の盗賊は言う。


「とにかく俺が言う通りにやれ。異世界人を見つけたら、一撃で気絶させて拉致してここに連れてくる。そうすりゃ完璧なんだよ」


「でもさ、でもさ、あんちゃん」


「なんだよ」


「異世界人を始末したら、その異世界人は居なくなるわけだろ? そしたら守護者が復讐しに来ないかな?」


「来るわけないだろ。つーか、バレるわけがない。だってよ、お前、もし俺が異世界人だったとして急に居なくなったらどうする? 元の世界に帰って二度とこっちに来ないのかなと思うくらいだっての」


「あんちゃん、異世界人だったのか?」


「バカか、お前。同じ女の腹から生まれてきておいて、俺が兄貴じゃなかったらなんなんだ?」


「うーん、とね……。“あんちゃん”」


「兄貴と呼べ、弟よ。とにかくお前は上手く華麗に異世界人を気絶させて拉致してここまで連れてこい」


「うん、分かったよ。あんちゃん」


「兄貴と呼べ、弟よ」


 頷いて。

 小太りの盗賊は体に付いた海蛍を静かに払い落とすと、物音立てずにガレオン船の側面にトカゲのようにして張り付き、そのままペタペタと身軽に体を這わせてよじ登っていった。





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