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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部序章 後・上編】 砂塵の騎士団 【上】
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音の奇跡【72】


 具なしの夕食を終えて。

 恐らくあれから軽く三時間は過ぎたであろう真夜中の交替時間。

 見張り番の為、俺とデシデシは双眼鏡をそれぞれ片手に外套衣を羽織って、夜のクソ寒い甲板へと出てきた。

 船は夜の砂海を紺々と進む。

 砂海の夜は、時間帯と場所それに条件が加われば素敵な現象が見られる。

 海蛍(うみほたる)と呼ばれる光り虫が砂海の上をちらほらと飛び回るのだ。

 言わばそれはオーロラ現象のごとく。


 暗い夜の空、仄かに照らす月明かりが優しく辺りを包み込み、砂海の上をたくさんの海蛍が飛び回る。

 海蛍の光を受けて、黄金色に輝く砂海はまるで光の絨毯(じゅうたん)のようで、そこを走る一船のガレオン船がなんだかすごく幻想的だった。

 こういう光景を見ると、“あー本当に異世界に来たんだなぁ”って感じがした。

 とても不思議で、夢心地のような世界に思えた。

 なんだか気持ちがこう、すごくふわふわというか、ワクワクして興奮してむず痒い。


 もう少し、あと一晩くらいはこの世界で過ごしてもいいんじゃないかなとも思えた。

 やがて。

 その内、一匹の海蛍が俺のところに迷い込んで飛んでくる。

 俺はそっと人差し指をその海蛍へ向け差し出した。

 躊躇うように。

 海蛍は俺の人差し指の周りをうろうろと飛び回っていたが、しばらくすると俺の人差し指に止まり、羽を休める。

 なんというか。

 見た目は本当に普通の蛍だった。

 癒し系の明かりというか、なんだか気持ちがすごく落ち着く。

 湯船にゆったりと肩まで浸った時のように。


 ふと。

 俺の頭上に居た水色スライムが、何を思ってか海蛍が止まる手に飛び移ってきた。

 そのまま俺の手の上でほんの少し海蛍とじゃれあって遊んでいたようだが。

 ーー次の瞬間!


 いぃっ!?


 水色スライムが突然ぱくっと海蛍を丸呑みにしてしまった。


「うるさいデシよ、Κ」


 甲板手すりから背中越しにデシデシに怒られて。

 俺は手の上で海蛍のようにゆっくりと点滅を繰り返す水色スライムをデシデシに見せた。


 いや、だってコイツ……今食べたんだぜ? 海蛍。


「……」


 それがどうしたと言わんばかりに気だるそうに双眼鏡を下ろして、デシデシが呆れた顔で振り向いてくる。


「獣使いの天然は怖いもの知らずデシねー。海蛍は海の魔物なんデシよ? 魔物避けの外套衣を来ているのに寄ってくる海蛍もどうかと思うデシけど、それを手懐けようとするΚには心底驚きデシ」


 え? 海蛍って魔物なのか? ただの虫とかじゃなく。


「魔物デシ。知らないんデシか? 海蛍は危険な虫デシ。海蛍を捕まえた奴が突然死する話はよく聞くデシ。触れた者の命を一瞬で吸い付くす、とても恐ろしい海洋の魔物なんデシ。

 だから夜の甲板はこうして出る前に必ず外套衣を着用するんデシ。寒いから着ているわけじゃないデシよ」


 言って。

 デシデシは再び双眼鏡を目に当てると砂海へと視線を向けた。

 俺は慌ててスライムの体調を心配する。


 お、おい大丈夫か、相棒! さっき食べたやつを吐き出せ! そいつは毒だ、吐き出せ!


「うるさいデシよ、Κ!」


 だけど!


「スライムは魔物を食べて育つんデシ。今まで一緒に居て気付かなかったんデシか?」


 え、あ、そ、そうだったのか。……騒いでごめん。


 気まずく謝って。

 俺は点滅を繰り返す発光水色スライムを頭の上に乗っけた。

 なんだかクリスマスのイルミネーションみたいな気分だ。


「Κはどこに居ても暢気デシねー。Κと一緒に居ると討伐の仕事をしていることをうっかり忘れそうになるデシ」


 たしかに俺たちは別にこの現象を観光する為に来たわけじゃない。見張りでここに来ているのだ。

 ーーってか、そもそも俺たちは一体何の見張り番でここに居るんだ?


 デシデシが双眼鏡を下ろし、目をぱちくりさせて俺を見る。


「ボク達元々、盗賊団アカギの討伐で航海しているデシよ?」


 盗賊団アカギの討伐を?


「そうデシ。今まで一緒に居て知らなかったんデシか?」


 じゃぁもしかして、俺たちの船を助けたのは偶然じゃなくーー


「それは偶然デシよ。聞こえたんデシ。角笛の音が」


 え?


 デシデシが再び双眼鏡を目に当てて遠くを見つめる。


「団長も誰も、最初はボクのこの話を誰も信じてくれなかったデシ。それでもボクは言い続けたデシ。“この海のどこかで誰かが助けを求めている”デシと。その後は団長も真剣にボクの聞いて信じてくれたデシ。

 そして角笛が聞こえてきた方角、風向き、音の強弱の響きから計算してΚ達の船を助けることが出来たんデシ」


 ……。


 俺は服の下に入れていた角笛のペンダントをそっと握り締めた。

 あの時カルロスが角笛を吹いたのは正しかったのか、否か。

 カルロスには心から感謝しなければならない。

 ーーん? あ。そういやアイツ、盗賊に誘拐(さらわ)れていたんだっけか。

 盗賊船が攻撃を受けたあの一瞬、そういえば盗賊船の甲板で荒縄で簀巻きにされたカルロスの姿を見たような気がした。

 気のせいかもしれないけど。


「角笛の音、なんだかすごく悲しい音だったデシ」


 ……角笛の音が?


「そうデシ。聞こえてきた時すごく切なくなったデシ。故郷を思い出したデシ。泣きたくなったデシ」


 呟いて。

 デシデシは双眼鏡を下ろし、故郷の哀愁に涙を拭った。

 もしかしたらこの角笛は、吹いた者の内なる気持ちを表す音なのかもしれない。

 だとしたら俺はーー

 罪悪感に胸が締め付けられた気がして沈鬱な思いに顔を伏せた。

 元々角笛はどちらか一方がカルロスからの借り物だ。

 もっと早くに返していれば、カルロスはドラゴンに乗って自分の国に帰っていたかもしれない。

 戻っていれば船員として働くこともなかっただろうし、盗賊にさらわれることもなかっただろう。

 俺の脳裏をカルロスとの思い出が甦る。


 彼と初めて出会った日のこと。

 金を手渡されて逃亡の口止めをさせられそうになったこと。

 彼が角笛を吹いたらドラゴンが来て、そのドラゴンが敵意むき出しでカルロスを全力で嫌っていたこと。

 船員として再会した時、仕事の大半を押し付けられたこと。

 変なお芝居を強要され、彼の引き立て役をやらされたこと。

 魔物騒動の時、剣を持たされ、俺の背後に隠れて「さぁ戦え」と命令されたこと。


 ……。


 なんだかんだと嫌な奴だったが……本当に心の底から嫌な奴だった。

 俺は服の上から握り締めていた角笛から手を離し、双眼鏡を目に当てた。

 遠く、地平線の向こうへと目をやる。


 なんだろう、この気持ち。すごくモヤモヤする。なんというか、アイツに借りを作ってしまったような気がしてスゲー腹が立ってきた。


 ふと。

 俺の双眼鏡が奪われた。

 奪われた方へと目を向ける。

 ーーアデルさんだった。

 アデルさんは双眼鏡を目に当てると、遠く、地平線の向こうを見つめて呟く。


「今しがた団長殿と話をしてきた」


 え?


「団長と話したんデシか?」


「そうだ。お前さん達、盗賊団アカギを討伐しているそうだな。誰が依頼したかは知らぬが、依頼主に我輩も加わろう」


 双眼鏡を下ろし、目は砂海と向けたままでアデルさんは言葉を続ける。


「盗賊団アカギの討伐とさらわれたミリアの救出をやってくれぬか? 【オリロアン】に着いたら労使金(ろうしきん)を支払う」


 アデルさん……。


 デシデシが双眼鏡を目にしたままでアデルさんを見つめる。

 驚いた声音で、


「報酬じゃなく労使単位で払うんデシか!? 大丈夫なんデシか!? ちゃんと払ってくれるんデシか!? 高いデシよ?」


「構わぬ」


 きっぱりと。

 アデルさんが即答する。


「盗賊団アカギとミリアの救出を引き受けてくれぬか?」


「だ、団長は何と言ってたデシか?」


 アデルさんが微笑する。


「引き受けてくれると言ってくれた。あとはこの船の皆がーー」


「だったらみんな引き受けるに決まってるデシ。団長の指示は絶対デシ。みんなやるデシよ」


「そうか……」


 アデルさんは頭を垂れた。

 よろしく頼む、と呟いて。






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