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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部序章 後・上編】 砂塵の騎士団 【上】
219/313

それ、理由になるんですか?【70】後半


 ふと。

 アデルさんが俺に声を掛けてくる。


「ケイよ」


 はい。


「盗賊の(くだん)だが、ミリアを誘拐したのはたしかにその者たちなのだな?」


 はい、間違いなく。


「そうか……」


 あの。


「む?」


 盗賊団アカギとミリアって、どんな関係なんですか?


「気になるのか?」


 えぇ、まぁ……少しは。


「ふむ」


 あの。もしかしてミリアが勇者を目指す理由に何か関係がーー


「ない」


 はぁ、そうですか……。


 するとアデルさんが俺の傍に肩寄せて近付き、声を落として尋ねてくる。


「お前さん、ミリアのことをどう思ておる?」


 どうって……何がですか?


「好きか?」


 ーー。


 俺の手から野菜がポロリと力なく落ちる。

 アデルさんからのストレートな質問を受け、俺は目も合わさず動揺ながらに赤面して否定する。


 べ、べべ別に俺、そ、その


「我輩は色恋を聞いておるのではない。ミリアのことを“人として好きか”を聞いておるのだ」


 ……。


 さりげなく俺は落とした野菜を手に取り、何事なかったように平然とした顔で皮剥きを再開した。

 作業ながらに問い返す。


 人として、ですか?


「うむ。ミリアはなぜかお前さんに対してはすごく口調きつく、優しさの欠片も見せぬようだが」


 態度も。


「態度もな。だがな、ミリアはあぁ見えて他人を気にかけ、弱き者たちを助け、自分を犠牲にする優しい子なのだ」


 はぁ、そうですか。


「我輩の口から言わせてもらえばーー」


 あの、アデルさん。


 俺は一度背後を振り向き、再びアデルさんと顔を合わす。


「む?」


 別にミリアが傍に居るわけじゃないんで、こんなに近寄ってボソボソ話す必要がないように思えるのですが。


「いや、雰囲気だ」


 雰囲気ですか?


「うむ。話を続けよう。大事なのはここからだ。お前さんには少しミリアのことを話しておきたくてな」


 そうですか。


「我輩の口から言わせてもらえば、ミリアは本気でお前さんを嫌っておるわけではない」


 いや、あれは間違いなく本気で俺を嫌ってると思いますよ。本人の口からもハッキリそう言われましたし。


「口ではな」


 いえ、心の底からだと思います。


「そう思いたい気持ちは分からんでもない。だがな、最近のミリアを見ていると、我輩よりもお前さんのことを心配しておる」


 それは……分かります。なんとなく。


「どうかミリアを嫌わんでやってくれ」


 ……はい。まぁ、それはもちろん。


 俺の返事にアデルさんは満足気に頷いて。

 そのまま俺に、剥き終えて豆サイズほどになってしまったジャガイモを手渡してきた。


 ……。


 無言でそれを受け取って。

 アデルさんが真顔で話を続けてくる。


「お前さんはーー【予言師巫女“シヴィラ”】の予言ことをどう思う?」


 予言師巫女シヴィラの予言、ですか?


 唐突に見知らぬ話題を振られ、俺は顔をしかめて首を傾げた。


「む? お前さん、巫女シヴィラの予言を知らぬのか?」


 ……。


 ここは住人として話を合わせておくべきだろうか。

 だがツッコまれた時がどうしようもない。

 俺は話から逃げるようにアデルさんから視線を逸らし、受け取った小さなジャガイモを手元のカゴの中へと入れ置いた。

 内心で思う。


 いったい誰だ? 巫女シヴィラって。何を予言した人なんだ?


 アデルさんが俺に問いかけてくる。


「お前さん、巫女シヴィラから予言を受けたことは?」


 ありません。


「我輩もない」


 はぁ、そうですか。


「予言など受けぬ方が良い」


 そうですね。はい。なんか……よく分かりませんが。


「……」


 ……。


「お前さんはーー」


 はい。


「いや、良い。この話は止めておこう」


 ……。


 手を振り、アデルさんは会話を打ち切った。

 俺もそれ以上は追求しなかった。


「……」


 ……。


 ほんの少しの間を置いて。

 アデルさんが唐突に話を戻してくる。


「巫女シヴィラとはーー」


 え? やっぱりするんですか? その話。


「巫女シヴィラは神出鬼没であり、年齢不詳の不死身の巫女だ。遠いその昔、(クトゥルク)に闇への永久追放を言い渡された後に狂い始めてな。幾人もの前に突然現れては不気味な予言を残して消え去った。

 ある者は狂い、ある者は惑わされ、そしてある者は……その巫女シヴィラを抹殺しようとした。しかし魔法も武器も彼女には通じず、結局最後には予言通りに未来を的中させた」


 はぁ、そうですか。お詳しいんですね。


「ただの昔話だ。この世界の者なら誰もが知る話と思っておったんだが」


 無知者ですみません。


「良い。最近では巫女シヴィラの話は避ける者も多い。特に【十四年前の“(クトゥルク)の消失”】の予言を的中させた頃からな」


 クトゥルクの、消失?


「知らんのか? 世界の終わりとされるあの大予言を。白騎士たちーークトゥルク教はそれを外れたことにして揉み消したがっているようだが」


 ……。


(クトゥルク)が死んだだの、クトゥルク教のみならず誰もが信じたくはない話だ。(クトゥルク)が消失すれば世界は闇に包まれる。しかし、まだ空は青い。陽も昇るし、結界も消えぬ。故にどこかで生きておると皆信じておる。姿を見せぬだけでな」


 ……。


 アデルさんがため息を吐いて後、新たなジャガイモを手に取る。

 皮を剥きながら、


「ある国では(クトゥルク)が死んだという噂が広がり、絶望に命を絶つ者も出ておると聞く。せめて生存だけでも確認出来れば、その者たちの希望となるであろうに。

 今まで黒王ともども、(クトゥルク)に制圧されてきた黒騎士たちはこれぞとばかりに勢力を広げ、他国の王たちもそれに乗っかり戦争を始めておる。戦いの歯車が止まらなくなってきておるのだ。

 それを誰かがいつか、どこかで止めねばならん」


 ……。


 黙して。

 俺は作業の手を休めず、そのまま剥き終えた野菜をカゴの中に入れた。

 ついでとばかりに、アデルさんが俺に小さくなったジャガイモを手渡してくる。


 ……。


 受け取って。

 俺はそれをカゴの中に入れた。

 アデルさんが再び新たなジャガイモを手に取って、話を戻してくる。


「実はな、ミリアも巫女シヴィラから予言を受けた者の一人だ」


 ……予言を?


「うむ。今、ミリアは予言のままに生かされておる。予言の(とき)を迎えた日にミリアは殺されてしまうのだ」


 殺される? いったい誰に? もしかして、あの盗賊にーー


 身を乗り出して尋ねる俺に、アデルさんは静かに首を横に振った。


「盗賊アカギではない。伝説上にしか存在せぬ【砂塵の騎士】に、だ」


 砂塵の騎士?


 アデルさんが頷く。

 そして語り出した。


「その者ーー金色の鎧を纏い、砂海を支配する深海の王なり。

 (クトゥルク)より解き放たれし時。

 深海を統べて王は現れよう。

 荒れ狂う巨大な渦を巻き起こし、あらゆる者どもを新海の底へと沈め、迷宮の闇に閉じ込める。

 ーーと。これが語り継がれる【砂塵の騎士】にまつわる伝説だ。まぁ所詮は伝説。生きて我輩、まだ一度もこの目にしたことはない。何らかの偶然があるにせよ、我輩にはとても信じられぬ」


 は、はぁ……そうですか。


 としか言えなかった。

 アデルさんが作業の手を止め、俺に目を向けて話を続けてくる。


「アカギはミリアをその騎士から守ろうとしておった。彼は幼き頃からミリアとともに育ち、慕い、ミリアが精霊巫女になる日までずっと傍に居て暮らしておった」


 ミリアが巫女になるまで?


「うむ。ミリアは生まれし頃から精霊巫女になることを運命付けられていた。この国の結界を守る力を受け継ぐ一族なのだ。

 精霊巫女となり、ミリアは村を離れ、アカギの傍を離れて王家に仕えてきた。ミリアが自ら選んだ道なのだ。それがアカギにとっては許せなかったのだろう。

 仲間を集め、闇と手を組み、魔物の化身として盗賊団を結成した。その後精霊巫女を止めさせようとミリアを利用し、我輩の信頼を得た後でアカギは【オリロアン】の民たちに次々と手をかけて問題を起こした。

 それが問題沙汰となり、我輩はミリアを庇うとともに信頼を失い、重臣を失い、そして王座を失った」


 ……。


 俺はぽつりと言葉を返す。


 その……なんというか。アデルさんらしい選択ですね。


「うむ。我輩に“王”という言葉は似合わぬ」


 はっきりそう自分で言い切って。

 アデルさんはガハガハと快活に笑った。


「次の野菜は出来たデシかー?」


 空きカゴを手に、会話を割いてデシデシが俺のところに戻ってくる。

 俺は手元にあった野菜カゴを一旦手に取り、


 うっ……!


 中を見て絶句した。

 デシデシが俺の手にした野菜カゴを見つめて白い目を向けてくる。


「わーぉ、身がほとんど削がれたジャガイモがたくさん入っているデシ」


 ……。


 俺は流すように視線をアデルさんに向けた。

 デシデシもアデルさんに視線を移す。

 俺とデシデシの視線を受けて、アデルさんが肩を竦めて手持ちの小さなジャガイモを見せてくれた。

 何かを悟ったように一言。


「やはり我輩には料理は似合わぬ。許せ」




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