マジかよ、最高だ!【68】
マジかよ、マジかよ、最高だ!
俺は聞き覚えのある声に興奮気味になって叫んだ。
あまりの喜びに飛び上がって踊りたくなるほど胸が高鳴った。
憧れの有名人でも見つけたみたいに、俺は白騎士の存在も忘れて無我夢中で方向転換し、そのままアデルさんの傍を離れて展望デッキを駆け出した。
あの声は間違いない。
俺が知っている人の声だ。
ーーが。
その途中で、俺は見えない何かに片足首を縛られていたかのごとく躓いて、展望デッキの床に顔面から思いっきり突っ伏した。
い……痛い……。
顔だけじゃない。全身が見えない何かに縛られてるみたいで痛かった。
倒れたまま動けないでいると、そのままミノムシよろしく状態でズルズルと白騎士の方へと床を引き摺られて回収された。
「逃げられるとでも思ったのか?」
白騎士の声。
アデルさんが白騎士に抗議する。
「なんと酷いことを! ケイはまだ子供なのだぞ! このように手酷く拘束してなんたるものぞ! 今すぐケイの拘束を解け! なぜ犯罪者のごとく扱わねばならん?」
「これでも逃げ出さないとでも?」
「ケイは我輩の弟子なのだぞ? どこにも逃げはせぬ! 拘束を解け! ケイの保証は我輩がする!」
「……」
アデルさん……。
俺は呟く。
やがて俺の拘束は解かれ、自由に動けるようになった。
上半身を床から起こしてその場に座り込む。
そんな時ーー。
「いったい何の騒ぎだ? これは」
傍寄せたガレオン船から手すりを乗り越えて飛び移り、中年男の声がデッキ近くで聞こえてきた。
俺はその声主へと振り向く。
ゼルギア!
興奮に懐かしい名を叫んで。
俺はすぐさま立ち上がると、こちらへと歩み寄ってくる中年男ーーゼルギアのもとへと向かって駆け出した。
俺の声を聞いてゼルギアが俺に顔を向けてくる。
無精ひげに赤茶けた髪。片目は大きな傷で塞がっていて、なんだか近寄りがたい怖そうな雰囲気も相変わらずで。
俺を見てゼルギアが驚いた顔で呆然としてくる。
その口から相変わらずな“くわえ煙草”がぽろりと落ちそうになっていた。
俺はゼルギアの傍で足を止めると、親しく肩を叩いた。
ゼルギア、久しぶり! なんでこんなところに?
「おぉ、Κじゃねーかこの野郎! お前こそ何してんだ? ここで。この船で働いていたのか?」
まぁ、色々事情がありまして……。
ぽりぽりと頬を掻きながら返答に困る俺。
するとゼルギアが興奮した様子で俺の片腕を掴んで舷側の手すりに移動し、そこから身を乗り出してガレオン船のデッキに向けて叫ぶ。
「デシデシ! 今すぐ出てきてこっちに来い! Κだ! Κがいるぞ!」
「ほんとデシか!?」
「おい、Κが居るだってよ、みんな!」
「ほんとか?」
「そんな馬鹿な」
「本当に本人なのか?」
「何の偶然だ、そりゃ」
「どうせまた団長の見間違いじゃないのか?」
見慣れた懐かしいギルドの人たちがぞくぞくと、ガレオン船の甲板に集まってくる。
俺はそれを見て思わず感動に泣きそうになった。
みんな! 久しぶり!
手を大きく振る。
ギルドのみんなが俺に気付いて次々と親しげに手を振り返してきた。
「おぉ、なんだよ本当にΚじゃねーか」
「Κだ、Κ」
「今度こそ本当に本人だ。間違いねぇ」
「何やってんだ? Κ。そこで働いてんのか?」
「おーい、こっち来いよΚ。久々に話さないか?」
あの……。“今度こそ”とか“本当に”とか、いったい……
いったい今までどれほどまでに間違えて声をかけていったんだろう。
ふとゼルギアが急に、俺の頭を乱暴にがしがしと掻き乱して撫でてくる。
「ーーったく。この野郎が、心配かけさせやがって。突然黙って居なくなるから、めちゃくちゃみんなで探し回ったんだぞ。ここで働いているなら手紙ぐらい出せただろ?」
ご、ごめん。色々あって、その……
「元気そうで何よりだ。てっきり黒竜討伐に一人で行ったのかとみんなで心配してたんだ。誰よりもデシデシが一番心配してたんだぞ? お前のこと。一度はヤバい国で会って騒動に巻き込まれてまた行方不明になったって」
えーっと……なんと説明すればいいか
「Κ!」
ガレオン船の手すりから身を乗り出して、黒猫ーーデシデシが叫んでくる。
目にいっぱい大粒の涙を浮かべて、
「本当にΚデシ。夢なんかじゃないデシ。Κが生きてたデシ。死んでなかったデシ」
死んでたとかそんな大袈裟なーー
待ちわびた再会に、デシデシが興奮を抑えきれずにガレオン船からこちらの船へと飛び移り、着地後すぐに俺の傍へと駆け寄ってくる。
ガシッと俺の足服にしがみついて涙顔を埋めて擦り付けて、
「ΚデシΚデシΚデシ。本人デシ。会いたかったデシ。心配したデシよぉ」
デシデシ……。
ごしごしごしごしと。
涙に濡れた顔を俺の足服で容赦なく拭きあげてくる。
わかった。ごめん、俺が悪かった。だから鼻水だけは勘弁してくれ。
「嫌デシ」
ぶふぅーっと、デシデシは鼻水を俺の足服で拭いてきた。
オイ。マジやめろ。
遅れて。
水色スライムに乗ったモップが、ガレオン船からこちらに飛び移り、跳ね寄ってくる。
モップは俺の袖服にぴたりと張り付き、水色スライムは俺の頭上で嬉しそうに跳び跳ねた。
懐かしい仲間たちに囲まれて。
俺の頬が自然と緩み、目にじわりと涙が浮かんできた。
それをさりげなく指で拭って、俺は呟く。
会えて良かった……。本当に、みんなと……。
ずっと感じていた孤独と疎外感。
それが心から癒された気がした。




