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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部序章 後・上編】 砂塵の騎士団 【上】
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混濁する記憶【61】


 なんだろう。

 知っている記憶と知らない記憶が次々と混ざり、頭の中に溢れてきた。

 何もかもめちゃくちゃになって上手く整理できない。

 交錯し、俺の頭の中に存在する二つの記憶。

 本当の自分と嘘の自分。

 どちらかが偽りの存在なんだ……。


 ズキリ、と。


 ふいに襲ってきた突き刺すような鋭い頭痛。

 俺は顔を歪めて髪を鷲掴み、頭を押さえた。

 いったいなんなんだ、この感覚。

 俺の中で何かが目覚めようとしている。


「大丈夫ですか? ケイ」


 ミリアが傍に寄り添い、心配してくる。

 俺は無理に笑って彼女を安心させようとした。


 心配してくるなんてミリアらしくない。


「べ、別に心配なんて、私はただ……! もういいです、知りません!」


 そう言っていつものように不機嫌にツンとそっぽを向いてくる。

 ただ顔を赤らめているのがいつもの彼女らしくない。

 それより。

 頭痛はさらに酷くなる一方だった。

 とうとう堪えきれなくなって俺は、身を屈めて床に膝をつく。

 顔から血の気が引いていった。

 冷や汗がつたい流れ落ちていく。

 動悸が激しさを増し、鼓動が壊れそうなほどに脈を打った。

 そんな俺の異常を察したミリアがすぐに態度を変えて傍に寄り添い、俺の体を支えてくれた。

 少しでも楽になるようにと、俺を床に座らせ、壁際の方に背を凭れさせてくれる。


「本当に大丈夫なんですか? ケイ。顔色がーー」


 いい、大丈夫。俺はここで少し休んでから行く。ミリアだけでも先に行


「行けません。こんな状態で置いて行けるわけないじゃないですか。私はそこまで非情な女じゃありません」


 俺は……大丈夫。少し休んだら……行くから。


「何言ってるんですか! いつ魔物に襲われるかも分からない中で放置して行けるわけーー」


 ーー。


 明かりが点滅を始めた。

 魔物の気配が近付いてくる。

 それはまるで死期弱る草食動物にハイエナが歩み寄ってくるかのように。

 ミリアが俺の持つ剣に手をかけた。


「私があなたを守ります。あなたはここで休んでいてくーー」


 ……。


 グッと、俺は剣を強く掴んでミリアを止める。


「手を離してください、ケイ。私がこの剣で魔物と戦います。ここで二人して死にたいんですか? ここで死ぬとか冗談じゃありません。私は生きたいんです。アデル様のように強い勇者となり、弱い者たちを守る義務が私にはあるんです。

 そう生き続けなければならない理由が私にはあるんです!」


 守られるほど……俺は弱くない。


「女に守られるのが嫌とか、この期に及んで差別しないでください! 今のあなたはとても戦える状態にありません! 私にはあなたを守れるほどの力が充分にあります! 女だからって馬鹿にしないでください!」


 違う……そうじゃない。


 しだいに俺の意識が遠退こうとしていた。

 それとは真逆に俺の手には力が込み上げてきていた。

 溢れんばかりの強い力が。

 本能的に魔物を狩りたい思いが。

 ほぼ無意識に俺は剣を握り締めていった。


【弱い者が死に、強き者だけが生き残る世界】


 それがこの世界の真理。

 何もしなければ俺はここで死ぬだけだ。


 衰弱しゆく俺の命を喰らおうと魔物が寄り集まってくる。

 壁から天井から通路の両側から俺たちを挟み囲み込むようにして、魔物が次々と現れて逃げ道を塞いだ。

 ミリアが焦り、急いで俺の手から剣を奪い取ろうとする。


「早くこの手を離してください! 本当でここで二人して死にたいんですか!?」


 ……。


 俺の脳裏を記憶が蘇る。


【弱い者たちを守る義務が私にはあるんです。そう生き続けなければならない理由が私にはあるんです!】


 誰かを守る義務が俺にもあった。でもそれを、俺は目の前で失ったんだ……。


【愛する人を突然失うことの苦しみと哀しみを、あなたにも知ってほしかった。だから私はーー】


 俺の知らない遠い過去の記憶。

 誰かにそう言われたのを覚えている。

 懐かしい女性の声。

 知っているようで俺は知らない。

 顔も名前も、何も思い出せないんだ。

 ただ記憶だけが交錯し、混濁する。


【だから私はーーこの予言で以て、未来で起こりゆるあなたの死をここに宣告します】


 俺は……ここで死ぬわけにはいかない。彼女の為にも。

 絶対に。


 俺の中の何かが応える。

 暴れんばかりに込み上げてくる強い力。

 それがクトゥルクの力だと気付いた時ーー。

 俺の中で何かが変わった。

 空いたもう片手でミリアの腕を掴んで傍に引き寄せる。

 寄り集まってくる魔物どもを鋭く睨むと同時、俺は鞘から剣を引き抜いた。




 

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