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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部序章 後・上編】 砂塵の騎士団 【上】
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生き抜く為に【57】


 貨物室内を照らす明かりが急激に弱まっていった。

 目を凝らして見るような薄暗さ。

 影る範囲がだんだんと広がっていく。

 肌に感じる不気味なほどの殺気。

 獰猛な肉食獣にでも付け狙われているかのような不安。

 いつ何が起きてもおかしくない。

 俺は辺りを見回して呟く。


 おっちゃん、これってーー


『黙ってろ』


 ……。


 おっちゃんにも緊張が走っていることが声で分かる。

 出口を求めて暴れていたペット達が、やがて獰猛な唸り声をあげて痙攣し、涎を垂らしながら床を転がり回った。

 明かりは徐々に弱まっていく。

 消え行く明かりの合間に見たのは、体内の肉を裁ち、皮を破って生まれ出てくる黒い寄生虫のような生物。

 そこかしこから聞こえる獣の断末魔。

 大量の血を流し、死して崩れた屍を引き摺って。

 寄り束になった寄生虫のような黒い生き物はやがて新たな獣姿を形成し、ゾンビのようにしてこちらに向かってきていた。

 その光景を最後に、完全に明かりは消えて暗闇になる。


 ……。


 俺はごくりと生唾を飲み込み、辺りを警戒した。

 いつ? どこから? どんな風に襲ってくるのか?

 すぐに。

 明かりが生まれる。

 それはあまりに小さく頼りなくて。

 おっちゃんを含む白騎士たちが、呪文を唱えて自分用の明かりをそれぞれ作ったようだ。

 そう。自分用……。

 俺だけ明かりを持たないことに不安を覚える。


『必要ない』


 けどーー


 明かりが散らばったら、俺は……。

 一撃で殺されればいい。

 たぶんきっと襲われたら中途半端に死ねずに、じわじわと喰われていくんだろう。

 そんなことを想像しただけで恐ろしくなって体が震えた。

 しっかりと安心させるようにおっちゃんが俺の腕を掴んで、頭の中で言ってくる。


『今から俺の言うことをよく聞け。ここで魔物と戦うには数が多すぎる。体力を消耗し尽くした瞬間が魔物に喰われる時だ。体力を温存しつつ、ここから逃げることだけを優先に考えろ。明かりにも限界がある。長居は無用だ。まず一番に足を守れ。走れなくなったら終わりだ』


 逃げよう、おっちゃん。早く。


『焦るな、冷静になれ。どんな魔物が潜んでいるかも分からん状況を闇雲に走り出すのは危険だ』


 そう言って、剣を腰の鞘に収め、おっちゃんが言葉を続けてくる。


『口を閉じて黙って俺について来い。

 けして目に頼るな。明かりなんざ無くても生きて闇を抜けられる術はいくらでもある。暗闇では自分(てめぇ)の耳と勘だけを信じろ。何も考える必要はない。感じるな、察しろ。本能のままに動け。

 合図は俺が送る』


 ……わかった。


 俺は頷く。

 おっちゃんが俺の腕から手を離してくる。


『いいか。三つ数えた後に俺の合図で全力で駆け出せ。出入り口のドアがどこにあったかは覚えているよな?』


 うん、大丈夫。


 おっちゃんのカウント・ダウンが始まる。

 そして。


『ーー走れッ!』


 走れッ!


 おっちゃんからの合図を受けてすぐ、俺は声を張り上げて白騎士たちに伝えた。

 俺からの合図に一瞬戸惑いを見せるも、白騎士たちは遅れて俺たちの後を追い、駆け出した。


『馬鹿か、お前は! 白騎士どもなんて放っておけ! アイツ等助けたら後々面倒だろうが!』


 走りながら、俺の頭の中でおっちゃんが怒鳴ってくる。

 たまらず俺も声に出して怒鳴り返す。


 それでも見捨てることなんて俺には出来ないよ!  白騎士だろうとここはみんなで一緒に助かった方がいい! 考えるのはそれからでもいいだろ!


『もういい、しゃべるな! 口を閉じろ! 途中で体力へたって力尽きても助けてやらんぞ、俺は!』


 年寄り(おっちゃん)と同じ体力扱いしないでくれ!


『誰が年寄りだ、誰が! ぶっ飛ばすぞ、お前!』


 ……。


 マジで体力温存の為にも俺は不毛な怒鳴り合いを止め、走りに集中した。

 過ぎ去った俺のすぐ背後を鋭い何かが掠める。

 ゾッとする悪寒を背中に感じるも、俺はそれが何であったか確認することなく、おっちゃんの背を見てただひたすらに走り続けた。

 後ろをついてきているであろう白騎士たちの心配をする余裕が俺にはなかった。

 他を気にして走りを止めたら終わりだから。

 みんなが一緒になってここから生きて脱出出来ればいい。

 それだけを願った。


 ーーふいに。

 先頭を走っていたおっちゃんが口早に何か魔法らしき呪文を詠唱する。

 ふおっ、と。

 吹き抜けていく一陣の弱い風を肌に感じる。

 魔物の断末魔が聞こえる。

 きっと風魔法で前方の魔物を攻撃したんだ。

 おっちゃんが道を確保してくれる安心感を知り、俺はおっちゃんの背中を信じて走った。


『馬鹿か、お前は! 転ぶぞ!』


 へ?


 足元の障害物に気付かずに躓いて。

 俺は顔面から床に思いっきり突っ伏した。


 ヤバいと思い、慌てて身を起こそうとしたその時ーー!


 刃物のような鋭い一閃が俺の真上を水平に薙いで通り過ぎていく。

 あと一秒でも早く身を起こしていたら……。

 死と隣り合わせの瞬間に、俺はヒヤリとしたものを感じた。

 その後に聞こえてくるド派手な破壊音。

 次々と物が倒壊していく。

 あまりの轟音に目を見開いて、呼吸が乱れて息が上がる。


 ふよふよと。

 俺の真上に浮かぶ頼りない魔法の明かりが、天井高くそびえ立つ顔面牛の巨人をぼぅと浮かび上がらせていた。

 巨人牛の魔物が俺たちに向け、次の一撃を構えてくる。

 大きな斧を振り上げて。


 そんな時。

 俺の足元に倒れていたおっちゃんが突然むくりと起き上がった。

 どうやら俺はおっちゃんの体に躓いて転んだらしい。

 相手のボールを奪おうとするサッカー選手よろしく体勢だったおっちゃんは、すぐにその場から立ち上がり、俺の片腕を掴んで引っ張り起こしてくる。


『急いで立て! 死にたいのか! 出入り口ドアを塞がれたらシャレにならんぞ!』


 わ、悪い。


 謝って、俺はすぐにそこから立ち上がった。

 ふと気になる白騎士たちの無事。

 振り返るもすれ違うように。

 彼らは俺たちを颯爽と追い抜いて見捨て、我先にと出入り口ドアへと走っていく。


『そういう奴等だ、覚えとけ。助け合おうなんて気持ちは微塵も持ち合わせちゃいないんだよ』


 ……。


 おっちゃんが俺の腕を掴んで走り出す。

 その直後。

 背中に吹き飛ばされそうな強い風を受ける。

 響く轟音。

 先ほどまで俺とおっちゃんが居た場所に斧が振り下ろされた瞬間だった。

 おっちゃんが頭の中で言ってくる。


『戦場では犠牲にするかされるかだ。常に自分が生きていくことだけを考えろ』


 ……。


 おっちゃんが腰の剣を流れる仕草で片手で引き抜き、行く手を阻もうとする魔物を最小限の数だけ斬りつけ道を開いていく。

 白騎士たちが先に出入り口ドアから通路に脱出した。

 通路から明かりが差し込む。

 そこにさえ出ることが出来れば。

 遅れて俺たちも出入り口ドアから通路へと脱出成功した。



 


 


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