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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部序章 後・上編】 砂塵の騎士団 【上】
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俺には記憶がない!【55】


 俺は焦っていた。

 どうしようもないくらいに慌てていた。


 ある貨物室のドアを開き、一旦体を中に入れた後にドアから頭だけを覗かせて、通路の様子を窺う。


 よし。


 通路に人けが無いことを確認して。

 頭をドアから引っ込めて中に入れてから、急いでドアを閉めた。

 暗闇となった貨物室。

 俺は手慣れた感じに両手をパンと叩き会わせた。

 室内に明かりが灯る。

 大きく広い港倉庫のような貨物室内が姿を見せた。

 コンテナ型の大きな木箱の輸送類や、積み上げられた複数の獣入れの檻。

 それがきちんと整理され並べられて道を作っていた。

 漂うのは色んな獣の匂い。

 鼻が曲がるほども臭かった。

 ーーいや、今はそんなことどうでもいい。


 俺はある場所へと向かって走った。

 目指す場所は一つ。

 ミニチュア・ジュゴンが入れられた檻。


『行き過ぎだ、ボケ!』


 頭の中に突如聞こえてきた懐かしい怒鳴り声。

 俺は思わず足を止める。

 辺りを見回した後に、もう一度同じ道を慌てて引き戻る。


『おい、ここだ。ーー違う、戻り過ぎだボケ! ……そう、そこをもうちょいーーストップだ。そこで足を止めろ。どこ見てる、こっちだ。違う、そうじゃない!』


 こっちって口で言われても、どっちだよ?


『右を見ろーー違う、そりゃ左だ!』


 それ、おっちゃんから見ての右左だろ。


『いいからーーそう、そのまま視線をちょい上に、もうちょい……はい、そこでストップだ』


 おっちゃん!


 見つけて俺は内心で叫んだ後に駆け寄り、檻にしがみついた。


『鍵は忘れずにちゃんと持ってきたか?』


 うん、もちろんだ。


 俺は頷いて、事前に船員室から盗んでおいた管理鍵をポケットから取り出した。

 急いで鍵を鍵穴に差し込む。

 船員服を着ていたことが幸いしてか、ここに来るまで誰にも怪しまれずに侵入できた。


『本当だろうな?』


 うん、たぶん。

 自信は無いけど。


『それで? なんでここに来るまでこんなに時間がかかった? あれから二日だぞ? どこで何をしていた?』


 俺は華麗にスルーして聞き流し、ミニチュア・ジュゴンを檻から出すと、すぐさま蒼白な顔でおっちゃんに迫った。


 聞いてくれ、おっちゃん!


『な、なんだ?』


 俺には記憶がない!


『はぁ?』


 何を言ってるのか分からないかもしれないけど、とにかく俺には記憶がない! 記憶がない部分の記憶がないんだ!


『いや、さっぱり意味が分からん。まずその“記憶のない部分の記憶がない”とはどういうことだ?』


 それが俺にもよく分からないんだよ!


『お前に分からんことが俺に分かるはずがない』


 分かってるよ、そんなこと! 俺だって説明しようにもどう説明していいかさっぱり分からないんだ! とにかく助けてくれ!


『焦る気持ちは分からんが、とにかく落ち着け。まずは深呼吸だ。話はそれからしろ。お前が何を言いたいのか俺にはさっぱり分からん』


 ……。


 言われた通りに、俺は一度深呼吸を繰り返した。

 気持ちを落ち着けて改めて。

 俺はゆっくりとした口調で要点を伝える。


 気付いたら白騎士たちに監視されてた。


『オイ』

 呆れにも似た声で、おっちゃんが言ってくる。

『なんでそんなことになってんだ? 一体何があった?』


 だから、俺にもそこら辺の記憶が曖昧でーー


『ちょい待て、お前』


 え?


『今、“監視されてる”って言わなかったか?』


 ……うん、言った。


 俺は素直に頷く。


『なんでここに来た?』


 え……いや、だってそれは、おっちゃんに早くこのことを伝えたくてーー


『馬鹿か、お前は。お前がここに来たらマズイじゃねーか』


「ここで何をしている!」


 ーー!!


 背後から聞こえてきた声と同時、俺は肩を掴まれ激しく振り向かされた。

 一人の青年騎士が俺の手の中にあるミニチュア・ジュゴンを見て驚愕する。


「なッーー!?」


 真実を知り、青年白騎士が俺から手を離して後退していく。


「そ……そういうことだったのか!」


 待ってくれ、違うんだ。これは


 俺は慌てた。

 ーーしかし。

 なぜかいきなり時を止めてしまったかのように青年白騎士はその場で動きをピタリと止めた。

 表情を固めたまま蝋人形のように動かなくなる。


 ……。


 てっきり他の白騎士たちに報告に行かれると思っていた。

 彼の身に一体何が起こったんだろう。


「……」


 しばらくすると。

 青年白騎士が口を閉じて動き出した。

 表情を素に戻し、動きを確認するかのように視線を落として両手を開いたり握り締めたりする。


 い、今の内に逃げた方がいいんだろうか?


 対応に困って手の中のミニチュア・ジュゴンに視線を向けるが、疲れたように俺の腕の中で眠ってしまった。


 ちょい待て。この状況、俺はどうすればいい?


 ふと青年白騎士が俺へと目を向けてきた。

 落ち着いた様子で歩み寄ってくる。

 俺は思わず後退した。

 しかし背中が檻にぶつかって、これ以上後退出来ないことを知らせてくる。

 逃げ場がない。


 そのまま無言で。

 青年白騎士が俺の片腕を荒く掴んできた。


 ーー!


 ヤバい。

 咄嗟に逃げようとしたところで。


『安心しろ、俺だ』


 頭の中で声が掛かった。


 え? お、おっちゃんなのか? 本当に?


 無言で。

 青年白騎士は俺の片腕を掴んでグッと傍に引き寄せると、そのまま背後に庇った。

 周囲を鋭く見回しつつ。

 おっちゃんが頭の中で言ってくる。


『奴等の良い釣りエサになってんじゃねぇ。尾行くらい撒いてから来い』


 素人に無茶言うな。これでも撒いてきたつもりだ。


『物陰に数人、白騎士どもが潜んでる。気を付けろ』


 気を付けるって何を?


 青年白騎士が腰の剣に手をかける。

 それをスラリと鞘から引き抜いて、


『勘付かれたなら戦うしかない。奴等に捕まったら終わりだと思え。

 ーーお前、拷問の経験は?』


 無い。


『そうか。なら今の内に自力でログアウトしろ。俺がログアウトさせるとキーコードをハッキングされる。あとのことは俺が片付ける。隙は作ってやるからその間にお前は向こうの世界に帰れ』


 ……。


『分かったらさっさとしろ。今の内だ』


 ……なぁ、おっちゃん。


『なんだ?』


 “ろぐあうと”って、何?


 俺は本気でおっちゃんに問い返した。



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