仕組まれた戦い【54】
気付けば。
俺の前から彼女が居なくなっていた。
いつ消えたのかも、よく覚えていない。
右手に握らされていた一つの小さな水晶玉。
いつもらったのかも覚えていない。
俺はその水晶玉を目の前へと持っていき、じっと見つめる。
透き通るように澄んだ綺麗な水晶玉だった。
その水晶玉の中に、闇の糸で囚われた重装備の金色の鎧に身を包んだ騎士が眠っている。
しばらく見つめて。
俺は座り込んでいた壁隅からゆっくりと立ち上がった。
何か目的があったわけではない。
ただ勝手に体が動き出したのだ。
誘われるように、俺はふらふらとデッキを歩き始めた。
手すりのところまで歩いて行って、そこで足を止める。
水晶玉を手に、身を乗り出すような形でそこから視線を落とす。
真下に砂海が見えた。
その砂海を何を思うわけでもなくジッと見つめる。
ふと。
後方から数人の貴族の子供たちが遊び感覚で俺のところに集まってきた。
一緒になって手すりから砂海を見つめる。
するとそれに飽きた子供の一人が、不思議そうな顔で俺を見て尋ねてくる。
「ねぇ、お兄ちゃん。こんなとこで何してるの?」
……。
俺は振り向き、微笑した。
水晶玉を持つ手を真っ直ぐに、砂海へと伸ばして。
首を傾げて答える。
ん? 俺にもよく分からない。
ーーこれが最後の平穏になるとも知らずに。
俺は手持ちの水晶玉をそのまま砂海へと落とした。




