クトゥルクって……なんですか?【51】
俺は白騎士たちに捕まり、ある場所へと連行されていた。
ある場所ーー客室とは別の、関係者以外立ち入ることの出来ない船の最上部となる特別部屋の前で足を止める。
白塗りのドアが開かれ、中は船長室っぽい感じの部屋になっていた。
俺はそこに通される。
無人の部屋の執務机前にある椅子の傍で、連行された状態でしばらく待機させられた。
遅れて白騎士のリーダー幹部っぽい男が部屋に入ってきて、執務机の席に着いた。
俺と向き合う形で、男が執務席から微笑ながらに声をかけてくる。
「この状態でありながらも尚、逃げ出さないとはな」
俺は答える。
逃げ出す理由なんてありません。俺は無実です。それよりカルロスは見つかったんですか?
「いや、まだ見つかっていない」
じゃぁどうして俺を?
「似顔絵は見たか?」
え、は、はぁ。まぁ一応見ましたけど。
「では言わずとも分かるはずだ」
たしかに似顔絵は俺でしたけど、俺は何もしてません。誰かと間違われているだけです。カルロス関連以外で疑われる理由が俺には全く分かりません。
「たしかにカルロス様関連では君を疑うべき点がいくつかある。それを今から尋問を行う」
……。
尋問ーー。
その言葉が俺に重く圧し掛かる。
最悪な光景が脳裏を過ぎり、俺はごくりと生唾を飲み込んだ。
きっとこれから椅子に縛られて拷問器具か何かで、俺の横にいる二人の白騎士からギリギリガリガリやられるに違いない。
何を言っても信じてもらえず、耐え難い痛みに泣き叫びながら気絶を繰り返しつつ吐かされるんだろう。
そんなことを俺は今から経験しなければならない。
覚悟はしていたが、いざ目の前となると怖くて体が震えた。
手は汗ばみ、自然と足までもが震えてくる。
口はカラカラに渇き、俺はもう一度生唾を飲み込んだ。
男が俺に言葉で促してくる。
「まずはその椅子に掛けたまえ」
……。
男の指示で白騎士二人が動き、俺を強制的に傍の椅子へと座らせた。
次いでーー
……え? あ、あれ? それだけ?
俺を置いて、白騎士二人は部屋の出入り口ドアへと移動していった。
そこで待機する。
ほぼ自由の身にされた俺は、戸惑いと肩透かしからオロオロと反応に困った。
男が何食わぬ顔で俺に尋ねてくる。
「それだけ、とは?」
いや、だって。普通、尋問といったらーー
「何か勘違いをしているようだな。尋問は口で問うだけだ。これからこちらが質問することにただ正直に答えればいい。答えによっては拷問に切り替えざるを得ないが、そのやり方が好みであれば最初からーー」
いえ、結構です。
俺は即答した。
「肩肘張って怖がる必要はない。これから簡単な質問をいくつかしていく。君は質問されたことに正直に答えるだけでいい。後はこちらで汲み取って犯罪性の有無を判断する。すでにもう始めてはいるがね」
え? 始まってたんですか? いつから? もしかして部屋に入った時からーー
「余計なことはしゃべらなくていい。こちらの質問することだけにただ答えるだけだ。君が何も知らないことは分かっている」
え?
「まず一つ目の関連についてだが。
カルロス様失踪の件と魔物の襲撃の件、この二つの事件になぜか君は関与し、そして君だけが無傷で生き残った。その疑問についてだが、君は魔物とーー」
そのことについてですが
俺が口を挟むと、男がそれを手で制して止める。
「質問は最後まで聞きたまえ。君と魔物との関連性を知りたい。
魔物襲撃時についてはカルロス様から聞いている。だがその後のカルロス様失踪の件においては、襲撃時と同じ魔物であるとの関連性が疑わしい。カルロス様失踪前、君の傍にはカルロス様の剣が落ちていた。
推測上、君が犯人ということになる。周囲の目を欺く為にわざと別の魔物に襲撃させ、カルロス様を生かすことで利用し、そして用が済んだカルロス様を邪魔だと思い、君は船底の無人の部屋にカルロス様を呼び出すことで殺害し、遺体を砂海に捨てた。後は犯行を襲撃時の魔物に被せることで、君は何食わぬ顔で剣の血を拭き取り、あの場所で気絶するフリをしていた。
ーーそうだろう?」
誤解です! 俺は誰も殺してなんかいません!
「では、それをどう証明する? カルロス様以外で誰か君の無実を証言する人が居るなら別だが?」
……だ、誰も居ません。俺一人です。
「ならばーー」
待ってください! 本当にカルロスの剣に血は付いていたんですか? 血液判定とか、それを拭き取った布とか、そんな証拠があって俺を疑ってるんですか?
男が机の上で手を組み、鋭い表情で俺を睨んで冷静に問いかけてくる。
「たしかに証拠はない。だが今、君の口から出た“血液判定”という言葉。初めて聞く判定方法だが、それはどんな方法かね?」
あ、いや、その……えっと、なんだろう。なんか、こう……俺自身よく分からないけど、なんか咄嗟に言葉が頭に浮かんできたというか……。
本心だった。
なぜそんなことを言ってしまったのか、自分でもよく分からない。
答えに言い澱む俺を追い込むように、男が質問を続けてくる。
「もし仮に君が本当に無実だとし、魔物ではないとしよう。
では二つ目の関連性についてだが。
君はよく訳の分からないことを口にするらしい。これは君の上司に聞いた話だが、君は上司に“自分は異世界人だ”と、そう口にしたそうだな。それは本当か?」
……。
俺は顔を俯け、その時の記憶を探り黙り込んだ。
すると突然。
ダン! と、男が激しく机を叩いてきた。
俺はその音に驚いてビクリと身を震わせ、慌てて顔を上げる。
男が尋ねてくる。
「どっちだ? 答えろ」
異世界人、です。
俺はハッキリとそう答えた。
「守護者の名は?」
知りません。
「君のコード・ネームはなんだ?」
……。
「Κ(ケイ)か?」
いいえ。あれは偽名です。本当はFです。
なぜだろう。拷問が怖いせいか、自分でも信じられないほどのストレートな嘘が口から出た。
男の眉根がピクリと跳ねる。
そして怪訝に顔を曇らせ、質問を続けてくる。
「なぜ偽名を名乗っていた? 目的はなんだ? アデル様に近付いた理由は?」
ち、違います! 俺は別にーーその、なんというか、俺自身分からないんです! なんで一緒に居るとか、なぜ“ケイ”と名乗っていたのか。
本当はちゃんとした別の名があるのに、頭の中の奴にそう言われて指示されてーー
曖昧な記憶を辿って、俺は何かを証明したくて必死だった。
男が納得したように溜め息を吐き、椅子に背凭れる。
「そうか。ならば、君はずっとその頭の中の奴に囮にされ操られていた、とそういうわけだな?」
……いや、そこまでは分かりませんが……。
「よろしい。君の発言が正しいものと信じておこう。
ではF、最後に君にもう一つだけ質問だ」
……。
男が俺の心を読むかのように顔色を伺い、尋ねてくる。
「“クトゥルク”という言葉に聞き覚えはないか?」
……くとぅるく?
俺は記憶にない言葉に本気で首を傾げた。
その時ふいに、脳裏にあることが過ぎる。
いや、待てよ。もしかしたら昨夜の立食パーティーの時、俺はアデルさん達と一緒に食事した。そん時その中に“くとぅるく”という一部有料の極上な食べ物があったのかもしれない。
たしかに食事は全部おいしかった。でもーー
俺は確信して、椅子から身を乗り出すようにして真顔で言い放った。
誤解です。俺は食い逃げなんてしていません。




