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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部序章 後・上編】 砂塵の騎士団 【上】
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タイム・ラグ【43】


 月と星が夜空を彩る船上で。

 展望デッキに設置された長椅子に腰掛けて、俺はフィーリアと二人きりで話す。


 俺に渡したいモノって?


 尋ねると。

 フィーリアは掌を少し高く持ち上げて夜空に翳し、そっと目を閉じた。

 呪文らしき言葉を唱える。 


「│月の雫よ(ルナル・フロウ)」


 ぽぅ、と。

 彼女(フィーリア)の掌に宿る立体的なミニ魔法陣。

 俺は食い入るようにそれを見つめ、思わず感嘆の声を漏らした。


 うわ、すげー。魔法だ……。


 するとフィーリアが目を開き、俺を見つめて不思議そうに小首を傾げた。

 尋ねてくる。


「魔法を見るのは初めて?」


 あ。いや、初めてっていうか、何度か見たことはあるんだけど、そういう優しい魔法もあるんだなって。


「……」


 ち、違うんだ、ごめん。簡単とかそういう意味じゃなくて、なんていうか、こう……なんていうんだろう。雪みたいにふわっとしているというか。魔法使いの女の子なんだなぁって、なんか、その……うん。


「……」


 えっと……。


 俺を素っ気なく無視して、フィーリアは魔法陣へと視線を移した。

 魔法陣が彼女の掌の上で光の砂流となって形崩れ、掌に降り積もる。

 小さく降り積もった白い砂山を、フィーリアは俺に“どうぞ”とばかりに差し出してきた。


 え? な、なに?


「あなたの手、貸して?」


 俺の手を?


「そう」


 ……。


 言われて俺は、フィーリアに片手を差し出した。

 フィーリアが俺の片手を取り、そこにその白い砂山を流し込んでくる。

 小さな砂山を掌に受け取って。

 俺はフィーリアに尋ねる。


 これは?


 答えず。

 フィーリアが俺の片手を両手で優しく包み込んで重ねてくる。

 そのままの状態で、フィーリアがそっと顔を近付けてきて、俺の目を覗き込むようにして見つめてくる。

 魅力的で真っ直ぐな眼差し。

 間近に迫るフィーリアの美人できれいな顔。

 キスしてしまいそうな距離で寸止めしてくる彼女に、俺の心拍数が一気に跳ね上がった。


 な、え、ちょっ、えっと……


 動揺を隠し切れず、俺は顔を紅潮させて視線をあちこちに泳がせる。

 その一瞬の隙をついてーー。

 彼女の唇が俺の唇に触れた。

 ほんの数秒。

 その間だけの軽いキス。


 ……。


 俺は何が起こったのか理解できず、頭を混乱させた。

 何度か瞬きながらに彼女を見つめる。

 どう言葉にしていいのか分からなかった。

 すると。

 彼女が顔色一つ変えずに、俺を上目遣いで見つめて言ってくる。


「あの時みたいにログアウトしないのね」


 ーー。


 一気に冷静を取り戻した俺は、空いた片手の甲で自分の唇を拭った。

 そしてフィーリアの手を激しく振り払う。

 言葉無く俺は黙って席を立つと、元居た場所へと向かって歩き出した。

 その背にフィーリアが声を掛けてくる。


「きっとそれはあなたの役に立つと思うわ」


 ……。


 俺は足を止めた。

 背を向けたままで言葉を返す。


 信じられないよ。なんでこんな(キス)を平気でーー


「その手の中を見て」


 ……。


 言われて俺は、ようやく自分の手の中に違和感を覚えた。

 さきほど渡されたはずの手の中の砂。

 しかし手を開いて見て、俺は驚く。

 その手の中にあったのは砂ではなく、一つの腕時計だった。


 これ、俺の腕時計……どうして!?


 振り返った時にはすでに。

 フィーリアの姿はそこにはなかった。




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