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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部序章 後・上編】 砂塵の騎士団 【上】
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騒動の終止符【40】


 薄暗かった通路に元の明るさが戻る。

 俺は辺りを見回して満足気に頷いた。


 よし、これにて一件落着。


 どこぞの時代劇を真似るようにして、俺は魔物騒動に終止符を打った。


『元はお前が原因で巻き起こした騒動なんだがな。当然の尻拭いだ』


 ん? 聞こえない。


『お前、だいぶ性格が俺に似てきたよな』


 一緒にするなよ。俺はまだおっちゃんほどの│外道ゲスは極めていない。


 そうキッパリ言って。

 俺は手持ちの【もこもこ胸毛】を腰巾着のアイテム袋に仕舞った。


 よし、んじゃ俺帰るは。元の世界に。ここに居る時間もだいぶ経っただろうし、明日は学校があるんだ。宿題も終わらせないといけないから急いで目を覚まさないと。えっと、今の時間はーー


 手首に視線を落として、俺は気付く。


 あ、そうだった。忘れてたよ。俺、腕時計を机の引き出しに入れたまんまだった。今何時だろう……。


 付け忘れてきたことを思い出し、俺は虚空へと視線を漂わせた。

 たぶんきっと、俺の勘では向こうの世界は昼か夜頃だと思う。


 なぁ、おっちゃん。


『なんだ?』


 そろそろログアウトさせてくれ。たぶん今なら良い時間帯じゃないかとーー


「コラぁッー! そこのお前! 覚悟しろ!」


 いきなり背後ーー通路の向こうから飛んできた罵声に、俺は驚いて短い悲鳴を上げた。

 まさかまた奴が戻ってきたのか!?

 俺は咄嗟に近くの床に落ちていた【へし折れたバール】を拾い上げると、反射的にそれを声のする方へ構えた。

 通路の向こうから見知った人物達が駆け寄ってくる。


 ーーん?


 思わず俺は二度見した。

 よく見れば、槍を持った俺の上司とアデルさん、それにミリアじゃねーか。

 距離を置いて上司が立ち止まり、俺に向けて槍を突きつけてくる。


「犯人はお前だな!」


 は? 何が?


 俺は目を点にした。


「何がもクソもない、仲間の仇だ覚悟しろ! この魔物め!」


 いや、ちょっと待ってくれ。仲間の仇って、いったい何があったんだよ?


「お前のその手持ちのバールはなんだ!? それで仲間を撲殺したのか!」


 ぼ、撲殺……!?


 訳も分からず混乱して、俺は慌てて手持ちのバールを投げ捨てた。

 ミリアが横から冷ややかに俺の上司にツッコむ。


「撲殺ではなく死因は斬殺です」


「そうか! ならばバールで仲間を斬殺したんだな!」


「何を言ってるんですか? バールで斬殺なんて無理です。頭大丈夫ですか?」


「……」


 ミリアの鋭いツッコミに、俺の上司も次の言葉が出ない。

 アデルさんが声を張って俺に言う。


「我輩は信じておるぞ、ケイ。たとえお前さんがここでバールを振り回していようとも」


 俺は慌てて両手を振って全力で否定する。


 ち、違うんです! これは何かの誤解です!


 すると俺の上司が周囲を見回しながら怪しんで言ってくる。


「何なんだ、この壁の酷い傷は!? やっぱりお前か! 仲間を殺したのは!」


 いや、これはあの、ちょっと、色々ありましてーー


 魔物と戦って出来た傷だとは口が裂けても言えない。

 上司が再度槍を構え直してくる。


「間違いない。この一連の人殺し騒動ーーさては貴様の正体は人間のフリした魔物だな!」


 ほんと違いますって! 何かの誤解です! 俺、誰も殺してなんかいません!


「その方、槍を収めよ」


 穏やかに。

 アデルさんが俺の上司を引き留める。

 手で槍の先を落とし、上司を説得する。


「あの者は魔物などではない。信頼できる我輩の弟子だ」


「で、弟子?」


「アデル様、ご無事ですか!」


 遅れて。

 白騎士数人がアデルさんの傍に駆け寄ってくる。

 アデルさんがみんなに言う。


「ここはもう問題ない。魔物は去った。お前たちはそれぞれ持ち場へ戻るがよい。ここは我輩が引き受けよう」


「いえ、アデル様。退れません」


 言って。

 白騎士たちがアデルさんを背後に庇い、俺に剣先を向けてくる。


「魔物はまだ去っておりません。

 次々と人が喰われ斬り殺された中でたった一人、彼だけがここで平然と生き残っているのです。魔物に取り憑かれているか、あるいは人に扮した魔物か。

 とにかく目の前の彼をこのまま見過ごすわけにはいきません」


「何を言う!」


 アデルさんが一喝する。

 身を守る白騎士たちを横に押し退けて、アデルさんは真っ直ぐに俺のところに来た。

 そして俺を背に庇って両腕を広げ、きっぱりと言い放つ。


「│クトゥルクに誓って言おう。この者は断じて魔物ではない」


 白騎士は退かない。


「魔物でなければ黒騎士ですか?」


「黒騎士でもない! この者は我輩の弟子だ。弟子を斬るならば師である我輩を先に斬るがよい」


 アデルさん……。


 次いでミリアも俺のところに来て、アデルさんと同じように俺を背に庇う。


「私も同じく。この者を信じています」


 ミリア……。


 ぼそりと、ミリアが言葉を付け加える。


「不本意ですが」


 オイ。それ


 俺は半眼で呻いた。

 白騎士たちがそれでも体勢を崩さずにアデルさんに言う。


「お言葉ですが、アデル様。

 アデル様は魔物の怖ろしさとその残忍性を何も理解されていないとお見受けします。

 数々の戦線を生き延びてきた我々【白の騎士団】では、たとえ見た目が人であろうとも魔物の中に居たならば迷わず斬れとの教訓。

 魔物は人に取り憑き、その心を蝕み、やがて魔物へと変えて仲間を増やします。

 ここでその者を庇われないのが御身の為です。まだその者に人の心が残るうちにここで介錯すべきです。そうしなければその者はやがて魔物と化し、闇を呼び、仲間を呼んで、血肉を求めて殺戮を始めるでしょう」


「違う! きっとこれは何かの誤解だ。ケイはけして魔物になどならぬ。今すぐ武器を退け」


「アデル様が誰を信じようと構いませんが、我々【白の騎士団】はクトゥルク教の忠義の下に動く教団騎士です。命令など無意味。教団の指示の下に王命を遂行する。

 アデル様とミリア様は御守りします。しかし、魔物蔓延るこの場所に居たその者を生かすことはできません」


「それでもならぬ! 我輩はケイを信じ、ここで守る。誰にも殺させはせん」


 それでも尚、白騎士たちは武器を下ろさない。


「無礼を承知で申し上げます。

 アデル様は過去に【盗賊団アカギ】を庇い、民間人に多くの犠牲を出したことをお忘れでは?

 再び過去と同じ過ちを繰り返されるより、ここは潔く身を退くべきではないのですか?」


「……ッ!」


 アデルさんに言葉はなかった。

 ミリアも。

 二人とも何かに耐えるように拳を握り締めて奥歯を噛み、顔を俯かせる。


 ……。


 そんな時だった。

 ふいに聞こえてきた近くの物置部屋からの慌ただしい物音。

 全ての注目が一点に集中する。


 その後。

 慌てふためくようにドアが開いて、一人の金髪青年の船員が飛び出してきた。

 急いで俺の前で両腕を広げて庇ってくる。


「待ってくれ! 証明は僕がする! コイツが魔物ではないことを!」


 あ、お前ーー


 見覚えのある青年だった。

 白騎士たちは一斉に金髪の船員にも剣先を向ける。


「何者だ! お前も生き残りだな! ならばーー」


「ぼ、僕は……」


 震える声を呼吸で落ち着けた後、金髪の船員は白騎士たちに告げる。


「僕の名はカルロス。カルロス・ラスカルド・ロズウェイだ。

 │理由わけあって今この姿でここで働いている」


 途端に、今まで冷静だった白騎士たちが動揺を見せる。次々と剣を下ろし、


「カルロス様だと?」

「まさかそんな」

「なぜこのような所に?」

「カルロス様はたしか、勇者祭り参加後に行方が分からずにーー」


 ならば本人では、と。

 白騎士たちで話がまとまり、金髪の船員ーーカルロスの元へと集った。

 そのことに気を良くしたのか、カルロスが堂々とした態度で胸を張る。


「頭が高いぞ、お前たち。僕はクトゥルクに選ばれし勇者なんだ。敬意を払え」


「よくご無事で、カルロス様」


「僕にはクトゥルク様の御加護がある。だから魔物は僕に恐れを為して寄って来ないんだ」


 おぉ、と。

 周囲が納得の傍ら、俺は内心で頭上のミニチュア・ジュゴンに確認をとる。


 今の話ってマジなのか? おっちゃん。


 するとやれやれと。

 ミニチュア・ジュゴンが呆れるように溜め息を吐いて、おヒレ上げをした。


『お前が来るまでの間、ちぃっとばかし意識を乗っ取って生き抜いてやったというのに。プラス思考というか、よくあそこまで堂々と言えたもんだよな』


 あれ? そういやおっちゃん、今更だけどいったいどうやって貨物室からここまで来たんだ?


『ん?』



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