上田からの電話【34】
風呂から上がって脱衣場に行くと、母さんがドアの向こうから声をかけてくる。
「上田君から電話よ。どうする?」
あーうん、分かった。出るから置いといて。
足音がドアの向こうへと消えていく。
俺は急いで濡れた髪と体を簡単に拭き上げ、着替えを済ませてから脱衣場を出ると、玄関に置いてある電話へと向かった。
置かれた受話器を手に取り、耳に当てる。
もしもし。何? 用事?
すると受話器の向こうから上田の深刻そうな声が聞こえてきた。
「……その様子だと、朝倉のこと何も知らないって感じだな」
知らないって? 朝倉に何かあったのか?
「ぶっ倒れて入院したって話」
ーー。
思わず俺の手から受話器が滑り落ちそうになった。
嘘であってほしいと願いながら、上田に問う。
いつ……から、だ?
「お前だけだぜ? 今病院に来てないのは。
ーーお前さ、朝倉に会いに行くって言ってたよな? そん時何も異変に気付かなかったのかよ? ちゃんと朝倉に会ったんだよな? 顔見たのか? 面と向かって話聞いて、ちゃんと相談に乗ってやったのかよ?」
……。
責め立てるように、上田が泣きそうな声で俺に言ってきた。
俺は何も言えなかった。
ただ一言、上田に謝る。
……ごめん。
「お前にとって朝倉はなんなんだよ! ダチじゃねぇのかよ!? お前がそこまで非情な奴なんて思わなかった! 最低な奴だよな、お前!」
……ごめん。
俺は謝ることしか出来なかった。
自分の不甲斐なさに絶望し、自分で自分を殴りたくなった。
受話器を握る手に強く力がこもる。
沈んだ声で俺は上田に問う。
どこの病院か教えてくれないか? 俺もそこへ行く。
※
先ほどの事情を両親に説明してすぐ、俺は父さんの運転で病院まで行き、一緒に乗っていた母さんとともに病院の中へと駆け込んだ。
診察時間の終わった待合室は薄暗く、シンと静まり返っていた。
ふと。
その待合室の長椅子に、上田とミッチーと福田、それに柏原と浜田と山根、彼らの母親達の姿を見つける。
ミッチーが俺を見つけて長椅子から立ち上がる。
そして無言で俺を手招いた。
ぶん殴られることも覚悟して、俺はミッチー達の居る長椅子へと向かった。
辿り着いてすぐ、俺は尋ねる。
朝倉の様子は?
するとミッチーが安堵するような笑みを浮かべて、気楽に俺の肩をぽんと叩いてくる。
「はい、お疲れー。上田が一人で騒ぎ過ぎぃー。朝倉の奴、点滴受けたら帰るらしいぜ」
え? 入院じゃなかったのか?
上田が口を尖らせて言い訳してくる。
「いや、だって最初さ、朝倉ん家に電話したらアイツの姉ちゃんが電話に出て、“倒れて病院に居る”って言うからさ、重病だと思ったんだよ。
それで慌ててみんなに電話して、お前以外に連絡ついて集まったんだけど、どの部屋に入院してるかしばらく分かんなくて。受け付けも終わってるしでどうしようもなくて、そこの公衆電話からお前に八つ当たりの電話した。
そしたら朝倉の母ちゃんとここでばったり会って……」
え、じゃぁ入院の話は?
福田が上田を指差して言う。
「コイツの勝手な想像」
マジかよ。良かった。
俺は安堵に胸を撫で下ろし、そのまま力抜けたように長椅子に腰掛けた。
福田が眠そうな顔で大あくびをして立ち上がる。
「じゃぁ、そういうことでオレ帰るは。宿題も残っているし」
「オレも。誰か残って朝倉によろしく言っといてくれよ」
「んじゃ、おれも。ーーで? 誰が代表で残る?」
「えー、俺まだ宿題が……」
「宿題が終わった奴は? 手ぇ挙げて」
……。
ミッチーが一人だけ手を挙げる。
「ってマジかよ。オレだけかよ? オレ、これから塾があるんだが」
俺が残るよ。代表で。
するとミッチーが半眼で俺にツッコミを入れる。
「いや、お前は帰った方がいいって。お前が一番倒れそうで怖ぇーから」
大丈夫。俺、もう倒れねーから。
「あー、ミッチー。今度はオレが倒れそう」
「眠くてだろ」
「はぁ。宿題マジめんどくせーんだけど」
「写させねーからな」
「おれ残るから誰かおれの分まで宿題やってくれよ、誰か」
「嫌だ」
「お断り」
「絶対嫌だ」
「写させねーから」
「オレが残るよ。一番の元凶だし」
……。
みんなの視線が一斉に上田に向く。
同時にみんなでポンと手を打つ。
「元凶だ」
「確かに元凶だ」
「よし、解散。みんなまた学校で」
「じゃぁな」
「また学校で」
「じゃぁな」
じゃぁな。
「また学校で」
親と帰り行くダチ等を見送って。
上田が俺の隣に腰を下ろしてきた。
俺は上田に尋ねる。
みんなもう、朝倉とは会ったのか?
「あーうん。お前がこっち来る間に。オレ達が急に見舞いに来て、朝倉の奴、なんかスゲーびびってた。話したらいつもの朝倉だったし、また月曜に学校で会おうって約束もした」
そっか。
すると上田が頭を掻きつつ、言葉を濁して謝ってくる。
「なんか、その……ごめんな。電話でお前に言ったこと。オレさーー」
いいよ。もう忘れた。
「……ごめん」
あのさ、上田。
「ん?」
朝倉と話して、なんか違和感とかなかったか?
「いや……別に。フツーだったけど、何か気になることでもあったのか?」
いや、別に。聞いてみただけ。元気ならいいんだ。
俺は惚けた顔で話を逸らした。
上田がふと何かに気付いたのか、俺の髪を指で示してくる。
「なんかお前の髪、すげー濡れてね?」
風呂上がりだったんだ。乾かす前に急いできたから。
「いや、絶対風邪引くって、それ」
あ。やべ。鼻水出てきた。風邪引いたかもしんね。
「マジかよ。お前の口から“大丈夫”以外の言葉が出るとか、めちゃくちゃ大丈夫そうだな」
言われて。
俺は上田とともに笑いあった。
ふと目を向けた先にーー。
診察室から朝倉が、母親と一緒に出てきた。




