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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部序章 後・上編】 砂塵の騎士団 【上】
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上田からの電話【34】


 風呂から上がって脱衣場に行くと、母さんがドアの向こうから声をかけてくる。


「上田君から電話よ。どうする?」


 あーうん、分かった。出るから置いといて。


 足音がドアの向こうへと消えていく。

 俺は急いで濡れた髪と体を簡単に拭き上げ、着替えを済ませてから脱衣場を出ると、玄関に置いてある電話へと向かった。

 置かれた受話器を手に取り、耳に当てる。


 もしもし。何? 用事?


 すると受話器の向こうから上田の深刻そうな声が聞こえてきた。


「……その様子だと、朝倉のこと何も知らないって感じだな」


 知らないって? 朝倉に何かあったのか?


「ぶっ倒れて入院したって話」


 ーー。


 思わず俺の手から受話器が滑り落ちそうになった。

 嘘であってほしいと願いながら、上田に問う。


 いつ……から、だ?


「お前だけだぜ? 今病院に来てないのは。

 ーーお前さ、朝倉に会いに行くって言ってたよな? そん時何も異変に気付かなかったのかよ? ちゃんと朝倉に会ったんだよな? 顔見たのか? 面と向かって話聞いて、ちゃんと相談に乗ってやったのかよ?」


 ……。


 責め立てるように、上田が泣きそうな声で俺に言ってきた。

 俺は何も言えなかった。

 ただ一言、上田に謝る。


 ……ごめん。


「お前にとって朝倉はなんなんだよ! ダチじゃねぇのかよ!? お前がそこまで非情な奴なんて思わなかった! 最低な奴だよな、お前!」


 ……ごめん。


 俺は謝ることしか出来なかった。

 自分の不甲斐なさに絶望し、自分で自分を殴りたくなった。

 受話器を握る手に強く力がこもる。

 沈んだ声で俺は上田に問う。


 どこの病院か教えてくれないか? 俺もそこへ行く。







 ※






 先ほどの事情を両親に説明してすぐ、俺は父さんの運転で病院まで行き、一緒に乗っていた母さんとともに病院の中へと駆け込んだ。

 診察時間の終わった待合室は薄暗く、シンと静まり返っていた。


 ふと。

 その待合室の長椅子に、上田とミッチーと福田、それに柏原と浜田と山根、彼らの母親達の姿を見つける。

 ミッチーが俺を見つけて長椅子から立ち上がる。

 そして無言で俺を手招いた。

 ぶん殴られることも覚悟して、俺はミッチー達の居る長椅子へと向かった。

 辿り着いてすぐ、俺は尋ねる。


 朝倉の様子は?


 するとミッチーが安堵するような笑みを浮かべて、気楽に俺の肩をぽんと叩いてくる。


「はい、お疲れー。上田が一人で騒ぎ過ぎぃー。朝倉の奴、点滴受けたら帰るらしいぜ」


 え? 入院じゃなかったのか?


 上田が口を尖らせて言い訳してくる。


「いや、だって最初さ、朝倉ん家に電話したらアイツの姉ちゃんが電話に出て、“倒れて病院に居る”って言うからさ、重病だと思ったんだよ。

 それで慌ててみんなに電話して、お前以外に連絡ついて集まったんだけど、どの部屋に入院してるかしばらく分かんなくて。受け付けも終わってるしでどうしようもなくて、そこの公衆電話からお前に八つ当たりの電話した。

 そしたら朝倉の母ちゃんとここでばったり会って……」


 え、じゃぁ入院の話は?


 福田が上田を指差して言う。


「コイツの勝手な想像」


 マジかよ。良かった。


 俺は安堵に胸を撫で下ろし、そのまま力抜けたように長椅子に腰掛けた。

 福田が眠そうな顔で大あくびをして立ち上がる。


「じゃぁ、そういうことでオレ帰るは。宿題も残っているし」


「オレも。誰か残って朝倉によろしく言っといてくれよ」


「んじゃ、おれも。ーーで? 誰が代表で残る?」


「えー、俺まだ宿題が……」


「宿題が終わった奴は? 手ぇ挙げて」


 ……。


 ミッチーが一人だけ手を挙げる。


「ってマジかよ。オレだけかよ? オレ、これから塾があるんだが」


 俺が残るよ。代表で。


 するとミッチーが半眼で俺にツッコミを入れる。


「いや、お前は帰った方がいいって。お前が一番倒れそうで怖ぇーから」


 大丈夫。俺、もう倒れねーから。


「あー、ミッチー。今度はオレが倒れそう」

「眠くてだろ」

「はぁ。宿題マジめんどくせーんだけど」

「写させねーからな」

「おれ残るから誰かおれの分まで宿題やってくれよ、誰か」

「嫌だ」

「お断り」

絶対(ぜってー)嫌だ」

「写させねーから」


「オレが残るよ。一番の元凶だし」


 ……。


 みんなの視線が一斉に上田に向く。

 同時にみんなでポンと手を打つ。


「元凶だ」

「確かに元凶だ」

「よし、解散。みんなまた学校で」

「じゃぁな」

「また学校で」

「じゃぁな」


 じゃぁな。

「また学校で」


 親と帰り行くダチ等を見送って。

 上田が俺の隣に腰を下ろしてきた。

 俺は上田に尋ねる。


 みんなもう、朝倉とは会ったのか?


「あーうん。お前がこっち来る間に。オレ達が急に見舞いに来て、朝倉の奴、なんかスゲーびびってた。話したらいつもの朝倉だったし、また月曜に学校で会おうって約束もした」


 そっか。


 すると上田が頭を掻きつつ、言葉を濁して謝ってくる。


「なんか、その……ごめんな。電話でお前に言ったこと。オレさーー」


 いいよ。もう忘れた。


「……ごめん」


 あのさ、上田。


「ん?」


 朝倉と話して、なんか違和感とかなかったか?


「いや……別に。フツーだったけど、何か気になることでもあったのか?」


 いや、別に。聞いてみただけ。元気ならいいんだ。


 俺は惚けた顔で話を逸らした。

 上田がふと何かに気付いたのか、俺の髪を指で示してくる。


「なんかお前の髪、すげー濡れてね?」


 風呂上がりだったんだ。乾かす前に急いできたから。


「いや、絶対風邪引くって、それ」


 あ。やべ。鼻水出てきた。風邪引いたかもしんね。


「マジかよ。お前の口から“大丈夫”以外の言葉が出るとか、めちゃくちゃ大丈夫そうだな」


 言われて。

 俺は上田とともに笑いあった。

 ふと目を向けた先にーー。

 診察室から朝倉が、母親と一緒に出てきた。



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