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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部序章 後・上編】 砂塵の騎士団 【上】
184/313

おっちゃんは時と場所を選ばず話しかけてくる【33】


『大変なことになった』


 ん?


 突然聞こえてきたおっちゃんの声。

 全裸だった俺は泡立った髪をそのままに、風呂場を見回した。

 見回したところでおっちゃんが傍に居るはずない。

 居るとすれば頭の中、か。


『お前、そっちの世界に戻れたのか?』


 あーうん。プライドを捨ててヤケクソに試したら元の世界に戻れた。


 ごしごしと。

 俺は髪洗いを再開する。


『試したって何を?』


 色々。


『色々?』


 教えない。


 別に仕返すつもりじゃなかったけど、言えなくてそう答えた。

 シャワーからお湯を出して。

 俺は髪についたシャンプーの泡を洗い流す。


『……』


 ……。


『お前、今どこで何をしている?』


 ん? 風呂。


『そうか。平和でいいよな、お前』


 あーうん。


 適当に相槌打って、話も一緒にシャワーで流す。


『……』


 ……。


 俺はシャワーのお湯を止めると、風呂の貯め湯へと移動した。

 湯に体をつけて、ゆったりと息を吐きながら肩まで浸かる。


 なぁ、おっちゃん。


『なんだ?』


 そっちはもう【オリロアン】に着いた頃か?


『気楽でいいよな、お前』


 気楽じゃなかったよ。めちゃくちゃコキ使われた。どっちかっていうとおっちゃんの方が乗るだけだから気楽じゃね?


『そっちの意味で言ったんじゃなかったんだがな』


 じゃあどっちの意味で?


『お前ってさぁ』


 うん。


『……』


 何?


『よし、言い方を変えよう』


 言い方を?


『そうだ。今から俺が言う質問に正直に答えろ』


 え、何? 俺、おっちゃんに責められるようなことまだ何もしてないつもりだけど。


『まだ、だと?』


 あーうん。


『そうか。そこまで言い切るのか。ふーん。

 俺の質問に正直に答えろ。

 ーーお前、こっちの世界でクトゥルクの力を使ったりしてないよな? │まだ(・・)』


 ……。


 俺はいずこへと視線を飛ばした。


『使ったのか、使っていないのか、どっちなんだ? 正直に言え』


 ……。


『なぜ黙る? 俺は正直に答えろと言ったはずだ。

 使ったのか、使っていないのか、はっきりしろ!』


 ……つ、使った、のかもしれない。


『あぁ? 聞こえねぇぞ、もっとハッキリ言え!』


 使った。使いました。ごめんなさい。


『言えたじゃねーか、“ごめんなさい”がよ! 最初からそう言っていれば親と喧嘩せずに済んだんだろうが!』


 ……。


『……』


 ちょっと待て。もしかしてずっと俺の心の中を盗み聞きしてたのか?


『ずっとじゃない。ほんのちょっとだ。家に帰り着いてからのゴタゴタをちょっとだけ、な』


 俺は無言で拳を握り締めた。


『待て。そう怒るな。お前に話しかけるタイミングを見失っていたんだ。このまま黙っているわけにはいかなかった。こっちの世界で何か起こっていることは本当だ』


 ……。


 俺は拳を緩めると、真顔でおっちゃんに尋ねた。


 もしかしてそっちで何かヤバいことがあってるのか?


『“ヤバい”という言葉で済まされるほど事態はそんなに軽くないんだがな。

 ま、なんだ。今はその事態が少し落ち着いてきたところだ』


 落ち着いている、か……。


【気持ちが落ち着いたら下りてらっしゃい】

【本当は友達のところに行っていないんでしょ?】


 母さんのあの言葉が俺の心に深く突き刺さる。

 一階に下りてきたものの、食べ終わった食器ごと脱衣場に持ってきて、まだ親と面と向かって話してはいない。

 きっと、父さんも母さんも俺から話しかけてくるのを待っているんだろう。


『おーい。どうした? 急に何も聞こえてこなくなったぞ。そっちで何かあったのか?』


 ……。


 俺は首を横に振る。


 いや、聞こえてなかったんならいい。なんでもない。

 それより。俺、そっちに行った方がいいのか?


『いや。しばらくはこのまま様子を見よう。下手にお前が来ると大変なことになる。必要になったら呼んでやるから準備だけはしとけ』


 自宅待機?


『自宅待機だ』


 ……なぁ、おっちゃん。


『なんだ?』


 あのさ……


『ん? なんだ?』


 ……。


『……』


 俺の両親に、おっちゃんのことを正直に話したら信じてもらえると思うか?


『さぁな。お前はどう思う?』


 俺は……

 きっと、信じない。


『そうか。お前がそう思うのならそうなんだろう。信じてもらえると思った時に、お前自身の判断で正直に話せばいい』


 ……。


 無言で。

 俺はうずくまるようにして膝を抱えると、湯船の中に顔を沈めた。



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