何やねん!【31】
俺はカッと目を見開いた。
そこに映る車内、そして見慣れた現実世界の風景。
思わず俺は興奮に叫んだ。
戻れたぁぁぁぁぁぁぁッ!!!
「うおっ! なんや、急に! びっくりした!」
突然俺が叫んだことで、俺の隣──運転席に座っていたJが、飛び跳ねるように身をよじって驚く。
「……」
……。
俺は目を瞬かせた。
ぽつりと呟く。
……戻れた。
「何がやねん!」
……戻れたんだ。元の世界に。
「だから何やねん! ──ったく。びっくりするやろ、ほんま。いきなり叫んで」
Jの怒りをよそに俺はJへと顔を向ける。
親指を立ててグッジョブし、真顔で一言。
成功した。
「何が?」
ログアウト。
「アホか! そんなくだらんことでいちいち叫ぶなや!」
成功が嬉しくて。
「そーかい! そりゃ良かったな、ほんまに!」
ご立腹の様子のJにそう冷たく吐き捨てられ、俺は首を傾げた。
叫んだのは謝るよ。だけどそこまで怒ることないだろ。
「今何時やと思てん、お前」
え?
「約束の時間はもうとっくに過ぎてんやぞ」
ちょっと遅れただけだろ。謝るけどさ。
「何言うてん、お前。時計見てみ。もう六時も回ったとこや」
えッ!? マジで!?
俺は慌てて腕時計を確認した。
時間がいつの間にか早く進んでいた。
ちょ、嘘だろ! 俺が確認した時はたしかに──
「もうええ。暗くなったし、家の近くまで送ったる」
……。
Jがめちゃくちゃキレていた。
俺は申し訳なく口を閉じて無言になる。
やべーな。どうしよう。
謝りの言葉も言えない俺をよそに、Jは黙々と発進の準備を始め出した。
ふと、Jがぽつりと言う。
「約束の時間過ぎたから、ほんま死んだかと思たんや」
……え?
Jが無言で車内ミラーを顎で示す。
俺は車内ミラーへと目を向けた。
そこに映る一人の人影。
今流行りのかわいらしい服を着たモデル並みに美人の女子大生が一人、後部座席からひらひらと手を振ってくる。
俺は驚きのあまり助手席から身を乗り出すようにして後部座席へと振り向いた。
だ、誰……ですか?
同時に彼女の方からも身を乗り出すようにして俺に顔を近づけてくる。
俺は思わず身を引いた。
彼女がにこりと笑って俺に尋ねてくる。
「どうも、はじめまして。気分はどう? もう大丈夫?」
無視して。
俺はJに向き直った。
彼女を指差しながら、
誰? Jの恋人?
「知り合いや」
知り合い? Jの?
「他に誰が居んねん。俺の元カノや。これ以上は追及──」
「たっくんの元カノでぇーす。よろしくね」
Jの言葉を被せるようにして。
彼女が後部から身を乗り出して顔を出し、俺に言ってくる。
……えっと。
俺は気まずく視線を反らした。
車のエンジンがかかり、Jが言ってくる。
「誤解すんなや。別にお前が寝ている間に彼女とイチャついていたわけやない。ほんま死んだかと思たんや」
誰が?
「お前や」
俺が? なんで?
不思議に問い返した俺に、彼女がくすくす笑って説明してくる。
「なんかいきなり、たっくんから電話かかってきて、やり直したいって言うのかなって思ったら電話先で急に泣き出すんだもん」
「泣いてへん! 作り話すんなや!」
「えー、絶対泣いてたよ、あれ。“俺、人を殺したかもしれへんから助けてや”って」
「もうええやろ。余計なこと言うなや」
……あの。“たっくん”って、誰ですか?
彼女が目をぱちくりさせる。
「え。たっくんって、拓也君のことなんだけど」
そのたくや君って誰?
「拓也は俺の本名や」
え?
「なんやその“え”って」
いや、なんか意外だったっていうか、その……何でもありません。
Jに睨まれ、俺は語尾を濁していった。
「ねぇねぇ」
ふと。
彼女が俺の肩をぽんぽんと叩いてくる。
「さっきみたいな睡眠障害って、けっこう頻繁に起きてたりする?」
え、いやあの、なんと説明すればいいか……
「ほんとマジで一度病院行った方がいいよ。なんかもう昏睡に近いっていうか──」
「不安煽るなや、梨花。お前まだ看護師ちゃうやろ」
「えーだって」
あの──
俺は勇気を出して、彼女に尋ねてみた。
もし良かったら、思ったこと全部話してもらってもいいですか?




