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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部序章 後・上編】 砂塵の騎士団 【上】
176/313

残り時間ーー1時間31分59秒【25】


 帆船ターミナルの待合室の長椅子で。

 俺は落ち着きなく袖を少し上げて腕時計を確認する。

 この世界の滞在時間は、残り一時間三十一分五十九秒。

 ふと。

 俺の頭上に居たミニチュア・ジュゴンが、ぺちぺちと俺の額を片ヒレで叩いてくる。


 痛っ。なんだよ?


『オイ、なんだそれは。明らかにこの世界に存在してはいけないものだよな?』


 │腕時計(これ)のことか?


『よく転送できたもんだな』


 あーうん。なんかよく分からないけど成功した。


『成功しただと? 何をどうやってやった?』


 その言葉に俺は勝ち誇るようにニッと笑った。


 理屈は知らないけど要するに、おっちゃんが知らない時に服に隠して身に付けておけば転送可能ってことだろ? この世界のコインを向こうの世界に持っていってしまった時みたいに。


『ぐっ……! お前なかなか鋭いな』


 やっぱりか。


 予想が的中し、俺は密かに拳を打ち鳴らした。


『だが調子に乗るなよ。向こうの世界の文化をこっちの世界に持ち込んだらいったいどうなるかーーどんな形でこの世界に影響与えてくるか分からないんだぞ?』


 大丈夫だって。心配いらないよ。だってただの時計だぜ? 人を殺す武器にはならないよ。


『そういうことを言ってるんじゃない。俺が言いたいのはだなーー』


 説教はもういいって。聞き飽きたよ。たかが時計だろ? どう影響するっていうんだ? 心配いらないって。


「待たせたな、ケイよ」


 あ、はい。


 すぐさま俺はおっちゃんとの会話を止めて気持ちを切り替える。

 アデルさんとミリアが俺の傍へと戻ってきたのだ。

 俺は顔を上げて席を立ち、アデルさんに尋ねる。


 雑用募集の登録、もう終わったんですか? じゃぁ俺もーー


 アデルさんが“何を言う”とばかりにガハガハ笑ってくる。俺の肩を掴んで引き止めて、


「お前さんは我輩の弟子であろう。もちろん当然ながら、お前さんの登録もミリアが代わりに済ませてくれたぞ」


 ミリアが……?


 視線を向けると、ミリアが可愛らしい顔をツンとそっぽ向けて不機嫌に言ってくる。


「不本意ですが、アデル様の御命令により│仕方なく(・・・・)登録して差し上げました」


 いや、なんで俺に対してそんなキレ気味なんだよ? 俺が何をした?


「別に。何をされたわけではありません。ただあなたを見る度に負けた気分にされてムシャクシャするんです」


 負けたって何に? 俺は何もしてねーだろ?


 俺たちの仲を取り持つように。

 アデルさんが俺とミリアの間に分け入って、肩を軽く叩いて(なだ)めてくる。


「うむ。ライバル心を持つことは良きことだ。互いに切磋琢磨して己を育てるが良い」


 そういう意味なのか? 負けたって。


「違います、アデル様! 私なんかがこんなーーアデル様を残して逃げるような貧弱で臆病者なんかに負けるわけがありません! こんな奴に負けた気分になる自分が悔しいんです!

 私こそがアデル様に最も相応しい弟子です! 私こそが次の勇者になるんです!」


 その言葉に俺はカチンときた。

 ミリアに言い返す。


 別に逃げたわけじゃねーし! 俺が貧弱で臆病ってどこ見て言ってんだよ? 俺はお前の知らないところで竜人どもと戦ったんだからな。


 負けじとミリアもぐいっと胸を張って言い返してきた。


「そんなの嘘に決まっています! あなたはアデル様を置いて逃げたんです! 私がアデル様を助け出しました!」


 逃げてねーし!


「では逃げてないというなら説明してください。今までどこに居たんですか? 怖くなって隠れていたんですよね? 

 答えてください、今ここでハッキリと!」


 ぐっ……! それは、そのなんて説明するか……

 ーーでも逃げてもねーし、隠れてもねーし! ほんと戦ったんだからな、俺!


 異世界人であることを言えないのがとても歯痒かった。

 言えばそこからまた説明しなければいけなくなる。


「どうせ竜人兵士に恐れをなして、どこかに隠れていたに決まってます」


 あーもう! だから俺、逃げてもねーし、隠れてもねーって!


「そもそもなぜ正体を明かさないのですか? そんなのおかしすぎます」


 いいだろ、別に! 俺の事情なんだし、ほっとけよ。なんでいちいち言わないといけないんだよ? そんなに俺が害のある人間に見えるのか?


「見えます。そのフードを取って顔を明かしてください。私はあなたをーー」


「もう良いではないか、ミリア」


「けど、アデル様! この者は怪し過ぎーー」


「ミリアよ。もう良い。その辺で終わりにするのだ」


 厳しい声でアデルさんに言われ、ミリアはしゅんと怒られた子犬のように項垂れた。

 アデルさんがミリアに諭すように語りかける。


「言いたくない事情は誰にでもある。ミリア、お前もそうであろう?」


「……」


 ……。


 ミリアが黙り込むと、俺までつられて黙り込んだ。

 アデルさんが言葉を続ける。


「ミリアよ。実はな、我輩もケイに話していないことがある」


 それって王族だったってことですか?


「ふむ。どうやらバレてしまっているようだ」


 いや、あの時自分から暴露しましたよね?


 無視され。

 アデルさんはミリアに語りかける。


「あの日のことはあの日のこと。過ぎたことだ。もう忘れるのだ、ミリアよ。

 ーーよし、腹が減ったな。出発まで飯にしようではないか。フォップを食おう。あれは美味い。我輩はあれが食べたくなってきたぞ。

 二人とも支度をせよ。我輩はあれが食べたい」


 ……。


「それで良いな? ミリアよ」


「……はい。分かりました、アデル様。私も食べたいです。ご一緒してもよろしいですか?」


「もちろんだとも。ケイもミリアも我輩と一緒に食べよう」


 ……。


 頷くミリアの横で俺は愕然とした顔で立ち尽くす。

 アデルさんが心配そうに俺の顔を覗き込んできた。


「いったいどうしたというのだ? ケイよ」


 ……。


 俺は引きつる笑みでアデルさんに問いかけた。


 あの……そういえば、船っていつ出発するんですか?



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