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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部序章 後・上編】 砂塵の騎士団 【上】
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頼るべき仲間【21】


「そら、単なるお前の聞き間違いや」


 そっかなぁ。


 呟いて、俺は助手席の窓へと視線を移した。

 窓から見える都内の風景。

 俺はぽつりと言葉を続ける。


 芸能人でもコード・ネーム保持者は必ず一人はいると思う。その可能性を否定できないのは確かだ。


「だからって【杉下ゆいな】に限定することはないやろ。お前の願望ちゃうんか?」


 でも彼女自身が番組で言ってたんだ。頭の中に小さいおっちゃんがいるって。


 チャラい格好のJが、ノリの良い曲に合わせてハンドルを指で軽く叩いてリズムをとりながら言ってくる。


「そんなん番組のネタで言わされとっただけちゃうんか? ウソホン番組のレギュラー枠なんやろ? 彼女」


 やっぱりネタで言わされてただけなのかなぁ。


「【杉下ゆいな】が一度でも自分のコード・ネームのこと言うたことあるか?」


 いや、それはないけど……


「せやったら、それは単なるお前の妄想や。確認のしようも無いしな」


 だよな。確認のしようが無いんだよなぁ。


「夢見過ぎや。忘れた方がええ」


 うん。そうする。


 ちょうど曲が終わって。

 新たな曲が始まった。

 それに合わせるかのように、Jが話題を変えてきた。


「腹減ったやろ?」


 俺は腕時計を確認する。


 あー、もうすぐ昼になるんだな。


「待ち合わせに遅れたから何か奢ったる。何食いたい?」


 い、いいよ別に。俺が呼び出したんだし。


「ええって。年上やし、奢ったる。あんま高いモンは奢ってやれんけどな」


 ……。


 無言で、俺は都内の風景へと視線を移す。

 正直腹は減っている。だが、それよりも先にやるべき事をしなければ。

 俺は表情を変えると、Jに向け、重く口を開いた。


 ごめん、J。実は時間がないんだ。


「時間がないやと?」


 ……。


 俺は頷く。


 ダチが、向こうの世界に引き込まれたまま帰ってきていないんだ。

 俺はそれを助けたい。

 その為にはこの世界で誰かの協力が必要なんだ。

 Jーー俺に協力してくれないか?


 真剣に話を切り出した俺に気遣ってか、Jが車の音楽を止めてくれた。

 尋ねてくる。


「それはつまり、ダチがコード・ネーム保持者だったっちゅーことか?」


 ……たぶん。


「たぶんやと?」


 分からないんだ。向こうの世界に引き込まれたまま戻ってこないから。


「戻ろうと思えば戻れるんちゃうんか? ログアウトすればええだけの話やろ」


 それができないんだ。きっと、できないようにされている。向こうの世界の奴に……。


 人質にとられている、とは話せなかった。

 俺は言葉を続ける。


 だから向こうの世界でダチを捜したいんだ。ダチの顔を知ってるのは俺だけだし、捜せるのも俺だけだから……。


「だから俺にどう協力せぇちゅうんや?」


 俺が向こうの世界に行けるのは寝ている時だけだ。だからその間、寝ている俺の体を保護してほしい。

 向こうの世界の話なんて誰が信じる? 両親やダチに話したって、頭の具合を疑われるだけだ。きっと、目が覚めたらまた病院の中だ。

 でもJならーー事情を知ってるコード・ネーム保持者同士のJなら、俺がなんで寝ているのかも、そして絶対に目を覚ますことも分かってくれる。


「せやったら、俺と一緒に行けばええんちゃうんか? その方が時間も止まるし、日常に不都合ないやろ」


 可能なのか?


「ただし先方からの│声が聞こえてきた時(お呼びだし)に限りやけどな。それがいつになるかは約束でけへん」


 それじゃ遅いんだ。


「そんなに時間ないんか?」


 ダチはもう何日もこっちの世界に戻ってきていないんだ。このままだとこっちの世界のダチの体が保たない。


「……」


 頼む、J。俺に協力してくれないか?


 Jは答えてこなかった。

 ただ何かを考え込むように前を向き、ハンドルをトントンと指で叩き続ける。

 車が赤信号で止まった。

 一時的にエンジン音が消え、車内が無音の時間に包まれる。


 ……。


 しばらくして。

 Jがぽつりと言葉を切り出した。


「ログアウト出来るんか?」


 え、誰?


「お前」


 俺?


「前に病院で言うてたやろ。お前だけログアウト機能がついてへんて。

 それ、改善出来たんか?」


 ……。


「まさかそれも出来んと、俺に協力頼んどるわけやないやろな?」


 それは……向こうの世界のおっちゃんがちゃんとやってくれると思う。


「ほんまそいつ信用出来る奴なんか? 騙されてお前も帰れなくなってしもたらどないすんねん。そこまで考えとるんか?」


 そんなことーー


「お前は自業自得でそれでええかもしれん。けど、俺はどないすんねん? お前の両親とは何の面識もない。世間から見れば、俺とお前はネットで知り会うただけの赤の他人や。

 こんなん一歩間違えば誘拐犯や。それに加えてお前も目覚めんと、俺殺人犯やんか。

 他人を地獄に突き落としてでもやり通そうとしていることがあるなら、それはやり方として間違っとるんちゃうんか?」


 ……。


 俺は窓の外へと視線を逸らした。

 信号が変わり、車にエンジンがかかって動き出す。

 窓の外へと視線を向けたまま、俺はぽつりと答える。


 最初は一人で死んでもいいと思った。誰も犠牲にせず、ダチを救った後に死を迎えるなら、それでもいいと思った。


「……」


 でもそれじゃダメなんだって気付いたんだ。俺一人の力じゃどうしようもできないんだって。

 誰かの協力無しだとダチは救えない。みんなに頼み込んででも協力してもらわないとダメなんだって、分かったんだ。

 ーーそれに気付かせてくれたのは、俺の頭の中に居るおっちゃんだった。向こうの世界のおっちゃんが、俺にそう教えてくれたんだ。


 俺は視線をJへと向ける。


 戻ってくるよ、必ず。

 限らた時間の中でダチを捜し、でも時間が来たらどんな手段を使ってでも、俺はこの世界に戻るんだ。

 ーーこの世界が、俺の生きていく世界だから。



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