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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部序章 後・上編】 砂塵の騎士団 【上】
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運命の悪戯【20】


 待ち合わせの渋井駅モヤイ像前ーー。


 俺は腕時計をチラチラと気にしながら、その辺をうろうろ歩きJを待っていた。

 待ち合わせの時間はとっくに過ぎている。

 Jが今どこで何をしているのかさっぱり分からなかった。

 周囲を見回せば、どいつもこいつも携帯電話で電話しているか、画面を触って遊んでいる。

 完全に俺はこの場で浮いた存在だった。

 ふと見れば、俺と同じ年くらいの奴でさえ携帯電話を持っていた。

 それに気をとられ、余所見をしていた時だった。

 誰かが俺の肩にぶつかってきた。

 転びまではしなかったものの。

 ぶつかってきた相手は、派手にピアスをつけた金髪のヤバそうな男だった。

 そいつはガムをくちゃくちゃ噛みながら、俺を睨んで舌打ちしてくる。


「馬鹿が。そんなとこ突っ立ってんじゃねーよ、クソガキが」


 唾とともにそう吐き捨てて。

 男は再び携帯電話の画面を操作しながら、どこかへ行ってしまった。


 ……。


 溜め息を吐いて。

 俺は適当な場所に腰掛けることにした。

 その隣で、二人の女性が携帯電話の画面を見せ合いしながら楽しそうに笑っていた。


「ねぇ見て見て。今度捕まえた私の新しい彼氏~」


「ウソ、それちょっとイケてなくない?」


「でしょ~? でもまだキープぅ。今度ランク上の合コン行くんだけどさぁ」


 反対隣では男が何やら携帯電話で話している。


「マジだって。お前が一番だから。ほんと愛してる。ーーはぁ? 俺の愛を疑うのかよ? マジうぜぇ、お前。じゃぁ俺と別れんのか? ーーだろ? 信じろよ。ほんとほんと。この前の女は遊びだから。お前が一番だって。ほんとマジ、お前のこと愛してる。もう切るぞ、じゃぁな」


 ……。


 俺の前を通り過ぎていくバンドっぽい格好をした人が、ヘッドホンから音を垂れ流しながら携帯電話を操作している。


 見回せば。

 みんな携帯電話だらけ。

 ゲームや音楽やインターネット、それに観光客の自撮り撮影と。


 ……。


 俺は視線をお空へと向けた。

 内心思う。


 なんで俺、携帯電話持ってないんだろう……。


 視線を落として溜め息一つ。

 なんだろう、この疎外感。

 時代に取り残された浦島太郎の気分だ。

 誰にでもなく呟く。


 俺も携帯電話が欲しいなぁ……。


『暇そうだな。俺と一緒に“しりとり”遊びでもしないか?』


 遠慮しとく。


『くっ! なぜだ? 俺もお前がこっちに来るまでスゲー暇なんだ』


 だからって、なんで“しりとり”なんだよ?


『よし。じゃぁこれならどうだ? フレイマー・ソウシャルびぃぃぃぃーー』


 意味わかんねーよ。つか、なんなんだよ? そのソーシャルなんたらって。


『哲学の無い奴だな』


 なぁ、おっちゃん。哲学の意味をもう一度調べてこいよ。きっと間違ってるから。


『ーーらば、こんな遊びはどうだ? ドルパ』


 くだらねーし、意味わかんねー。もういいから黙っててくれ。


 俺は投げやりに会話を打ち切った。

 おっちゃんが鼻で笑ってくる。


『お前の負けだな』


 何がだよ?


『会話しりとりだ。今までちゃんと繋がっていたのに残念だ』


 馬ッッ鹿じゃねーのか?


『お前これ、結構頭使うんだぞ。なんせ相手が言ってくるであろう言葉を予見し、語尾と頭が繋がるように会話を成立させなければならないんだからな』


 いや、支離滅裂だったよ。おっちゃん。残念だけれど。


『よし、じゃぁもう一度やるぞ。お前が負けたからお前が先な』


 やらない。一人で勝手にやってろ。


『“ろ”、か。ロクな奴じゃないな、お前。はい、次お前の番』


 ……。


 俺はおっちゃんとの交信を強制的に遮断した。

 溜め息を一つ。

 そして腕時計を確認する。

 

 もう三十分は過ぎた。

 いったいいつになったらJは来るんだろう。

 何かあったんだろうか?


 ふと。

 俺の隣に座っていた男がどこかへ行ってしまった。

 入れ替わるように、ボーイッシュな格好をした一人の少女が、携帯電話を耳に当て、誰かと会話しながら腰を下ろしてくる。

 よく見れば。

 その少女は後ろ髪を全部帽子の中へ詰め込んでいるようで、それでいて大きな黒縁眼鏡に大きなマスクで顔下半分を隠している。

 たしかに冬も近いし、風邪予防ということもあるかもしれない。

 でもなんかちょっと変わってんなぁ。


 少女が声を潜ませ、電話先の誰かと会話を続ける。


「そうだお。あれから番組に有力な情報がこないんだお」


 あれ? この特長的な語尾、どこかで聞いたような……


 俺は内心ふと思う。


「きっともうKは見つからないお。9もこれ以上、ここでの情報はもうお手上げだって言ってたお」


 K? しかも9だと?


 俺は怪訝に少女へと目を向けた。

 少女と目が合う。

 すると、少女がすぐに俺と視線を逸らして慌てて立ち上がる。


「ちょっと待つお。今なんか隣の変なイケメンに睨まれてしまったお。だから移動しながら話すお。でももうすぐ本番収録始まるから仕事に戻らないといけないお。マネージャーさんに怒られるから今夜にでもまた電話するお」


 焦るように電話を切って。

 少女は小走りに去って行った。


 ……。


 呆然とそれを見送るように。

 俺はその場から動けずにいた。

 すると、俺の隣に居た女性二人がひそひそと話し出す。


「ねぇ、今のASAKAの【杉下ゆいな】に似てなかった?」


「まっさかー。わけないじゃん。服装もダサかったし。それにこんなところに一人で居たら大騒ぎじゃすまなくなるって」


「何かのドッキリ撮影とか?」


「ないない。絶対ないから」


 ……。


 いや、うん。ほんと。ナイナイ。絶対ない。

 そう俺は内心で自分に言い聞かす。

 ふと。

 Jがにこやかな笑顔で俺のところへとやってくる。


「まいどー。悪ぃ、K。ずいぶん待ったやろ?

 実はな、来る途中で事故の渋滞に巻き込まれてしもてーーん? どしたんや、K。何かあったんか?」


 真剣に。

 俺はJに向き直り、重く話を切り出した。


 聞いてくれ、J。ーーもしも、【杉下ゆいな】がコード・ネーム保持者だったら……どうする?


「いったい何があってそういう妄想に行き着いたんや?」


  

※ モヤイ像の

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