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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第一部】 おっちゃんが何かと俺の邪魔をする。
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第15話 黒騎士、開戦。


 地下から一階へ。

 俺たちは大広間に向けて駆け出した。

 廊下を走り進むにつれ、しだいに多くなる兵の数。

 古城に明かりが点っているのは外が暗いせいか。

 人がごった返すその中を、俺とJは掻き分けるようにして大広間へと突き進んだ。


 一階の大広間に出て、俺とJは目を疑うようにして足を止める。


 そこから見える古城の外は一面火の海と化していた。

 空はすでに闇に覆われており真っ暗で、光は唯一古城の中だけだった。

 隊長からの指令か、古城内では大勢の兵が光の球体を虚空に宿し、魔物に攻め込まれないよう守っている。

 外の戦火の中を蔓延る無数の魔物。

 兵士たちが武器や魔法を駆使して応戦してはいるものの、要塞を越えてまだまだ大小ありとあらゆる魔物が無限の波のように押し寄せてきていた。

 無事な建物と言えば、もうこの古城だけだ。

 倒しても倒しても数が減ることはなく、時を追うごとにしだいに増えていくばかりだった。

 圧倒的な数と奇襲に押され、戦況は劣勢。

 たくさんの兵士たちが目の前で魔物に殺されていく。

 目を伏せたくなるような現実。光景が残酷過ぎて俺は直視することができなかった。


 Jが俺に声を掛けてくる。


「このままここに突っ立っとるわけにはいかんやろ。正直こんだけの数の魔物を相手にできん。それに加えて黒騎士や。ここで死ぬんは目に見えとる。俺は先に向こうの世界に帰っとるから、お前ンとこの奴にもよろしゅー言うといてや」


 去ろうとするJの腕を俺は無言で掴んで引き止めた。その足元でも白い子犬が俺を真似るようにしてJの足に噛み付く。

 Jが噛まれた足と掴まれた腕を見下ろし、不機嫌な声で俺に言ってくる。


「なんやねん、お前ら。戦うんやったら勝手にせぇや」


 手を貸してくれ。


「言うとくけど、これで戦ったからとゲームみたいに経験値がたまって強くなったりはせぇへんからな。復活はどうか知らんが、少なくとも俺の目の前で死んだ奴が復活したんは見たことない。痛いモンは痛いし、死ぬ時は死ぬんちゃうんか?」


 それでも手を貸してほしいんだ。


「お前、自分で何言うとんかわかってんのか?」


 わかっている。


 答えて、俺は心の中でおっちゃんに話しかける。


 これは俺が招いたことだ。黒騎士と戦って事態を収拾したい。どうすればいい?


『戦況はだいたい読めた。後のことは俺がやる』


 やるってどうやって?


『それは秘密だ』


 冗談言ってる場合じゃないだろ。何か指示してくれ。


『お前には色々悪かったと思っている。お前がこっちに来てくれたお陰で新米の黒騎士どもをギャフンと言わせることが出来た。まぁ懲りてない奴もいたがそれはそれだ。お前はもう充分だ』


 おっちゃん!


『今すぐお前をそこからログアウトさせてやりたいところだが、俺は今手が離せない。ログアウトの仕方を教えてやるから自分で──』


 こんな状態で俺だけログアウトできるかよ!


『気持ちはわかる。だがお前がそこにいても状況は変わらない。下手にクトゥルクの力を使えば事態はもっと最悪になる』


 だけど!


『俺ももうすぐそこに着く。とにかくお前は早くそこからログアウトしろ。後のことは──』


 待てよ。おっちゃんがここに来るまであとどのくらいかかる?


『少なくとも数十分だ』


 それまでこの状態のままなのか? その間に魔物や黒騎士が攻め込んできたらどうする?


『余計なことは考えるな。お前は自分のことだけを考えてろ』


 余計なこと? これは俺が招いたことだ。おっちゃんがここに来るまで俺が黒騎士と戦う


『馬鹿を言うな。新米の黒騎士だけを相手するならともかく、今お前のところには指揮クラスの黒騎士も来ているんだぞ。それを一度に相手となるとクトゥルクの封印を完全に解かなければならなくなる。奴らに居場所が見つかっただけでも厄介だというのに戦いを挑むなど墓穴もいいとこだ』


 俺が悪いんだ。おっちゃんの言う通りにクトゥルクの力を使わなければこんなことにはならなかった。


『そう思うのなら尚更俺の指示には従え。奴らと戦うな』


 俺にここの人達を見殺せっていうのか?


『これ以上変な気を起こそうとするな。お前が奴らに捕まればこの世界全てがクトゥルクの犠牲になる。俺の言うことがわかるか? 今クトゥルクを使うのはタイミングが悪いと言っているんだ。二度警告する。奴らと戦うな』


 突如、上階部分が崩落する音が聞こえてきた。

 見上げれば城に大穴が開き、そこから顔をのぞかせてくる一匹の大型(サソリ)。その背には黒いローブを着たファンキーな男がいた。

 男が蠍の背から階下を見下ろし狂喜(きょうき)に叫ぶ。


「ヒャッハー! お前らの避難場所を崩してやったぜ! 魔物に喰われながら阿鼻叫喚に泣き叫べ!」


 大穴から一気に魔物が押し寄せてくる。

 進入してくる魔物に古城内は混乱し、戦いが始まった。


 その最中で、俺とJは離れ離れになりそれぞれの戦いを強いられる。

 俺の目前に立ちふさがる一頭の魔物。

 そばに居た白い子犬が俺に向けて一吠えし、指示を待っていることを目で伝えてくる。


 ダメだ。お前の力は使えない。


『Jのそばを離れるな!』


 無理だ。俺、このまま魔物に殺される。


『くそッ、間に合わねぇか! もっと早く走れ、このウスノロども!』


 魔物が俺に向けて一撃を振り下ろしてくる。

 覚悟したその時。

 俺を庇って一人の兵士がその一撃の犠牲となった。


 ──あれは!


 一撃の威力で吹っ飛ばされていく兵士に、俺は見覚えがあった。

 魔物の一撃を受けて吹き飛ばされたのは紛れもない、エマのお兄さんだった。

 俺は叫ばずにいられなかった。エマのお兄さんを追って無心で駆け出す。

 そんな俺の前に魔物が邪魔するように立ちふさがる。


 俺は足を止めるしかなかった。

 そう簡単に見逃がしてくれるはずがない。

 再び魔物が一撃を振り下ろしてくる。


 くそっ!


 俺は反射的に両腕で顔を覆い、防御の構えを取った。

 ──瞬間、金属音が聞こえてきて。


 恐る恐る防御を解いてみれば、そこには一人の見知った女性の背があった。

 俺の代わりに魔物の攻撃を剣で受け止めてくれている女性。

 女剣士隊長──シェイリーン、その人だった。


 シェイリーンが俺に向けて言ってくる。

「行きなさい!」


 俺は呆然とした。


 どうして俺を……?


「何をしているの! 早く行きなさい!」


 俺は無言で頷くと、その場を駆け出した。

 魔物の横を過ぎ去り、エマのお兄さんのところへと駆け寄る。

 うつ伏せで、ぐったりと床に倒れているエマのお兄さん。

 たどり着いた俺はすぐに彼の傍に座り込み、急いで抱き起こした。


 声をかけようとしてハッとする。

 力抜ける思いで肩を落とし、俺はかけようとした言葉を止め、そのまま静かに彼を見つめた。


 ……助からないのは明らかだった。

 何と声かけていいかわからず、ただそれが分かった途端に俺の目から止め処なく涙があふれてきた。

 震える声で、俺は謝る。


 ごめん。全部俺が悪いんだ。

 

 エマのお兄さんは最後に微かに笑って、弱々しい声で返してきた。


「お前は……何も悪くない……。ここは……戦場だ。いつか、こうなることは……覚悟していた」


 そして俺に血まみれの家族写真を手渡してくる。


「エマには……帰りが遅くなると、伝えてくれ……。俺の存在だけが……生き甲斐なんだ」


 だったらこんなところで死ぬなよ。エマの手料理を食べに帰るんだろう? きっと、ずっと帰りを待つことになる。


「それで、いい。それで……いいんだ。

 こうなることは……わかっていたはずなのに……どうして俺はあの時、アイツの手料理を食べず……家を出てしまったのだろう……」


 そう言い残して、エマのお兄さんは静かに息を引き取った。


 俺は写真を受け取り、エマのお兄さんをそっと床に寝かせる。

 少しでも楽な体勢でいられるようにと。

 返らぬ言葉と分かっていながら、俺はエマのお兄さんに話しかける。


 なんでだよ? なんで俺なんかをかばったんだ?

 これは全部俺が招いたことだったのに。

 俺、エマに顔合わせられないよ。

 連れて帰るって約束していたんだ。


 泣く間もなく、大きな影が俺を覆う。

 見上げればそこに、二足立ちで黒い大熊の魔物が敵意むき出しで吠えてきた。

 そう、ここは戦場だ。いつまでも悲しみに浸れない。


 目の前で次々と人が死んでいく。

 その光景を目にしながら、自分自身もそうなるのだと確信する。


 このままずっと何の抵抗せずに死を受け入れなければならないのか?


 大熊が俺に向かって腕を振り上げてくる。

 逃げなければならない状況なのに、俺は一歩もそこから動かずにいた。


 ドクン、と。

 鼓動が高鳴る。

 今までとは違う強い力が激しく俺の全身を駆け巡った。


 力を抑え込む理由? 抑え込めば、俺はここで死ぬだけだ。


 懺悔でもなく、怒りでもなく、生き残る為の力──。

 まるで誰かに精神を乗っ取られたかのように、体が勝手に動き出す。

 迎え撃つつもりで、俺はその場から立ち上がった。


 大熊が俺に狙いを定めて一気に腕を振り下ろしてくる。


 それと同時に、俺の頭から足先までの全身を白く包み込むモノがあった。

 白い犬の毛皮。

 守るようにして、俺はその毛皮に全身を包まれる。

 子犬の言葉が俺の耳に届いた気がした。


 俺に戦えというのか?

 クトゥルクの力を使って。


 体が自然とその言葉に応え、動き出す。

 気付けば俺は振り下ろされてくる大熊の手を、片手一つで受け止めていた。

 脳裏に浮かぶ複雑構成の魔法陣。

 俺はその魔法陣を脳裏に留めたまま静かに大熊の目を見つめた。

 無意識に口から漏れる言葉。


 消えろ。


 言葉が呪文であるかのように、大熊の体は白光し、弾け飛ぶようにして霧散した。




 ※




 ──その後はぶっつりと。

 なぜか記憶が途切れてしまったかのように思い出せない。

 空白の部分というのだろうか。

 自分が何をして、どういう行動をとっていたのか。

 なぜこんな状態になってしまったのか。

 全く思い出せなかった。

 誰かに意識を乗っ取られ、体を操られていた感覚はある。

 おっちゃんの怒鳴り声が頭の中に響くまで、俺は何をしていたのか……分からずにいた。




 ◆




 破壊された要塞の門をくぐり抜け、黒衣に身を包んだ人物が五人──前二後三で黒馬に乗って現れる。

 戦火の中を落ち着いた足取りで馬を歩かせ、古城へ向かっている途中だった。


 一人の黒衣の人物がフードの中から退屈そうに声を漏らす。


「あーぁ、つまんなーい。強い力を感じて来てみればもうこれで終わり? 何これ、ちょーつまんない。アリアちょーつまんなぁい」

「黙れ雷女」

「むッ!」


 黒衣の人物――アリアは、右隣の人物をキッと睨みつけた。


「赤猿のくせに人間の言葉しゃべるなんて生意気。アリアむかつく! ちょーむかつく!」


 言葉を受けて右隣の人物が怒りに両手をわななかせる。


「なんだと、コラ。燃やされてぇのか?」

「ふぉっふぉ。若者は相変わらず血気盛んじゃのぉ」


 しわがれた声で、アリアの左隣にいた黒衣の老人が会話を裂く。


「ちょうど退屈しておったとこじゃ。喧嘩するならまずはワシが相手となろう」


 ……。

 その言葉に二人は会話を打ち止め、大人しく黙り込んだ。この老人には勝てないことがわかっているからだ。


 先頭を行く人物二人が背後を無視して会話を始める。


(イクス)。この世界に引き込む前に俺と約束したことを覚えているか?」


 Xはフードの奥からやんわりとした声音で答える。


「はい、わかっていますセガールさん。僕はKとは戦いません」

「そうだ。Kと対面しても戦うな。お前の力はまだ不完全だ」


 後ろから威勢の良い声で挙手するアリア。


「はいはーい質問! アリアしつもぉーん、セガールにしつもぉーん!」

「オレ等はクトゥルクと戦ってもいいんだよな?」


 割り込むようにして右隣の黒衣──赤猿が、先にセガールに言葉を発した。


「むッ! また邪魔したわね、赤猿」

「へっへーんだ」

「ちょーむかつく!」

「これこれ。喧嘩をするでない、若者たちよ」


 背後の三人の様子を気に留めることなく、セガールは答える。


「戦うなとは言わん。だがKの使うクトゥルクの力を甘くみるな。Kが使うクトゥルクの力は本物だ」


 老人が口を挟む。


「怖いもの知らずに走るとは、やはり血気盛んな若者のやることよのぉ。クトゥルクを制すは世界を制す。さきほど奴が使ってきたクトゥルクの力は所詮借り物。クトゥルクの本当の力はあんなものではないわい」


 アリアが驚いた声で言う。


「えー! じゃぁもしかしてさっきのアイツ、クトゥルクの偽者!?」


 セガールが笑う。


「偽者? それは違うな。偽者というより、クトゥルクに最も近い存在と言うべきか」


 赤猿が口を挟む。


「偽者じゃないなら本物ってことか?」

「本物でもないな。本物はただ一人、Kだけだ」


 アリアと赤猿が声をそろえて尋ねる。


「「結局どっち?」」


 老人が答える。


「元々、奴は黒の騎士団の一人――我々とは同志だった男じゃ」


 ──フッ、と。

 砦内の全ての戦火が一瞬にして消えた。


 蔓延っていた魔物も次々と光に姿を変えて散っていく。

 目の前で消えていく魔物たちにアリアが悲しみの声をあげる。


「きゃーん。私たちのかわいい魔物ちゃん達がぁー!」

「どうせ闇からまた生まれてくるだろうが。嘆くほどのモンか?」

「むッ! 赤猿のくせに、また人間の言葉を……」


 セガールが片手を挙げて二人を黙らせる。


 混沌と静まり返る闇。

 何かが起こる前触れか。

 セガールは無言で合図をして四人をその場に留めた。

 累々と散乱する敵兵の屍と戦いの傷跡。

 残る建物は古城のみ。

 こちらの戦況がいかに優勢であったかを物語っている。

 しかし──。

 セガールは古城を見つめて呟く。


「戦況が変わった、か……」


 暗闇が支配する中で、天を突き抜け一筋の光が古城に降り注いだ。

 古城に空いた大穴から新米黒騎士が悲鳴を上げながら落ちていく。

 きっと乗っていた(サソリ)が消えたのだろう。


 同時に、大穴から一人の人物が姿を見せる。

 白犬の毛皮で身を覆った少年だった。


 老人が興奮の声を漏らす。


「ついに現れたか、クトゥルクよ。その姿、まさに【戦場の白い鬼神】。

 若人よ、あの姿を目に焼きつけるがよい。かつて戦場を支配し、森羅万象を制した恐るべき無限の力。その呪われし力を体内に秘める人間こそが、まさに神の生まれ変わりということなのじゃよ」


 セガールはフードの奥から微笑した。


「どうやらクトゥルクの力に呑まれてしまったようだな、Kよ。そのまま人格ごと消し飛んで神となれ。その方が、こちらとしても拉致し甲斐がある」




 ◆




『目を覚ませ、この馬鹿野郎が!』


 ──ハッ、と。

 俺が意識を取り戻したのは、頭の中でおっちゃんの怒鳴り声が聞こえた時だった。


 ……あれ?


 何が起こったのか理解できず、俺は辺りを見回す。

 いつの間に俺は古城の外に出たんだろう。

 外はあんなに燃えていたのに知らない内に鎮火しており、砦内は何かが暴れまわったように破壊され滅茶苦茶な感じになっていた。その上無数の魔物が周りを囲んでいて、俺は光る蜘蛛の巣の中心で身動きが取れなくない状態でいた。

 最悪なことに、俺の目の前には一人の老人の黒騎士がいる。

 そしてその後ろには黒い鎧を着たセガールと、傷だらけの二人の黒騎士、そして少し離れた場所にもう一人の黒騎士の姿があった。

 

『最悪だな』


 なんか知らんがほんと最悪だ。いったい何がどうしてこうなった?


『どうやらお前を起こすタイミングを間違えてしまったようだ。悪いことは言わん。お前、もう一度クトゥルクの力に呑まれろ』


 ふざけろ、てめぇ。


『冗談だ。まぁ待ってろ。もうすぐそっちに着く。それまで拉致されないよう何とか場を持ちこたえるんだ』


 無茶言うな。数秒も持たねぇよ、この状況。


 俺の前に居た老人の黒騎士が、いきなり俺の首を片手で掴んで絞め上げてくる。


「急に大人しくなったかと思えば、どうやら意識を取り戻したようじゃのぉ。取り戻したところでもはや手遅れ。クトゥルクの力は手に入れたも同然じゃ」


 セガールが老人の黒騎士に言う。


「急げ、ランドルフ。Kの意識を奪いしだい、ここを去る」


 ふむ。諦めるように呟いて、老人──ランドルフは俺の首から手を退けた。

 苦しみから解放され、俺は激しく咳き込む。

 すぐに額を鷲掴みされ、ランドルフが呪文を詠唱し始める。


 オイ、おっちゃん! なんかマジでヤバイぞ、この状況!

 ──おっちゃん!


 くそっ、返事すら無しかよ。もうダメだ。なんかすげー眠くなってきた。


 俺はしだいに眠りへと落ちていく。

 混沌と落ち行く意識の中で、気のせいか。

 低く唸るような地響きを耳にした。

 それはだんだんと大きくなり、体感するほどの振動となって。

 俺が完全に意識を落としかけようとした時、ランドルフは呪文を中断した。そして驚愕に声を上げる。


「なッ! 戦闘象(シッガールタ)の大群じゃと!?」

 

 その言葉を耳にして、俺は眠気で重くなった(まぶた)を必死に開いた。

 歪んだ視界の先に見たもの。

 それは地響きを轟かせて砦に押し寄せてきたのは、象の大群だった。


 先頭を走っていた一頭の象が真っ直ぐにこちらへと突っ込んでくる。

 鋭く大きい牙で道ふさぐ魔物どもを蹴散らしながら、走りを止めずに猛進し。

 牙から逃げるようにして黒騎士たちがその場を散っていった。

 俺は逃げることもできず、その場に留まり続け。

 そして象は走りを止めず真っ直ぐ俺に突っ込んできた──。


 俺の体は象の長い鼻に巻かれ、空高く宙に放り投げられる。

 一時の浮遊感、そして落下。


「受け取れ、J!」


 頭の中からではなく直接、どこからかおっちゃんの声が聞こえてきた。


 おっちゃん?


 俺はおっちゃんの姿を確認しようとしたが、確認する間もなく、ビースト化したJにラグビーボールのようにしてキャッチされる。


 俺を受け取ってJが駆け出す。

 異常なほどの俊足で。

 象により切り開かれた道を真っ直ぐ導かれるように。

 壊れかけた砦門をくぐり抜け、Jは俺を抱えてあっという間に砦から出てしまった。


 だんだんと遠く小さくなっていく北の砦。

 それが闇の中へと消えていくような気がして。


 俺は眠るように重い瞼を閉じ、意識を落とした。




 ※




 どのくらい眠っていたのか。

 俺はゆっくりと目を覚ます。

 

 次に見えてきた光景はやけにハッキリと俺の目に留まった。 

 呆然と。

 斜め角度に傾いた椅子に仰向けになって寝座った状態で、俺はその光景をしばし見つめていた。

 頭が混乱している。

 ここはどこだと言うよりも見れば分かる覚えある風景。

 誰に問うまでもなかった。


 深夜に灯るコンビニの明かり。

 二十四時間買い物が出来る場所。

 それは妙に懐かしくもあり、見慣れた現実の風景でもあった。



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