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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部序章 後・上編】 砂塵の騎士団 【上】
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俺に足りないモノ【14】


 俺は生まれて初めて【武器屋】という場所に入った。


 うわ、すげー……。


 それ以上が言葉にならない。

 なんだろう、この感じ。

 まるで西洋歴史博物館に見学に来ているかのような、オークション高そうなインテリっていうか、なんかこう中世ヨーロッパを彷彿とさせるような。

 俺は物珍しげに店内を見て回った。

 別に店じたいはそんなに大きいわけじゃなく、個人ショップといった簡易で小さい店だ。

 物もそれほど多いわけではない。

 ありきたりな、だけどゲームでしか目にすることがない物。

 実物なんて初めて見た……。

 短い物から長い物。小さい物から大きい物。よく使われるであろうメジャーっぽい武器が、陳列棚や壁といった所に飾られ、取り揃えられていた。

 ーーあ。なんかこんな武器をファンタジー映画で見たことがある。

 ここはほんとはハリウッド映画撮影の舞台裏だったりして。

 そう思うと、俺の頬が自然と綻ぶ。

 いや、映画というよりなんか、こう、精密な再現ってわけじゃないけど、マフィアの武器庫っぽいとこみたいな本物の武器っぽいとこがとにかくヤバい。

 俺は興奮気味になっておっちゃんに熱く語り出す。


 なぁ、おっちゃん! これ、全部本物の武器なんだよな?


 するとおっちゃんが肩をすくめて答える。


『本物じゃないと戦闘時に困るな』


 マジでか、おっちゃん! マジで本物とかすげー! なぁ、ちょっとだけ触ってもいいかな?


『もちろんだ。実際手に取ってみてもいい』


 そう言って、おっちゃんが手短にあった│細剣レイピアに触れる。

 手に持ち、天井に翳して。

 刃の品定めをしながら、言葉を続けてくる。


『全部本物。戦闘時に当たり前に使われる武器だ』


 告げて、眺めていた細剣を下ろし、それを手先でくるりと回転させた後。

 ーーピタリと。

 おっちゃんが何事ない顔で、その細剣の刃を俺の首筋に当ててきた。

 ひやりと剣独特の、本物っぽい鉄のような感触が俺の肌を通し、実感として伝わってくる。

 おっちゃんが真顔で言い放つ。


『武器さえあれば、どんな魔物もスパッと簡単に斬り殺せる。ーーもちろん人間も例外じゃない』


 ……。


 冗談でもそれは笑えない。

 気分を害した俺は、苛立ちを顔に浮かべ、無言で首筋から細剣の刃を二つ指で摘まんで退けた。


『そう怒るな。冗談だ』


 軽く笑って、おっちゃんが言葉を続けてくる。


『お前がこの世界で生きていくとなると、相当ストレス溜めそうだな』


 俺はハッキリ言い返す。


 この世界で生きていく気は更々無い。


 おっちゃんが鼻で笑い飛ばす。


『拉致られといてよく言うよな、お前。

 言ったはずだ。“拉致られたら最後。お前は一生、この世界で生きていかなければならない”と』


 約束通り三十分で元の世界に戻してくれれば拉致られずに済む。それだけの自信が俺にはある。


『たかが三十分。されど三十分。

 ーーこの世界を嘗めてんのか? 坊主。力を使わないお前を拉致ることなんて一分ーーいや、三秒あれば充分だ』


 ……。


 おっちゃんが手首をかえして細剣の柄を俺に向けて差し出してくる。


『拉致られない自信があるんだろ? だったらそれを剣で証明してみろ』


 ……。


 俺は無言でそっぽを向き、受け取り拒否した。

 それを無理やりに、おっちゃんが俺の手に細剣を持たせてくる。


『今のは冗談だ。持つだけでいい。お前が誰も殺せないのは知っている』


 これを持ってどうなる?


『別にどうもないさ。ただ持てばいい。今だけの間、ほんの一瞬だ』


 ……。


 多少反抗的態度をとりながらも、俺は仕方なく言われた通りに細剣を受け取って握り締めた。


 で? 持ったから、何?


『重いか?』


 ……。


 問われ、俺は手持ちの細剣へと視線を落とす。

 軽く上下に振って、答える。


 別に。軽くもないけど重くもない。


『そうか。なら練習用としては悪くないな』


 俺は怪訝に眉をひそめる。


 練習用……?


 尋ねる俺を無視して、おっちゃんが俺の手から細剣を奪う。

 そのままスタスタと、おっちゃんは店奥へと足を進めた。

 カウンターに居た店主に声をかける。


『この細剣を一つもらおう』


「はいよ。一本でいいのかい?」


『別にこれから討伐に行くわけじゃない。それにこれは戦闘に向かない武器だ。素人の訓練用に使う』


「そうかい。今は街の外れで【レッドグル】が目撃されている。討伐する気がないなら安全に気をつけた方がいい」


『御忠告をどうも。代金はここに置いておく』


 言って。おっちゃんはポケットから数枚の銀貨を取り出し、カウンターに置いた。

 気付いた店主が引き止める。


「おっと、待ちな。お釣りが出る」


『釣りはいらん』


「そうかい。毎度おおきに」


 頭を下げる店主をよそに、俺とおっちゃんは武器屋をあとにした。








 ※








 街中を歩きながら、俺は嬉々としておっちゃんに尋ねる。


 なぁ、おっちゃん。【レッドグル】ってなんだ?


『お前には関係ない』


 そう冷たく吐き捨てて、おっちゃんが俺に細剣を押しつけてくる。

 再び気分を害した俺は、しかめっ面して無言でおっちゃんに細剣を押し返した。


『……』


 ……。


 再度おっちゃんが俺に細剣を押し戻してくる。

 それを再度、俺は無言で押し返した。


『……』


 ……。


 おっちゃんが急に拗ねた態度でそっぽを向き、裏声で言ってくる。


『もう! そんな態度とってくるんだったら、次に拉致られた時は突き放すからね! 私、知らないフリするんだから! もぅ激おこだよ、プンプン!』


 キメーよ、おっちゃん。普通にキモい。


 すると声を素に戻して、おっちゃんが真剣な表情で言ってくる。


『いや、マジな話をするが。

 お前せめて護身用の剣くらい持ったらどうだ? 毎度毎度素手だけで場を切り抜けるにも限界がある。お前の身に何かあってからじゃ遅い。誰も殺したくなければ、これの鞘で相手をぶん殴ればいい』


 じゃぁ棍棒をくれよ。打撃率百%的な。なんならトンファーでもいい。

 とにかく殺傷率低い打撃武器を与えてくれ。それなら俺持つよ。


『お前にトンファーは無理だ。暗殺術に体が優れている分、接近戦となると余計に殺傷能力が高くなる。

 お前の場合、相手の懐に入るような攻撃はそれだけ高度の手加減を要する。手加減出来ずにトンファーを持つお前は斬撃武器よりタチが悪い』


 俺が手加減する方かよ。


『そうだ。なるべく戦闘では相手から距離を置け。接近戦となると本能を押し殺すのが難しい。またそれに加えて高度なクトゥルク制御力も必要になってくる。まだお前にそれは無理だ』


 いや、でも俺、一応竜人騎士を相手に接近で殴った時はーー


『竜人騎士だと?』


 あ。いや、ごめん。今のは嘘。本気で間違えた。


 失言に気付き、俺は慌てて言葉を言い直す。


 竜人│兵士(‥)と戦った時には、上手くクトゥルクを制御出来た。コツは掴めたから今度も上手くーー


『ギリギリな。しかも成功出来たのはたったの一回だけだ。

 俺が多勢を相手にしたからこそ、お前は一対一で相手に挑むことが出来た。だがこれが俺無しで多勢となった場合、お前は理性を保っていられるのか?』


 なんだよ、それ。まるで俺がおっちゃん無しだと何も出来ないみたいにーー


『じゃぁ言われて実際出来るのか? 多勢の敵を相手にし、その上、黒騎士相手にも余裕でクトゥルク制御しながら理性を保ち、倒せるとでも?

 下手すればお前という人格が吹っ飛び、クトゥルクに自我を呑まれて鬼神と化す。そうなった場合、どうなるかをお前は考えたことがあるのか?』


 ……そ、それは俺だって、少しは考えたことだってあるさ。けどーー


 おっちゃんが指先でこめかみをトントンと軽く叩いて言ってくる。


『いいか、お前。事を真剣に考えろ。

 そうなった時は覚悟を決めるんだ』


 覚悟って、何? 死ぬ覚悟のことか?


『いや。自分が人殺しであることを受け止める覚悟だ』


 人を殺す? 俺が?


『そうだ。自我を取り戻した時、お前の足元には死体が転がっている。それもたくさんだ。その屍の上に立って、殺人者という呪われた罪の十字架を背負い、今後も生き続けていかなければならない。ーーその覚悟だ』


 ……。


 俺は視線を落として自分の両手を見つめた。

 ぽつりと呟く。


 なぁ、おっちゃん。


『なんだ?』


 今後もう二度と、俺に声をかけてこないでくれ。この世界は俺には合わない。あと、クトゥルクの力もおっちゃんに返すよ。俺には必要無い。


 おっちゃんが額に手を当てて溜め息を吐いてくる。


『そういう問題じゃなくてだな……』


 なぁ、おっちゃん。今更だけど、おっちゃんって頭おかしいだろ? なんでそんな簡単に人殺しの話とか口に出来るんだ?


 おっちゃんが舌打ちしてくる。

 そして俺の言葉を否定するように手を振って答える。


『お前なぁ。この世界では戦いが全てであり、戦争が当たり前の世界なんだ。それを今更ーーそれがこの世界の│常識ルールだと何度説明すればいい?』


 聞いたよ。何度も何度も何度も何度も耳にタコができるほど同じことを聞かされたよ。

 だから何だっていうんだ? 俺には関係ない。この世界の人間じゃないんだ。そんな常識、俺の世界では非常識だよ、間違ってる。

 だからもう二度とこの世界には呼ばないでくれ。変だよ、この世界。みんながみんな狂ってる。

 人を殺して当たり前とか、考えの基準がおかしすぎる。ほんと馬鹿げた世界だ。イカレてるよ。


『お前がこの世界のことをどう悪く言おうが、それは勝手だ。

 だがな、お前がこの世界に来なければ全てが片付くと、そう思うなら甘い考えだ。全てはもう始まった。お前がクトゥルクを使った時点でな。

 この世界にはお前の持つクトゥルクの力を求めている奴らがたくさん居る。助けを必要としている奴らだってたくさん居るんだ。ーーそれを忘れるな』


 だから、この力はおっちゃんに返すと何度も言ってるだろ! 俺が持っていたって何の役にも立たないし、ただの出来損ないでお荷物で無意味だ。しかも俺が何かする度に迷惑を被る人達だって居るのは確かだ。俺は疫病神以外の何者でもない。そこまで俺のことを分かって、そう言っているのか?


『無意味だからこそ意味がある。出来ることならとっくに返してもらっている。それが出来ないから、こうしてお前を連れ回しているんだ』


 ……。


 俺は溜め息を吐いた。

 ふてくされた態度でおっちゃんに言い返す。


 結局さ、おっちゃんも俺のことを都合の良いように利用しているだけなんだろ? ゲームの駒かなんかのように扱って、用が無くなったら使い捨ててさ。ほんとはそう思ってるんだろ? おっちゃんの本心なんて俺にはわかんねーよ。

 だから平気で騙したり、嘘ついたり、色んな物事を秘密にしたりして、俺を目的の場所に仕向けようとする。実際そうだろ?


『だからか? 誰に何言われたのか知らんが、自分はゲームの駒で都合の良いように利用されている。そう思い込んで、緊張感なくこの世界で過ごし、他人事のように楽観し、騙され、拉致られ、事件に巻き込まれて、終いにはこの世界と契約、監禁暮らし、他人に責任転嫁して俺を恨みながらジ・エンド。それでお前の人生は満足か?』


 ムッとして。俺はここぞとばかりに今までのイライラ分を言葉に代えて言い返す。


 神だか黒騎士だか魔王だかクトゥルクだか何だか知らないが、こんな最強の力なんてこの世からなくなっちまえばいいんだ! 俺がドブでも川でもトイレでも火山にでもどこの底にでも放り捨ててやるよ! 本当にゴミクズな力だよ、クトゥルクなんて!

 こんなカスじみた力さえくれなきゃ、俺はおっちゃんに振り回されず、現実世界で悠々自適に生きていけたんだよ! こんなーーこんなゴミみたいな世界なんて、俺に言わせればクソったれだ! ゴミ箱があればゴミ箱に叩き込んでやりたいくらいだ!


 おっちゃんの苛立ちもピークに達したのか、ガシガシと頭をかき乱して喚いてくる。


『もういい! もういい! もー分かった! お前の考えはよく分かった!』


 そして乱暴に俺の襟首をがしりと掴んでくる。


『俺が今から懇切丁寧に説明してやるからついて来い!』


 これのどこが懇切丁寧だよ!


 いがみ合い、罵り暴れ合いながら、俺はおっちゃんに連れていかれた。














    

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