くつろぎの空間へ、ようこそ【12】
ーーって、何が“ようこそ”だ! 本当にくつろげる場所なのか、ここは!?
俺は以前“勇者祭り”で来たことのあるこの場所ーー【水の都】と呼ばれる商都ーーの路地裏に姿を現し、開口一番にそう叫んだ。
ここでの思い出といえば、誘拐された時の恐怖。
血を見るし騒動に巻き込まれるしでロクなことしかなかった。
服装も当時のまま変わっていない。
気温も相変わらずの灼熱地獄の猛暑日で、湿度もなくカラ暑い。
本当に嫌な思い出しかない場所だ。
ーーあ。いや、そういや何か一つ変わっている。
俺はキョロキョロと辺りを見回した。
あの時と違うことは、おっちゃんが傍に居ないということだけか。
ふと、頭の中で声が聞こえてくる。
何事なく平然とした口調で、
『どうした? いきなり。何か叫びたいことでもあったのか?』
ピクリと、俺のこめかみに青筋が立つ。
俺は口端を引きつらせると、誰もいない路地裏で、両手をわななかせて喚いた。
自動音声案内ってなんだよ、あれ! あれから風呂に入っている時も勉強している時も、狂ったように何度も何度も同じことをずっと頭ン中でリピートしまくって流れ続けてたんだぞ! 迷惑行為にも程があるだろ!
しかも番号を選んでください番号を選んでくださいって、俺が番号を選択するまで同じ言葉を何度も頭ン中でリピートしまくって、挙げ句うるさいから、てきとーに番号選択した結果がこれだよ!
もういい加減にしろよ! 俺、勉強の途中だったんだぞ! しかも約束の十時前だったんだからな!
おっちゃんが鼻で笑ってくる。
『てきとーに選ぶからだろ。まぁ結果は結果だ。どの番号を選択しようと結果は同じだがな』
意味ねーことさせるなよ! 普通に十時に呼べばいいだろ!
『聞け。実はな、その自動音声はお前に取り付けた新しいオプションなんだ。その名もーー』
俺で遊んでんじゃねーよ! 今すぐこの無駄オプション外せよ!
『せっかく取り付けたんだ。そんなこと言うな。俺のガラスハートが傷つくだろ』
核シェルター並みの防弾ガラスの間違いだろ?
『せめてオプション名だけでも言わせてくれ。一生懸命寝ずに考えた名前なんだ。その俺の熱い努力の結晶を、お前は踏みにじる気か?』
無駄だよ! すげー無駄な時間だよ、それ!
どーでもいいから一旦元の世界に帰してくれ!
俺、まだ宿題の途中だったんだぞ? それにあの状態で両親に見つかったら確実に病院行きになる。
『まぁ落ち着いて俺の話を最後まで聞け。俺はな、お前にオプション名を言う瞬間をとても楽しみにしていたんだぞ。お前の反応をどれほど期待ーー』
もういいから言えよ、早く。聞いてやるから。
『そうか。よし、言うぞ。その名もーー……』
……。
『……』
……何? 言えよ、早く。
『……。あれ? なんだったか忘れた。忘れちまったなぁ。なんでだろう?』
……。
俺は両手で顔を覆うと、静かにその場に膝を折った。
さめざめと涙を流す。
なんだろう。このオヤジギャグ並みにどーでもいい感。
ホントどーでもいい。どーでもいいから俺を今すぐ元の世界に帰してください。もうこんな拷問じみたことは俺には辛過ぎる。どうかお願いします。もう耐えられません。勉強も頑張ります。宿題も弱音を吐かずに毎日欠かさず一生懸命頑張ります。母さんのお手伝いも喜んでやります。だからお願いです。俺を今すぐ元の世界に帰してください。
なんかもーすげー辛い。くだらな過ぎて辛い。こんな時間に付き合わされる俺の人生が悲しい……。
『切実に懇願してくるな。いいから聞け。今一生懸命思い出しているとこだ。オプション名はあれだ。あるだろうが、ほら、あれだ。あれは、なんだったか……』
あれってなんだよ? もういいよ。思い出さなくていいから……ーーってか、今どこに居るんだよ? おっちゃん。
『教えない』
教えないじゃねーだろ!
すると急に、俺の頭の中に別の声が聞こえてくる。
『へへ……。知ってることを全部吐けと言ったな?
ならば望み通り吐いてやるよ。お前の捜しているガキならこの俺が始末しーー』
言葉半ばで銃声が鳴り響く。
お、おっちゃん!?
おっちゃんが言ってくる。
『気にするな。こっちのことだ』
気にするよ! 銃撃っただろ! 人殺しただろ、今!
『何のことだ? 今のは俺のデカい屁の音だ。言わせんな、恥ずかしい』
違う! 絶対違う! 誤魔化すなよ! 言っとくけど俺、その音に聞き覚えあるんだからな! 神殿でセディスを撃った時と同じ音だった!
『あーあー、テステス。何を言っているのか全然聞こえねぇな』
それ本気で言ってんのか、おっちゃん!?
おっちゃんが急に真剣な声で言ってくる。
『お前を守る為だ』
え……俺を?
『そうだ。それにこれは俺自身の問題でもある』
おっちゃんの?
『だからいちいち聞いてくるな。軽く聞き流せ。
教えてやれるものは教えてやる。だが、教えられないものはーー』
言葉半ばで、もう一発の銃声が鳴る。
そしておっちゃんは平然と言葉を続けた。
『教えない。ただそれだけだ』
……。
しばし無言の間を置いた後、おっちゃんが静かに口を開く。
『とりあえずお前はそこに居ろ。絶対に動くなよ。一歩たりとも、だ。
お前が誘拐される度に死体を増やすのは趣味じゃないからな』
……。
この時俺はおっちゃんが恐ろしく思えた。目的の為ならどんな残酷な手段も平気で行動できる人なんだ、と。
少し言葉を躊躇った後、俺は恐る恐る問いかける。
なぁ、おっちゃん。
『なんだ?』
お、オリロアンって……ここから遠いのか?
『なぜそんなことを聞く?』
いや、ちょっと……そこに用事があって。
『……』
いや、あの、
するとおっちゃんが恐ろしいまでに声を落とし、怒った口調で言ってくる。
『お前、俺に何か隠しているだろう?』
え。いや、別に何も。
おっちゃんが溜め息を吐いて言う。
『ディーマンに何か言われたのか?』
ち、違う!
俺は慌てて首を振って否定した。
『じゃぁ誰がそう言った? 誰にそこに行けと脅されたんだ?』
だ、だから違うって。そんなんじゃない。ただ、その、な、なんとなく思いついたというか、き、聞いたんだ。人の話。たまたま勇者祭りの時に。
そこで祭りみたいなことをやるって話を聞いたから、そ、その、興味を持ったというか、行ってみたいなぁなんて……。
『……』
いや、あの、ほ、本当だって。そういう話を聞いたんだ。だから、その、行って本当かを確かめたいっていうか……その……あの……い、行きたいんだ。そこに。なんだかわからないけど。
俺はしどろもどろと話を取り繕った。真実を知られることに焦ったとはいえ、自分でも完璧という言い訳でもなかった。
案の定、おっちゃんが迷いなく鋭い声で俺に言ってくる。
『その取引には応じるな。すぐにそっちへ向かう。大人しくそこで待ってろ』
ぶつり、と。
交信は一方的にぶち切られた。
……。
俺は無言で顔に手を当てる。
やっぱり俺、嘘は苦手だ……。




