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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部序章 後・上編】 砂塵の騎士団 【上】
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くつろぎの空間へ、ようこそ【12】


 ーーって、何が“ようこそ”だ! 本当にくつろげる場所なのか、ここは!?


 俺は以前“勇者祭り”で来たことのあるこの場所ーー【水の都】と呼ばれる商都ーーの路地裏に姿を現し、開口一番にそう叫んだ。

 ここでの思い出といえば、誘拐された時の恐怖。

 血を見るし騒動に巻き込まれるしでロクなことしかなかった。

 服装も当時のまま変わっていない。

 気温も相変わらずの灼熱地獄の猛暑日で、湿度もなくカラ暑い。

 本当に嫌な思い出しかない場所だ。

 ーーあ。いや、そういや何か一つ変わっている。


 俺はキョロキョロと辺りを見回した。

 あの時と違うことは、おっちゃんが傍に居ないということだけか。

 ふと、頭の中で声が聞こえてくる。

 何事なく平然とした口調で、


『どうした? いきなり。何か叫びたいことでもあったのか?』


 ピクリと、俺のこめかみに青筋が立つ。

 俺は口端を引きつらせると、誰もいない路地裏で、両手をわななかせて喚いた。


 自動音声案内ってなんだよ、あれ! あれから風呂に入っている時も勉強している時も、狂ったように何度も何度も同じことをずっと頭ン中でリピートしまくって流れ続けてたんだぞ! 迷惑行為にも程があるだろ!

 しかも番号を選んでください番号を選んでくださいって、俺が番号を選択するまで同じ言葉を何度も頭ン中でリピートしまくって、挙げ句うるさいから、てきとーに番号選択した結果がこれだよ!

 もういい加減にしろよ! 俺、勉強の途中だったんだぞ! しかも約束の十時前だったんだからな!


 おっちゃんが鼻で笑ってくる。


『てきとーに選ぶからだろ。まぁ結果は結果だ。どの番号を選択しようと結果は同じだがな』


 意味ねーことさせるなよ! 普通に十時に呼べばいいだろ!


『聞け。実はな、その自動音声はお前に取り付けた新しいオプションなんだ。その名もーー』


 俺で遊んでんじゃねーよ! 今すぐこの無駄オプション外せよ!


『せっかく取り付けたんだ。そんなこと言うな。俺のガラスハートが傷つくだろ』


 核シェルター並みの防弾ガラスの間違いだろ?


『せめてオプション名だけでも言わせてくれ。一生懸命寝ずに考えた名前なんだ。その俺の熱い努力の結晶を、お前は踏みにじる気か?』


 無駄だよ! すげー無駄な時間だよ、それ!

 どーでもいいから一旦元の世界に帰してくれ!

 俺、まだ宿題の途中だったんだぞ? それにあの状態で両親に見つかったら確実に病院行きになる。


『まぁ落ち着いて俺の話を最後まで聞け。俺はな、お前にオプション名を言う瞬間をとても楽しみにしていたんだぞ。お前の反応をどれほど期待ーー』


 もういいから言えよ、早く。聞いてやるから。


『そうか。よし、言うぞ。その名もーー……』


 ……。


『……』


 ……何? 言えよ、早く。


『……。あれ? なんだったか忘れた。忘れちまったなぁ。なんでだろう?』


 ……。


 俺は両手で顔を覆うと、静かにその場に膝を折った。

 さめざめと涙を流す。


 なんだろう。このオヤジギャグ並みにどーでもいい感。

 ホントどーでもいい。どーでもいいから俺を今すぐ元の世界に帰してください。もうこんな拷問じみたことは俺には辛過ぎる。どうかお願いします。もう耐えられません。勉強も頑張ります。宿題も弱音を吐かずに毎日欠かさず一生懸命頑張ります。母さんのお手伝いも喜んでやります。だからお願いです。俺を今すぐ元の世界に帰してください。

 なんかもーすげー辛い。くだらな過ぎて辛い。こんな時間に付き合わされる俺の人生が悲しい……。


『切実に懇願してくるな。いいから聞け。今一生懸命思い出しているとこだ。オプション名はあれだ。あるだろうが、ほら、あれだ。あれは、なんだったか……』


 あれってなんだよ? もういいよ。思い出さなくていいから……ーーってか、今どこに居るんだよ? おっちゃん。


『教えない』


 教えないじゃねーだろ!


 すると急に、俺の頭の中に別の声が聞こえてくる。


『へへ……。知ってることを全部吐けと言ったな?

 ならば望み通り吐いてやるよ。お前の捜しているガキならこの俺が始末しーー』


 言葉半ばで銃声が鳴り響く。


 お、おっちゃん!?


 おっちゃんが言ってくる。


『気にするな。こっちのことだ』


 気にするよ! 銃撃っただろ! 人殺しただろ、今!


『何のことだ? 今のは俺のデカい屁の音だ。言わせんな、恥ずかしい』


 違う! 絶対違う! 誤魔化すなよ! 言っとくけど俺、その音に聞き覚えあるんだからな! 神殿でセディスを撃った時と同じ音だった!


『あーあー、テステス。何を言っているのか全然聞こえねぇな』


 それ本気で言ってんのか、おっちゃん!?


 おっちゃんが急に真剣な声で言ってくる。


『お前を守る為だ』


 え……俺を?


『そうだ。それにこれは俺自身の問題でもある』


 おっちゃんの?


『だからいちいち聞いてくるな。軽く聞き流せ。

 教えてやれるものは教えてやる。だが、教えられないものはーー』


 言葉半ばで、もう一発の銃声が鳴る。

 そしておっちゃんは平然と言葉を続けた。


『教えない。ただそれだけだ』


 ……。


 しばし無言の間を置いた後、おっちゃんが静かに口を開く。


『とりあえずお前はそこに居ろ。絶対に動くなよ。一歩たりとも、だ。

 お前が誘拐される度に死体を増やすのは趣味じゃないからな』


 ……。


 この時俺はおっちゃんが恐ろしく思えた。目的の為ならどんな残酷な手段も平気で行動できる人なんだ、と。

 少し言葉を躊躇った後、俺は恐る恐る問いかける。


 なぁ、おっちゃん。


『なんだ?』 


 お、オリロアンって……ここから遠いのか?


『なぜそんなことを聞く?』


 いや、ちょっと……そこに用事があって。


『……』


 いや、あの、


 するとおっちゃんが恐ろしいまでに声を落とし、怒った口調で言ってくる。


『お前、俺に何か隠しているだろう?』


 え。いや、別に何も。


 おっちゃんが溜め息を吐いて言う。


『ディーマンに何か言われたのか?』


 ち、違う!


 俺は慌てて首を振って否定した。


『じゃぁ誰がそう言った? 誰にそこに行けと脅されたんだ?』


 だ、だから違うって。そんなんじゃない。ただ、その、な、なんとなく思いついたというか、き、聞いたんだ。人の話。たまたま勇者祭りの時に。

 そこで祭りみたいなことをやるって話を聞いたから、そ、その、興味を持ったというか、行ってみたいなぁなんて……。


『……』


 いや、あの、ほ、本当だって。そういう話を聞いたんだ。だから、その、行って本当かを確かめたいっていうか……その……あの……い、行きたいんだ。そこに。なんだかわからないけど。


 俺はしどろもどろと話を取り繕った。真実を知られることに焦ったとはいえ、自分でも完璧という言い訳でもなかった。

 案の定、おっちゃんが迷いなく鋭い声で俺に言ってくる。


『その取引には応じるな。すぐにそっちへ向かう。大人しくそこで待ってろ』


 ぶつり、と。

 交信は一方的にぶち切られた。


 ……。


 俺は無言で顔に手を当てる。


 やっぱり俺、嘘は苦手だ……。



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