あの世界のことを考えるのは、もうやめよう【7】
帰宅して。
その日の夜ーー。
いつものように何事なく風呂に入って、夕食を済ませ、そしていつものように宿題を終えた深夜。
暗闇となった部屋の中で、俺はベッドで仰向けになり、天井を見つめていた。
魔法が使えて当たり前の時代、か……。
呟いて、俺は静かに目を閉じる。
その瞼に映るのは向こうの世界で現実のごとく見聞きし、この手に触れ、体験してきたこと。
もしあの世界が【ゲームの世界】ではなく、本当はこの地球の遠い未来の姿であるならば。
俺は黒江先生を止めるべきなのだろうか。
戦いが全ての、あの世界のようにならない為にも。
……。
しばらくして、俺は苦笑した。
あーぁ。何考えてんだろ、俺。自分で自分が分からなくなってきた。
魔法なんて現実になるわけないのに、馬鹿らしい。
閉じていた目を開き、俺は再び天井を見つめた。
しばらく呆然と見つめて。
ふと、ぽつりと内心で思う。
だったら、俺が体験してきたあの世界はいったい何だったんだろう……。
寝ている時だけ行けるあっちの世界。
その間、こっちの世界で俺は植物人間になる。
だったらこれは全て、俺の夢の中の出来事なんじゃないのか?
ーーだとしたら、なぜ結衣やEやJと話が通じるんだ? そんなのおかしすぎる。
綾原だってそうだ。話が通じたし、それにーー俺と綾原は実際あの世界に召喚されたんだぞ。こんなのどう考えたって……。
ならばこれはもしかして異世界説か?
魔法が使える別の世界が本当に存在して、そしてその世界に選ばれた特別な人だけが行ける……。
ーーって、ちょっと待てよ。実際、こんな狭い範囲だけで集中して何人も召喚されるっておかしくねぇか? それに最初の時、おっちゃんが言ってたじゃないか。“これは【ゲームの世界】だ”って。俺の体もこっちの世界に残っているし、時間も並行に過ぎている。
ならば、本当にあれは【ゲームの世界】なのか?
たしかに魔法も存在しているし、使えるし、魔物もーーあの世界の人間以外の他種族だってゲームに似ているから説明がつく。
もしかしたら俺は何らかの形で意識だけをコンピュータ内の仮想世界に飛ばされ、そこでシミュレートの実験体にさせられている。
たしかに最初は“ゲームだ”って、そう思ってた。ーーいや、今だってその考えは変わらない。
どこかのイカレた天才学者が開発したコンピュータ世界が、どこかの怪しげな悪の組織の手に渡って悪用され、それを世界にばら撒いて実験している。
そう考えた方が自然だし、納得もできる。
たが、それだといくつか腑に落ちない点が残る。
Jの運転している時だけ時空移動もそうだし、時間だって巻き戻っている。
それにEに関しては鏡での移動だ。
結衣の電話もそうだし、何より綾原は風呂に入っている時ーー……いや、真面目に、うん。考えよう……。
なんか色々説明つかないことだらけだし、人為的では絶対不可能なんじゃないかって思うほど怪奇体験だ。今の科学技術をもってしても、こんなの起こり得るはずがない。
それに、あの世界の人も建物も生き物も魔法も、あまりにも現実と見分けがつかないほどリアルに構築されていて、とても仮想世界とは思えない。
ゲームの住人(NPC)のように、決められた会話やプログラムじゃなく、個々の意思と会話ができ、それぞれ本物のように生きて行動しているんだ。
生きてるんだよ、あの世界の人たちは。
あれは本当にリアルな別世界だ。
だったら、いったいあの世界は何なんだ……?
俺の脳裏にもう一つの言葉が浮かぶ。
まさか本当に……死後の世界が存在するっていうのか?
ーーいやいや、俺はまだ生きてるし有り得ないよ。それに他のみんなだって……。
待てよ。まさか何らかの亜空間の歪みによる超常現象が起きて、生きながらも死後の世界に行けるというーーつまり、下手すれば死へのカウントダウンをとられているとか……。
このままずっとあの世界に関わっていれば、やがて何らかの事故死・病死で事が片付く。
途端にゾッとするような寒さが背中を駆け上がった。
ぶるりと身を震わせる。
もうあの世界に関わるのはやめよう。
おっちゃんの正体はきっと死神だ。
だからもうおっちゃんの呼びかけに応じないようにしよう。
あの世界さえ行かなければ朝倉の件もきっと片付くはずだ。
呼びかけられても無視だ。
俺は今後一切、何も答えたりしない。
考えただけでも恐ろしくなった俺は、毛布を頭まですっぽり覆って包まった。




