【番外編5】 閑話:コードネーム《影野 歩》編
私の名前は影野 歩。
生まれて今まで十四年間、みんなから存在を忘れられています。
クラスのみんなや先生、もちろん両親やお姉ちゃんからも。
いつも私は誰かの影を歩いている感じです。
そんな私を癒してくれるものがあります。
それはメダカです。
メダカの世界はとても厳しいものです。
弱肉強食っていうんでしょうか。
弱っているメダカに対して強いメダカ達が一斉に攻撃してきます。
弱っているメダカは一生懸命に逃げて逃げて、そして何とか生き延びようとします。
私はそれを見て「がんばれ、がんばれ」っていつも心の中で応援してしまうのです。
でも結局、最後は助けてあげたくなって、ついそのメダカを買ってしまいます。
――そう。今日だって……。
「そんなにメダカが好き?」
声を掛けられたのは突然でした。
いつものように観賞魚専門店からメダカの入った袋を手に、店を出た時。
店の入り口で同級生くらいの男子生徒に声をかけられました。
イケメンっていうんでしょうか。
すごくかっこいい人でした。
もしかして芸能人なのかな?
そんなカッコイイ人が、どうして私なんかに声を掛けてくるんだろう。
あまりにも突然のことに私は何も言えず、思わずメダカの入った袋を隠すように胸に抱きました。
その男子生徒が、私に向かってニコリと優しく微笑んで、手を差し伸べてきます。
「君みたいな心の優しい子を捜していたんだ。――影野歩さん」
どうして、私の名を……?
私はとても不思議な心地に包まれました。
この人とは一切面識がありません。
けど、この人は私のことを知っていたのです。
そう。
一度だって、誰からも存在を──名前すらも覚えてもらえなかった、私のことを。
「オレの名は《朝倉 大輝》」
朝倉……大輝……さん?
「迎えに来たんだ。君を」
私を?
「この世には二つの世界がある。一つはこの世界。そしてもう一つは魔法の存在する異世界。
この世界の人間が君の存在に気付かないのは、君がこの世界の人間じゃないからだ。
さぁ、この手をとって。
共に行こう。
本当の君は向こうの世界に存在する、神の正統なる血を引く姫巫女――【サクヤ】だ」
私が……姫巫女?
ううん、そんなはずない。だって──
一度は拒絶したものの、でも。
彼の真剣な眼差しを見てどうしても拭いきれないものがあり、断る理由も思いつかずにただ、私は恐る恐る彼に右手を差し出していきました。
私の手が彼の手に触れようとしたその時。
誰かが私の手を掴んできました。
「コイツの話に耳を貸すな」
私の手を掴んできたのは、やはり同級生くらいの美形でカッコイイ男子生徒でした。
なんで? どうして? なんで今日に限ってこんなにもカッコイイ人――しかも立て続けに二人!?――に出会ってしまうの?
あぁ今日がきっと私にとって最大のモテキなんだろう。
ありがとう。ありがとう、神様。私は今とても幸せです。
(しかも存在に気付いてもらえた///)
だけれども、連続で来られるのはちょっと……。
内心で色々考えているうちに、私は掴まれたその手をぐいと引っ張られました。
私は思わずよろめいて彼の胸の中に身を埋めます。
な、なんと手を掴んできた彼が私のことを抱きしめてくれたのです。
「朝倉。――お前に彼女は渡さない」
私は顔を真っ赤にして内心で悲鳴を上げました。
きゃーきゃー、なんで? どうして? なんで私なの?
しかもこの二人……知り合い?
朝倉と名乗った彼の表情から笑みが消えました。
「またオレの邪魔をするのか? K」
Kという名の彼が真剣に、私を守るように庇って言ってくれます。
「俺は何度だって邪魔をしてやる。朝倉――お前が正気を取り戻すまで」
「いいだろう。何度だって邪魔をすればいい。オレは必ず【サクヤ】をあの世界に連れて行く。必ずな」
その言葉を残し。朝倉と名乗ったその人は霧のような姿になって私たちの前から忽然と消えてしまいました。
え……? 消えた? うそ……。なんで? どうやって?
目を疑うような光景でした。
さっきまでいたはずの人が、忽然と目の前から消えてしまったのです。
しかも人通りのある道なのに、誰も、その人が消えたことに驚きの声を上げようとしません。
それどころか私たちの存在すら誰も無関心で──
「無関心じゃない。君の存在がこの世界から消えようとしているんだ。――影野歩さん」
え? この人も、どうして私の名前を?
スッと。
彼――Kは私を引き離し、背を向けて去っていきます。
まるで何事もなかったかのように。
あ、あの……あの!
呼び止めましたが、Kはこちらを振り向いてはくれませんでした。
でも──
パサリ、と。
ふいに彼のポケットから落ちた生徒手帳。
私は急いでその生徒手帳を拾い、彼を呼び止めようとしました。
でも、彼の姿はもうそこにはありませんでした。
いったい誰だったんだろう……。
しかも二人ともどうして私の名前を知っているのだろう。
私が手にした生徒手帳。
彼が落とした物。
私はその生徒手帳を開き、中を見てみました。
瀬良 悠馬。
今日この町に引っ越してきたばかりの転校生。
私と同じ学校の、同じクラス……。
私はこの時まだ気付いていませんでした。
そう。この運命の出会いこそが、これから私の身に起こる【新たな世界】の始まりだったということに。
◆
とある日曜日のファミレスで。
Eさんがテーブルから身を乗り出すようにして真剣な顔で俺に言ってくる。
「――どうですか?」
いや、どうですか? と、いきなり言われましても……正直『何が?』としか。
「私、これで漫画を一本書こうと思っているんです。安心してください。私、K君の名前知らないので思いっきり当て字で書きますから」
いや、病院に見舞いに来た時に俺の名前見なかったんですか?
「はい。うっかり見るのを忘れていました」
……。
「ちなみにこの名前、合ってる感じですか?」
いえ。全然。全く。
「惜しい惜しくないで言えばどの辺になりますか?」
ベクトル自体逆だと言っておきます。
「分かりました。ではまた今度の機会に調べてみます」
え? いや、今ここで答えますけど。
「いえ結構です。調べるのが私のポリシーですから」
は、はぁ……。
「あ」
何を思いだしたのか、Eさんがポンと手を打つ。
「そうそう、あともう一つ。これは私の想像でしかないんですけど、ご友人の朝倉君とK君って、つまりはこういうことなんですよね?」
俺は速攻で頭を下げた。
ご期待に沿えず。
「えぇーッ!」




