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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部序章 前編】 バトル・ドラゴンズ
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第60話 相変わらずな日常


「――って、嫌やろ。あんなゲームじみた世界が天国やー言われても」


 ベッド脇のパイプ椅子に腰掛けながらJがそう言ってきた。

 その隣でピクニック気分の結衣とEが、ケーキ箱の中からケーキを取り出しつつきゃいきゃい騒いでいる。


 って、俺の話聞いてねぇだろ。


 結衣がうきるんと尋ねてくる。


「ねぇ、Kはどっち食べる? Eちゃんの手作りケーキだって」


 Eがぴっと人差し指を立てて、


「甘い物が苦手なK君には特別に『タイカレーケーキ』と『インドカレーケーキ』なるものを作ってきました」


 なぜカレーをケーキにした? あえてケーキにこだわった理由はなんなんだ? 見舞いの品が『カレーケーキ』って──


 Jが横からケーキ箱に手を突っ込む。


「よっしゃ。『タイカレーケーキ』に挑戦したる!」

「さすがJ! 男前!」


 Eが手を組んで目をうるませる。


「感想、聞かせてくださいね」


 俺はJへと視線を向ける。


 なぁ、J。


「なんや?」


 話戻すけど――さっき俺が言ったこと、Jはどう思う?


「死神の声、か。もしそれが事実やったとしたら、声掛けられてくるの怖なってくるな。もう車運転すんのやめようかな」


「えー。じゃぁ、あたしも携帯電話に触るのやめよう……」


「私も鏡見るのやめます……」


 俺は両耳をふさいだ。


 やめろよ! みんなでノってくるなよ! 言い出した俺が悪かった! マジで夜が眠れなくなる!


「冗談や。そない言うたらMはどうするんや。電話に一切触れない生活なんてでけへんやんか。Eなんか鏡やで。鏡なんてなんぼ回避したって無理やろ」


「とくにKは睡眠でしょ? 睡眠回避とかあたし絶対無理」


「私も無理です。睡眠とぼぅーっとすることが私の全てですから」


「あえて俺らの日常生活に寄生してるってーのが向こうの手なのかもしれんな。俺も車無いと通勤でけへんところやし、仕事クビになったら何も食えんで死んでまう」


 ……。


 俺は耳からそっと手を退けた。


 なぁ。回避する方法って、本当にあるのか?


 Jが俺に指を向けてくる。


「逆に問うが。お前、腹立たへんのか?」


 俺は首を傾げた。


 腹立つ?


「そや。一方的に向こうの都合のえぇようにコキ使われて腹立たへんのかって聞いとるんや。俺らは使われるだけの機械やない、生きた人間や。よー思い返してみ。最初はヴァーチャル・ゲームみたいで面白おもろかったやろ?」


 うーん……。


 俺は腕を組み、眉間にシワを寄せて唸った。


 まぁたしかに……。そう言われてみると最初は楽しかった気がする。


「あの世界は誰かが創ったゲームの世界や。それに俺らは巻き込まれた。向こうが利用するつもりでいるなら、こっちもこっちで思いっクソ利用して遊んでやろうやないか」


 Jが手首のミサンガを指し示す。

 真似るように結衣もEも手首のミサンガを見せて頷いた。


「その為に俺たちでギルド作るって──あ。アカン、もうこんな時間や」


 ミサンガと一緒につけていた腕時計を目にしたJが、焦るように椅子から立ち上がる。


 え? もう帰るのか?


「午後から仕事行くって職場に言うてんねん」


 その言葉に結衣がポケットから携帯を取り出して時間を確認する。


「あ、ほんとお昼だ。ご飯の時間だし、ご飯の邪魔になるだろうからあたし達も帰るね」


「お邪魔しましたー」


 え、あ。ごめん、みんな。ありがとう、見舞い。


 結衣が手を振る。


「また見舞い来るね」

「ちゃんと寝てくださいね」

「とにかくもう無理すんなや」


 うん、わかった。――あ!


 俺は何かを思い出して三人を呼び止めた。

 三人とも足を止めて振り返る。


 一つ聞きたいことがあるんだけど。


「聞きたいことやと?」

「なになに?」

「スリーサイズは事務所通しでお願いしますぅー」


 いや、そうじゃなく。向こうの世界に行った時、ログアウトのやり方をみんなどうやっているのかちょっと気になって……。


「ログアウトのやり方? そんなん、みんな一緒ちゃうんか?」

「フツーだよね?」

「うん。ぴっと押す感じで」


 いや、もっとこう、具体的に


「そんなん視界の片隅に浮かんだ【ログアウト】って文字をぴっと押しとるだけやろ。違うんか?」


 ――え?





 ※





 後日。

 無事、病院から退院した俺は久しぶりに学校へ登校した。


 久しぶりの教室に入れば。

 心配していたダチ達が駆け寄り、俺の肩を叩いてくる。


「よぉ、ミラクル王子」


 みらくるおうじ?


 俺は聞きなれない言葉に顔を歪めた。

 いつの間にかあだ名が変わっている。


「お前、マジ心配したんだからな」

「もう学校出てきて大丈夫なのか?」


 あー、まぁ。うん。めちゃくちゃ元気だし。


「病院で余命受けたわけじゃないんだよな?」


 全然。普通に元気。だから退院してきたんじゃねぇか。


「絶対だな? 隠し事ナシだからな」


 おぅ。色々と悪いな、心配かけて。


 言葉なく。

 ダチ達が俺の背をぽんぽんと軽く叩いてくる。

 元気ならいいんだよ、とばかりに。


 ふと。ダチの福田が俺に声をかけてくる。


「ってかさ、お前最近ずっと不思議続きだよな」

「行方不明になったり死の淵から甦ってきたり。ほんとミラクルばっかっていうか」

「実はお前、神様なんじゃねぇのか?」

「なんかお前を拝んどくとご利益ありそうだな」


 ぱんぱん。


 ――って、コラ。俺の前で手を合わすな、縁起でもない。


「どうせご利益あるなら頭の方にあってほしいな」

「来い! 俺の未来にミラクルビーム!」

「志望校に受かりますように!」

「無理無理。そこまでご利益ねぇって」


 オイ。


「よし。じゃぁレベル下げてオレは次のテストで平均取れますように」

「馬鹿、どうせなら満点と言え。そこは」

「南無南無……」


 一斉に拝んでくるな! お前ら全員神社へ行け!


 ――ふいに。

 クラスの女子数人が、俺の名を呼んで集ってきた。 

 俺は目を瞬かせつつ、時を止める。


「あの、体……もう大丈夫?」

「あれからみんな本当に心配したんだからね」

「今度から気分悪くなったら我慢せず遠慮なく私に言ってね。席、隣だし」

「私、保険室係だから何かあったらすぐに言って」

「無理しないでね」

「みんな無関心なわけじゃないんだからね」

「一人はみんなの為に。みんなは一人の為に。このクラスの心は一つだから。それを忘れないで」


 あ、はい……。


 クラスの女子からの意外な言葉だった。

 みんな本当に俺のこと心配してくれていたんだなと改めて思う。

 そう思うと俺は自然と口元が綻んだ。


 ありがとう。ほんと、もう大丈夫だから。


 女子たちも伝えたい事が言えて安堵したのか、気恥ずかしそうに頬を染めて笑い、その後、女子同士で身を寄せ合ってグループになり、きゃいきゃい言いながら機嫌よく席に戻っていった。

 すると、ダチの福田が俺の隣で陰気にぼそりと言ってくる。


「やっぱりUMAはUMAか」

「MOUMAか」


 MOUMAってなんだよ。


「なんか拝むよりマジ蹴りした方がご利益ありそうだな」

「……よし、みんなでUMAを蹴ろう」


 はぁ!?


「よし、蹴ろう」

「蹴った分だけ幸せになれるはず」


 何の迷信だよ、ふざけんな! あ、クソ! やられたらやり返すからな! このッ、くぬっ、痛ッ、いてぇっ! マジ蹴りやめろ、数多いだろうが! 俺だけ不利じゃねぇか!


 教室に担任が入ってくる。


「席つけ。ホームルーム始める。――そこの仲良し集団、遊ぶなら次の休み時間にしろ。早く席つけ」





 ※





 それぞれの席に着いて。

 俺はようやく隣の席が無人であることに気付いた。

 背後に座る福田へと振り返り、尋ねる。


 なぁ、福田。――朝倉は? 今日休みか?


「あーそっか。お前知らないよな。朝倉の奴、ここ最近ずっと学校ズル休みして来ねぇんだよ」


 え? 何かあったのか?


 福田が曖昧に首を傾げながら答えてくる。


「あったっつーか、なんつーか……。

 この前、上田が朝倉の様子を見に行ったらしいんだが。なんか朝倉の奴ヤバイぐらいにひきこもりでオンライン・ゲームに熱中しているらしいぜ」


 あの朝倉が?


「あぁ。しかもずっと暗い部屋ン中でパソコン開いてぶつぶつ言いながら──」


「コラ、そこ! いつまで私語をしている!」


 またあとでな。


「あぁ」


 教師に叱られ、俺と福田はそこで一旦会話を切った。



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