第55話 そういえば、俺は何かを忘れている
カルロスのドラゴンの首元にもたれるようにして、俺は前のめりにうつ伏せた。
ため息を吐く。
なぁ。
《はい》
これで良かったんだよな?
その呟きに、カルロスのドラゴンが問い返してくる。
《竜騎軍の指揮を殺さなかったこと、後悔しているのですか?》
いや、別に。そういうわけじゃないけど……。
俺は手元にある二つの角笛のペンダントを見つめた。
一つはカルロスから借りたもの。
もう一つは──。
俺はそれを見つめて呟く。
なんか俺……誰かと約束していた気がするんだ。遠い昔に。記憶にはないけれど……たぶん。そんな気がする。
《そうやって少しずつ思い出していけば良いのです》
少しずつ……
《えぇ。少しずつ、思い出すのです。あの頃のことを》
……そっか。そうだよな。
俺はカルロスのドラゴンの首元から身を起こした。
改めて手持ち綱を掴み、空へと視線を向ける。
平穏に広がる青い空へと。
あのさ、俺──
《はい》
この空が好きだ。
《平和だから、ですか?》
俺は微笑する。
……そうかもしれない。
カルロスのドラゴンがやんわりとした口調で言ってくる。
《白き神よ》
ん?
《あの時の言葉を訂正させてください》
訂正? あの時の言葉って?
《白き神よ、あなたは何も変わっていませんでした。戦い方も、あの時から何も変わってなどいません》
変わっていない?
《えぇ。最後に会ったあの時から》
最後に会った、あの時……?
なぜだろう。
以前会った記憶など全く無いのだけれど、でもなんとなく。
浮かんできた言葉を俺は自然と口にした。
俺は変わらない。ずっと。
――この空のように。
《……》
一呼吸置いて、カルロスのドラゴンが俺に言ってくる。
《安心しました》
安心した?
《えぇ。またこうして我が背にお乗りください、白き神よ》
うん、また乗せてくれよ。
カルロスのドラゴンは言う。
視線を街並みへと向けながら、
《もうすぐ街に着きます。カルロスとは──会わなくても良いですね?》
俺は気まずく頬をかいて笑った。
あー、うん。できればそうしてもらえると助かる。色々、説明するのが面倒だし。
カルロスのドラゴンは笑う。
《そうですね。ではこの辺りで。カルロスには私から上手く誤魔化しておきます》
ありがとう。
《白き神よ》
ん?
《また、どこかで会えますよね?》
うん。きっとまた会えるよ。どこかで……どこかで――あぇ!?
《どうしたのですか?》
俺は慌ててブンブンと両手を振った。
い、いや、なんでもない。大したことじゃないんだ。ただちょっと、さっきの言葉で色々と思い出したことがあって……。
《思い出したこと?》
俺は気持ちを隠すように視線を逸らして頬を掻き、動揺に声を震わせ答えた。
あー、えっと。その、あ、会えたらいいよな。ほんと。うん。その、なんつーか、約束は……できないけれど。
内心、俺はものすごくどうしようもないくらいに焦っていた。
今まで本気ですっかり忘れていたが、俺はこの世界の人間じゃない。ってか、いや、ほんとマジ、なんで今まで忘れていたんだろう? 俺、帰るんだよな? 元の世界に。
帰りたいはずなのに……。
いつの間にか元の世界へ戻ることをすっかり忘れていた。
なんだろう。まるでこの世界の住人になることを刷り込まれていっているかのように。
え、ちょっと待て。なんかそう考えるとマジでだんだん怖くなってきた。
本当に俺、この世界からログアウトできるんだよな? ってか、いつになったら戻れるんだ?
──まさか一生このままとか……ならないよな?




