◆ 第54話 オリロアンで待つ
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一時はパニックに陥りかけていた街も、闇の退いた今――平和な空の下で、ようやくその平穏を取り戻し、安堵の息を吐いていた。
結界に守られし大地。
それが弱き者たちが生き残る唯一の方法。
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勇者たちに守られて無事に街へと帰還したアデルは、兄王であるガミルと久しぶりの再会を果たした。
涙の再会といっていいだろう。
無言で。
二人で抱き合い、そしてその背を軽く叩いて互いの無事を喜びあった。
そして翌日。
王都より迎えに来た白の騎士団とともに、兄王――ガミルは街を出発し、王都【オリロアン】へ戻ろうとしていた。
「共にこの国を築いていかぬか? アデル」
アデルは笑う。
懐から書紋を取り出し、それをガミルへ差し出しながら。
「我輩に王都は似合わぬ。アカギの騒動もある故、王都には我輩の帰りを快く思わぬ者たちもおろう。だから、我輩はこのまま旅に出ようと思う。ミリアと二人で」
アデルの隣にミリアが寄り添う。
もうこの国の精霊巫女ではなく、普通の精霊巫女となったミリアとともに。
ガミルは二人を心配した。
「何を言う、アデル。快く思わぬ者など城に居るものか。過去のことなど、もう終わったことだ。これからは──」
兄の言葉を手で制し、アデルは言葉を続ける。
「これは父も母も望んでいたことなのだ。生前、二人からはこう言われていた。
──お前は世界を見よ。そして兄の手助けをしてやれ、と。
弟の最後のわがままだと思って、聞いてもらえぬか?」
ガミルは微笑する。
仕方ないとばかりに肩を竦め、アデルの手から“契約の記された書紋”を受け取った。
そして再びアデルへと手を差し出す。
「そうか。お前がそう決めたのならば仕方あるまい。しかし父と母に何も言わずに旅立つのはいかがと思うぞ。
一度、墓参りに王都へ戻ってこい。旅立つのはそれからでも遅くはないであろう?」
差し出したガミルの手を、アデルはしっかりと握った。
「そうだな。そこからの旅立ちも悪くはない」
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穏やかに続く、平和で青い空。
小猿──ディーマンは、人ごみ離れた路地隅にちょこんと座り、その青い空をいつまでも眺め続けていた。
過去を思い馳せるかのように。
その手には赤い布きれを握り締めて。
ディーマンは誰にでもなくぽつりと呟く。
「【白き神よ、俺たちの屍を越えていけ】か……。我が息子──ルグナードの礎は果たされたのであろうか?」
『だからこそ空が青いんだろう?』
ふいに。
路地裏から聞こえてきた覚えのある声に、ディーマンは振り向く。
その影から姿を現したのは一人の幼い少年――ティムだった。
口を開くティムの声に以前の声は聞かれない。
その代わり、馴染みのある声がその口から聞こえてきていた。
『この国の結界は壊れやしない。それが、ルグナードが最期まで守り通して築いた礎だ』
ディーマンは寂しげに空を見上げる。
「ルグナードだけではない。白き神の礎となった同志は多い。その屍を越え、白き神は決戦の地で何を見た? なぜ十四年もの間、消息を絶つ必要があった?」
ディーマンは背後に居るティムへと再び視線を戻す。
「それを知るのは唯一、最期まで白き神の傍にいたお前だけじゃ」
ティムは視線を落とし、過去を思い返すように悲しげに微笑する。
『そうだな。たしかに最期まで白き神の傍に居たのは俺だけだ。だが──』
笑みを消し、ティムは言葉を続ける。
『それを話すことは……まだできない』
「そうか」
呟いた後。
ディーマンは真顔になり、声を落として言葉を続ける。
「白騎士が──いや、白の騎士団がお前たちの行方を血眼で捜しておる」
『黒王も、な』
「本当に。白き神は異世界人Kなのか?」
肩を竦め、ティムは白々しくお手上げして笑った。
『さぁな』
ディーマンは鼻で笑う。
「惚けおって、若造が。このまま【白の騎士団】へは戻らぬつもりか?」
『無論だ。白き神を【白の騎士団】の味方につける気は更々ない。俺は俺の信念を通させてもらう』
「白き神を利用してでもか?」
『そうだとしたら?』
「誰一人として味方の居ないこの世界で、お前に白き神が守れるとは到底思えぬな」
『それでも俺が一人で守り通してみせる。たとえ──かつての同志を敵に回したとしても』
その言葉にディーマンの目尻がぴくりと跳ねる。
「まさかお前さん、白騎士と戦う気でおるのではないだろうな?」
『必要があれば戦うことも辞さない。俺は元々黒騎士だった男だ。裏切ることには慣れている。それに、俺の敵はただ一人と決めている。
予言師巫女――シヴィラ。そいつだけは地獄の底に叩き落とさなければ気が済まない』
「やめておけ。シヴィラには誰も勝てぬ。運命は誰にも覆せぬのじゃ。たとえ白き神であろうとな」
『俺が負けを認めるのは手を尽くした後だ。結果がどうあれ、それまでは俺のやりたいようにさせてもらう』
それだけを告げて。
ティムはそこから踵を返した。
その背にディーマンが声を投げてくる。
──冷たくも、射殺すかの声で。
「お前さんがどういう信念を持っていようと構わんが、ワシ等【白の騎士団】は必ずお前さんから白き神を奪い、帝都の神殿へ連れ戻す。
多少手荒いことになったとしても、必ずな。それだけは覚えておくが良い」




