◆ 第44話 精霊と王
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荒野の大地。
その光と闇を分かつ境界線となる場所に、それは建っていた。
人里離れた荒野に建つ塔。
数年前までは戦線の《見張り塔》として使われていたのだが、平和の続く今では“結界の境界線”を示す目印として存在するだけになっている。
無人の建物の風化は早い。
たまに補強の手を加えて改修はしていたようだが、結界の境界線上に在るとあってか、補修人を含め、地元人や旅人ですらそこには寄り付こうともしなかった。
人けのない、その暗闇の塔の中を。
少女──ミリアは宙に白き明かりを灯しつつ、通路を歩いていた。
精霊の力を借りて灯した“聖なる魔法”の明かりである。
その明かりは行く道を照らす為に灯したものでもあったが、同時に魔物から身を守る魔除けの為でもあった。
ここは光と闇の分かつ境界線上に建った塔の中。
闇には当然、魔物が潜んでいる。
いつなんどき、どのような形で襲ってくるか分からない。
魔物は光を嫌う。──でもけしてそれを過信し、安心してはならない。
光に耐性のある魔物も存在するからだ。
大切な水筒を胸に抱いて、ミリアは周囲に注意を払いながら慎重に道を進み続ける。
──そして。
ミリアは見つけた。
ある牢の部屋の中で、頼りなく光放つ白き灯火を。
ミリアはその明かりのある牢の傍へとすぐさま駆け寄った。
古びた牢の、その部屋の中で。
今にも消えかけそうな灯火の明かりに包まれながら、蹲り、そして項垂れて助けを待つ五人の勇者と、怪我を負った一人の見知った人物を目にする。
ミリアは牢越しに声をかける。
「アデル様、どうしてここに! それにその怪我――」
彼女の声を聞いて、ようやく人物──アデルは、怪我を負った身を無理に起こして答える。
「気にするでない。竜騎軍に見つかり捕まってしまったのだ。それより」
「待っていてください、アデル様。すぐに怪我の治癒を」
ミリアは急いで水筒を手にとった。
片手をすくうようにして筒の先に当て、そこに少しの水を注ぐ。
目を閉じてそっと唱える。
「李・白水」
手の平の水は応えるように白く輝き、ミリアの手の中から宙に浮かんだ。
そのままふよふよと漂うようにしてアデルの元へと届く。
光を受けて。
回復したアデルがすぐにその場から立ち上がり、牢の前に居るミリアの元へと移動した。
「今は一刻を争う事態だ。ミリアよ、我輩の話を聞くがよい」
「はい、アデル様」
「事の全てを兄がきっと止めてくれる。それを我輩はケイに託したのだ。我輩はこの程度で済んだがケイの身が危ない。お前はすぐにここを離れ、ケイを助けに──」
唐突に、暗闇から声がかかる。
「やはり来たか。精霊」
ミリアは声のする方へと鋭く目を向け、警戒した。
すぐにでも攻撃できるように手に魔法陣を生み出して構えを取る。
闇から姿を現す竜騎軍――その指揮階級騎士を先頭にして、ぞろぞろと竜騎兵が顔を見せる。
「古の契約により、王の傍には必ず精霊が寄り添うと云う。
《精霊の巫女》ミリアよ。王位を失ったその者を、いまだ王と慕い、真の王と認めるのか?」
「竜騎軍!」
ミリアはぎりりと奥歯を噛み締めた。
「考えたものだな。結界契約を王命でも解けぬよう『封印氷凍』するとは。
すぐに封印を解除しろ、精霊巫女。それともここでその者たちと共に魔物のエサとなるか?」
竜騎軍の背後から無数の魔物がうようよと姿を見せる。
ミリアは怯むことなく竜人騎士を睨み据えて言い放つ。
「それが精霊巫女に対する物の頼み方ですか? 牢の中にいる全ての者達を解放しなさい、竜騎軍。それともここで私と戦いますか?」
「ミリア! 何を言うて──」
言いかけたアデルに、ミリアは首を横に振る。
「アデル様。私はここでアデル様を救う道となります。この命を賭してでも」
「ならん! やめるのだ、ミリア!」
「決めたのです。アカギに裏切られたあの日、私の味方をしてくださったのはアデル様だけでした。王位を失ってでも私を信じてくださった恩義は一生忘れません。
その恩義を今、ここで返したいと思います。
──この方法でしかアデル様を助けられない私を、どうかお許しください」
竜人騎士が腰の剣をすらりと抜く。
「死して解く道を選ぶか。愚かなり、精霊巫女よ。その恩義を汲んで華やかにここで散らしてやろう」




