第43話 突入!
待ち伏せていたのは数人の竜騎兵。
入場口に突入してすぐ、戦闘は始まった。
先陣をきったおっちゃんは、まずは挨拶代わりとばかりに何かの魔法を速攻で撃ち込んだ。
閃光弾のような魔法が地面で炸裂して、竜騎兵が一瞬怯んだように動かなくなる。
その一瞬の隙をついて、おっちゃんは戦い慣れたようにそのまま懐に入り込んでいき、相手の腰にある剣の鞘を奪って、それを一気に相手の腹に叩き込む。
一撃を受けてあっさりと地に昏倒する竜騎兵。
次いですぐに別の相手の攻撃が始まる。
それを受け流すように上手く交わして、二人目。
そうやって次々とおっちゃんは竜騎兵を一撃で地に昏倒させていった。
俺もおっちゃんを真似るようにして、一人の竜騎兵に向かっていく。
弱い俺を狙ってか、一人の竜騎兵が剣を振りかざして俺に襲い掛かってきた。
俺はバッド感覚で警棒を構え、そして隙だらけとなった相手の腹めがけて全力でそれを振って直撃させた。
いぃっ……!
「ん?」
腹に直撃を受けたにもかかわらず、顔色一つ変えない竜騎兵。
まるで腹に虫でも止まったかといった平然とした顔で、竜騎兵は俺が当てた警棒を見下ろす。
俺の両腕全体にジンとした強い痺れが襲う。
まるで鉄柱を馬鹿みたいに全力でぶっ叩いたかのような痛みだった。
痛みと痺れで鈍くなった手から、警棒が虚しく地に落ちる。
俺は涙目になって両手をわななかせた。
卑怯だろ、その硬さ!
竜騎兵がニィっと笑ってくる。
「残念だったな。竜族の体躯を嘗めてかかるからだ」
無防備となった俺を嘲笑うようにして改めて、竜騎兵は俺に向けて剣を振りかざした。
しまった! 警棒――
空になった両手に俺はハッと気付く。
竜騎兵が鼻で笑う。
「懺悔はあの世でするんだな」
振り下ろされる剣。
それを目にしながら。
――ドクン、と。
俺の中で燃え上がるような闘争心が一瞬にして全身を駆け巡った。
眠る本能が閃光のごとく一気に目覚めて、体が勝手に繰り糸のようにして動き出す。
振り下ろされる剣に、俺は誰に教わったわけでもなく反射的に腰を落として体勢低くし、拳を握り締めた。
冷静なまでに落ち着いた思考で剣を見据えて軌道を予見し、脳裏に浮かんだ魔法陣を発動させる。
次の瞬間、剣は大きく軌道を曲げて横へと逸れた。
竜騎兵の表情に動揺が走る。
「な──ッ!」
バランスを崩した竜騎兵の隙だらけな体躯目掛けて、俺は無意識に右手を突き出した。
竜騎兵の心臓を狙って。
──瞬間、俺の脳裏を過ぎるあの夜の戦慄。
ダメだ!
俺は開いた手の平を意識的に握り締めて拳に変えると、間髪置かずにそれを脳裏に描いた魔法陣とともに放った。
衝撃波に押し飛ばされるようにして。
竜騎兵の体は人形のように軽く吹っ飛んでいき、その勢いのまま壁に激しくめりこんだ。
その体を中心に、壁に大きな蜘蛛の巣状のヒビが入る。
……え?
驚いたのはこっちだった。
目を何度も瞬かせて俺は呆然とその場に固まる。
殴った拳を引き寄せてそこに視線を落とす。
まるで空気でも殴ったかのような感覚だった。
殴った拳に痛みもなく、それでいて相手の体に触れた感覚もない。
なんだろう、今のは。
不思議な思いで、俺は壁にめりこむ竜騎兵へと視線を移した。
もしかして俺が……倒したのか?
拳一つで?
呻き声が聞こえてくる。
めりこんだ壁から竜騎兵がよろよろとした体で立ち上がってきた。
「このガキ、よくも──ぐほっ!」
隙をついて横から。
警棒を手にしたおっちゃんが竜騎兵との間合いを瞬時に詰めて、勢いのままに警棒を竜騎兵の横っ腹に叩き込む。
竜騎兵は白目をむいてその場に昏倒した。
おっちゃんが不機嫌な顔で俺に声をかけてくる。
『上出来だと誉めてやりたいとこだが手加減しすぎだ。一撃で仕留めろと言ったはずだろ』
ご、ごめん。
『行くぞ』
え?
見回せばすでに他の竜騎兵は全員床に昏倒しており、ぴくりとも動いていなかった。
驚いたのはそのスピード。
言葉通り全て一撃で倒してしまったようだ。
戦闘慣れというよりも、むしろこれは、なんというか……。
ん? あれ? おっちゃん?
いつの間にかおっちゃんが居なくなっている。
――って、ちょ待てよ! マジで置いてくことないだろ!
遠く先を行くおっちゃんの後ろ姿を見つけて、俺は慌てて地面に落ちた警棒を拾い、その背を追いかけた。
※
おっちゃんの背を追って、俺は階段を駆け上がった。
目指すは上階──闘技場内が見渡せる場所。
この階段を抜ければ観客席へと辿り着く。
上階に近づくにつれ、強い陽の光が差し込んでくる。
思わず俺は手をかざして影を作った。
一足先におっちゃんが上階にたどり着き、足を止める。
遅れて俺も上階にたどり着き、おっちゃんの隣で足を止めた。
観客席と、その向こうに広がる闘技場。
場内では一頭の大きなドラゴンが羽を休めている。――カルロスのドラゴンだった。
鳴り響く祝福のファンファーレ。
そして観客は勇者カルロスの帰還に沸いていた。
迎える歓声と鳴り止まない拍手、それを祝って宙を舞い散るたくさんの花びら。
何事もなかったかのように勇者祭りは閉会式を迎えようとしていた。
俺は周囲を見回す。
ティムの姿がどこにも見当たらない。
誰かに取り押さえられたのだろうか。
『やられたな』
おっちゃんの呟く声が俺の耳に届いた。
俺はおっちゃんへと顔を向ける。
え?
すると何を思ったのか、おっちゃんが俺の腕を荒く掴んできた。
え? な?
そのままくるりと踵をかえして俺の腕を引っ張り、元来た道――階段を下りようとする。
俺は慌てて足を止めた。
おっちゃんに尋ねる。
ど、どこ行くんだよ。王様への報告は?
『ここを離れる』
え? 離れるって……なんで急にそんなこと、いったいなんで?
『勇者の帰還が全ての答えだった。このことはもっと早くに──勇者が帰還する前に、王に伝えておくべきことだったかもしれん。
お前が今さら王に言を伝えたところでもう手遅れだ。このままだと俺たちまで騒動に巻き込まれる。結界が壊れればクトゥルク無しで乗り切るのは困難だ。まずはお前の身の安全を優先的に確保する』
俺はおっちゃんの手を激しく振り払う。
嫌だ。俺、行かない。王様のところへ報告に行くんだ。
おっちゃんが苛立たしく舌打ちする。
すぐにまた俺の腕を掴んで、
『いいから来い』
離せよ!
『お前がここに居れば事が大きくなるだけだ。北の砦の時に充分わかったはずだろ』
だからってここに居る人たちを全員見殺せっていうのかよ! 離せって! 俺が王様に知らせてくる!
『今さら知らせてどうするんだ? 手遅れですがと付け加えて話すのか?』
結界はまだ壊れてないだろ! だったらまだ間に合う!
『間に合わないっつってんだろうが。考えろ。この騒動で出る犠牲者なんてたかが知れてる。だがお前が巻き込まれることで余計に犠牲者を増やすことになるんだぞ』
その言葉に、俺は鋭くおっちゃんを睨みつけた。
やっぱりおっちゃんって最低だ! 考え直した俺が馬鹿だった!
苛立つ感情とともに、俺は隙をついておっちゃんを思っきり両手で突き飛ばした。
油断したおっちゃんが体をよろめかせて、俺から手を離す。
そのまま俺は逃げるようにして観客席へと向けて駆け出した。
しかしすぐに追いつかれておっちゃんが俺の腕を掴んでくる。
『いいかげんにしろ、お前!』
離せよ!
ふいに。
おっちゃんが動きを止める。
そのまま鋭く前方──俺の居る先を睨み据えた。
俺も振り向くようにしてその方向へと目を向ける。
あ、ティム……。
前方からティムと一緒に歩いてくる男が一人。
その男に俺は見覚えがあった。
肩に小猿を連れた筋肉隆々の大男──どこかで見たような気がする──が、ちょうどティムを連れて出入り口へと向かう途中の鉢合わせだった。
小猿が俺を見て首を傾げてくる。
「はて。どこかで見覚えのある小僧っ子じゃな」
少し声がわざとらしいようにも聞こえるのは俺の気のせいだろうか。
でもちょうど良かった。
ディーマンほど力強い味方はいない。
このことをディーマンに話そう。
もしかしたら手を貸してくれるかもしれない。
俺は小猿に声をかけようと、
なぁディーマ──
急に俺の腕をおっちゃんが激しく引っ張り、背後へと引き寄せる。
そのまま俺を背に庇う形で。
え? おっちゃん?
いつもと様子の違うおっちゃんに、俺はわけわからず呆然とする。
おっちゃんが俺の頭の中で呟いてくる。
『最悪なタイミングだな』
最悪? なんで?
『一人で逃げられるか?』
え? 逃げるって──俺が?
『説明している暇はない。お前だけでも先にここから逃げろ』
逃げるったって……ディーマンだぞ? 味方じゃないのか?
『ディーマン一人なら問題ない。ディーマンと一緒に居る奴が危険なんだ』
すると大男が鋭い顔で肩にいる小猿に問いかける。
「我が前に立ちふさがりし者は【白き者】か? それとも【黒き者】か?」
小猿が白々しい顔で惚ける。
「はて? ワシには両方とも違うように見えるな。何者にも属さぬ者といったところかのぉ」
「属さぬ者……」
大男は顎に手を当て考え込む。
そしておっちゃんへと視線を向けながら、
「それは妙だな。一人は竜騎軍だ。味方とは言い切れまい。それにさきほどから我が筋肉が、『この者たちと戦え』と疼いている」
俺はごくりと生唾を飲んで一歩後退する。
なんか色んな意味でヤバそうだ、コイツ。
小猿が大男を止める。
「やめよ。忘れたか? 戦場以外での戦いは禁じられておるはずじゃぞ」
「黒き者は殲滅する。それが我らの戦果」
「今はまだ戦果を挙げる刻ではない。先に手を出した方が負けじゃぞ。ワシ等には今やるべき事はあるであろう?」
「やるべき事……」
大男の視線がティムへと向く。
俺は内心でおっちゃんに言った。
おっちゃん、ティムが殺される。
『大丈夫だ。それより今の内だ。お前は逃げろ』
わかった。
隙を見るようにして。
俺はそっと踵を返すと、そのまま逃げ出すようにその場から駆け出した。
元来た道──出入り口に通じる階段を目指す。
その直後!
俺の後方で銃声が轟く。
振り返れば、おっちゃんと大男が戦闘を始めている。
おっちゃん!
『止まるな、行け! 早く!』
大男が観客席にいる誰かに向けて叫ぶ。
「キッカーだ! その覆面を逃がすな、捕まえろ!」
え? キッカーって何? 俺が何したってんだよ。
戸惑いつつもヤバイ雰囲気に、俺は思わずその場から全力で逃げ出した。
銃声と大男の声に騒然となる観客の人たち。
何事かと注目が集る。
その席の中で、観客のフリをしていた者達が次々と席を立って行動を始める。
彼らに捕まったらいけないような気がした。
俺は脇目も振らずに元来た道を走り続ける。
入場口へと向かって。
その階段を目前にした時だった。
俺は横から来たそいつらに、行く手を阻まれて行き先を失う。
足を止めるしかなかった。
すぐに別の逃げ道を目で探す。
焦り、戸惑い、緊迫。
逃げ場探しに時間をかければかけるほど俺に近づいてくる人の数がだんだんと増えてくる。
どこへ行けばいい? いったいどこへ逃げればいいんだ?
ふと、俺の肩に小猿が乗ってきた。
「小僧っ子、セディスの時からまさかと思っておったが」
ぅげっ、ディーマン!
俺は思いきり顔を引きつらせて体を仰け反らせた。
「今までの誼じゃ。今は事情を聞かぬ。手を貸そう」
手を貸す?
「このまま突っ切り階段を下りて左に曲がり、そして東の入場口から出るがよい。お前たちの来た入場口は塞がれとるやもしれぬ。東口はワシが手薄にしておいた。そこから外へ出られる」
わ、わかった。
切羽詰まっていたこともあり、俺はディーマンの言葉を信じるしかなかった。
「ここはワシが撒いてやろう。行くがよい、小僧っ子。そしてあの若造に伝えておいてくれぬか。
――リディアの王都【オリロアン】で待つ、と」
俺は無言で頷きを返した。
肩にいた小猿が地面へと飛び降りる。
そしてすぐさま魔法陣を宙に構成させ、それを解き放った。
まるで時間が止まったかのように、行く手を塞いでいた人たちが石のようにしてその場に固まり動かなくなる。
「今の内じゃ。行け」
言われた通りに、俺は彼らの横を通り過ぎ、そのまま真っ直ぐ階段を下りて東口へと向かった。




