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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第一部】 おっちゃんが何かと俺の邪魔をする。
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第11話 答えを知るには代償も必要?


 俺と結衣が綾原の家を出たのは、陽の暮れかけた夕方だった。

 マンションの下で結衣と別れる。


「またね、K。あたしの家こっちだから」


 そう言って結衣は明るく俺に手を振ってきた。そしてくるりと背を向けて去っていく。

 赤く染まる空を見つめながら、俺は思った。

 このままだと駅に着く頃には陽が落ちそうだな。

 視線を落とし、結衣の背に声をかける。


 お前の家、たしか日比寿駅の近くって言ってたよな?


 結衣がくるりと振り返ってきて足を止めた。

「あ。さっきの話聞いてたんだ。興味なさそうな顔してたのに意っ外~」


 そんなんじゃねぇよ。

 俺は結衣に駆け寄ると、告げる。


 こんな時間だし、渋井駅までなら送っていく。


 結衣が笑う。

「ありがと」


 俺と結衣は渋井駅に向けて歩き出した。


 しばらくは無言で歩く。

 今しか聞けないかなと思った俺は、ずっと気になっていた話を切り出すことにした。


 その……お前さ、ウソホンって番組見てる?


「Kの情報に百万円でしょ?」


 俺は思わず足を止めた。


 結衣も足を止め、そして俺の腕を組んで無理やり引っ張って歩き出す。


「はいはい。言わない言わない。言うつもりがあったらとっくに知らせているわよ、番組に」


 なぜ言わない?


「言ってどうするの? 都市伝説なんて根も葉もない噂が一人歩きしただけの話じゃない。どうせ誰も本気で信じてなんかないわよ」


 お前がまともな奴で良かったよ。なぁ、色々聞いていいか?


「いいわよ」


 えっと、その……。いつ頃から頭の中で声が聞こえてきた?


 結衣が(あご)に人差し指を当て、考える素振りを見せる。


「えーとね、声が聞こえてきたのはつい最近。全てはあのメールを受け取った時からよ」


 メール?


「ってことは、やっぱKのとこにも来なかったんだ。自分のメアドからの空メール。あれを開けて以来なのよね。携帯を開いた時だけ、たまに頭の中で声が聞こえてくるようになったの」


 ちょっと待て。どういうことだ? それ。


「まぁ落ち着いて。あたしがそうだったってだけの話だから。

 ちなみに奈々ちゃんの場合はお風呂に入っている時だけ声が聞こえてくるらしいの」


 なに? 風呂に入っている時だけだと?


「何考えてんのよ! この変態!」


 結衣は組んだ腕の肘で、油断していた俺のわき腹に一撃を見舞ってきた。


 俺は体をくの字に曲げてわき腹を押さえた。

 そんな意味で言ったんじゃねぇ。


 何食わぬ顔で謝りもせず、結衣は俺を無理やり引っ張り歩きながら話を続けてくる。


「昨日は奈々ちゃんと向こうの世界でちょっと遊びすぎちゃって、長風呂して気分が悪くなったって言ってたのよね。──あ、そうだ。Kはどんな時に声が聞こえてきて向こうの世界に行けるの?」


 え? 俺?

 俺は……


 思い出すのは夜の十時と眠気。

 寝ている時だけが、俺が向こうの世界に行ける条件なのだろうか。


『ブッブー。残念だが大外れ。清々しいくらいに的外れだな』


 ……。

 俺は遠くお空に視線を飛ばして答える。


 なんか常に声が聞こえているような気がする。


「ふーん、そうなんだ。じゃぁみんなバラバラなのかもね。

 ──ねぇ、K。あたしと情報交換しようよ。あたしも教えるからさ、頭の中で話しかけてくる人の名前を教えてよ」


 え?


『ほぉ。向こうから仕掛けてきたか。こいつは面白い』


 頭ン中で話しかけているのは全部おっちゃんの仕業じゃなかったのか?


『別人と言っただろ』


 まぁいいや。情報交換だってさ。おっちゃんの名前、なんて言うんだ?


『教えない』


 俺は結衣に言う。

 教えないという名らしい。


『おいコラ』


「ふーん、そうなんだ。変な名前」


 結衣は俺から離れ、制服のポケットに手を入れた。そしてそこから携帯電話を取り出すと、画面を指で操作して、その画面を真っ黒にする。


 俺は怪訝に首を傾げて尋ねた。

 何している?


「言ったでしょ? あたしは携帯を開いた時だけ声が聞こえてくるって」


 それ見ている時に話しかけられるって、ウザく感じたことねぇか?


「あたしに話しかけてくる人はそんなKYな人じゃないから。たまにしか聞こえてこないし、色々と相談にも乗ってくれるからウザく感じたことなんて一度もないよ」


『KYってなんだ?』


 俺は内心でおっちゃんに教えてやる。

 空気・読めない。略してKYだ。


『おい、今なんか俺の心に鋭いモンが刺さったぞ。なんかすげー大ダメージだ。もう立ち直れる気がしねぇ……』


 よし。

 俺は微笑し、密かに拳を握る。


『何が「よし」だ、コラ。わざとだろ? お前わざと俺に教えただろ? 俺が致命傷受けたことに喜んでるだろ』


 まぁな。


「え? もしかして知り合い?」

 突然結衣がそんなことを言ってきた。


 思わず俺は首を傾げて問い返す。

 知り合い?


 尋ねる俺に、結衣は慌てて首を振る。

「あぁごめん、Kに言ったんじゃないの。あたしの頭の中で話しかけてくる人」


 そういうことか。

 俺はしばし結衣の言葉を待つことにした。


 結衣がこほんと咳払いして、俺に話しかけてくる。


「えっと。前もって先に言っとくけど、今から言うことはKに向けて言うんじゃないんだからね」


 は? どういう意味だ、それ。


 結衣は俺から離れて立ち止まり、向き合わせてくる。

 俺も足を止めて結衣と向き合った。


 結衣が胸に手を当て深呼吸してくる。


 俺は何言われるのかと緊張した。


 そして、結衣は目を鋭くすると俺に指を突きつけて言ってきた。


「こッッッの女ったらしのクソ野郎!」


 おっちゃんが嬉々と声を張り上げて、俺の頭の中で叫んでくる。


『その言葉はマリアベル!』


 ぐん、と。

 俺の体が勝手に動いた。

 前のめるようにして俺はそのまま結衣に向けて倒れ込んでいく。

 反射的に。

 そう、気付けば反射的に。

 俺は結衣を支えにして抱きついてしまった。


 え? な、なんだよこれ。今、俺の体が勝手に動かなかったか?

 俺の頭はパニック寸前だった。


 いきなり結衣が俺を突き飛ばしてくる。

 俺はわけもわからずよろめいた。

 その次の瞬間、爽快に。


 顔を真っ赤にした結衣から思いっきり平手打ちを食らった。


「馬鹿! 変態!」


 そう俺を罵倒して、結衣は渋井駅方面へと向けて駆け出した。


 追うこともできず。

 俺は叩かれた頬に手を当て、呆然と結衣の姿を見送るしかなかった。



 ※



 あれから。

 家に帰り着いたのは夜だった。


 ただいま。


 いつも通りに帰ってきたはずだった。遅くなって帰ることは今までにも何度かあったし、そんなに珍しいことではなかった。

 それなのに。

 なぜか俺を心配して父さんは早めに会社から帰ってきており、母さんにいたっては警察に捜索願を出す騒ぎ寸前だった。


 あーいやまぁたしかに、退院したばかりで遅く帰ってきたのは謝るけどさ。ちょっと大げさすぎないか?


 二人とも俺の無事を確認して安堵する。


 ったく。父さんも母さんも俺を何歳だと思っているんだ。小学生のガキじゃねぇんだぞ。過保護すぎだろ。

 ため息を吐いて、二階の自室へと向かう。


 部屋に入り、俺は鞄をベッドに放り投げて制服を脱ぐ。


『反抗期か?』


 うるせぇ。二度と俺に話しかけてくんな。


 ラフな服に着替えて部屋を出ると、飯を食うために一階へと降りる。

 食卓へ行けば、すでに三人分の食事が用意されていた。

 おそらく夕方から用意されていたのだろう。母さんがご飯を温めなおしてくれている。

 父さんは風呂に入っていた。

 なんとなく三人そろってご飯を食べる雰囲気だったので、俺は父さんが来るまでテレビを見ることにした。


 ダイニングからリビングへ移動する。

 俺はソファーに座るとテレビをつけた。

 つけると同時にウソホンの番組が終わる。


 あ。見るの忘れてた。

 まぁいいや。朝倉がどうせ録画しているだろうし、今度借りて見れば済む話だ。


 俺はチャンネルを切り替えた。

 テレビ画面が替わる。

 そこに流れる映像に、俺は呆然とテレビを見つめたまま固まった。


 異世界の映像だった。

 しかもどこかの村が戦場になっている映像だった。

 逃げ惑う村の人々。上がる悲鳴。子供の泣き声。

 黒騎士の従えた魔獣が次々と逃げる人々を襲い、放たれた火の魔法が村を焼いていく。


 最初は一瞬ファンタジーを舞台にしたハリウッド映画だと思っていた。

 でもすぐに直感した。


 これ、あのゲームの世界じゃねぇか。


 俺は力なくリモコンを床に落とす。

 脳裏によみがえるリラさんの村のこと。

 そして重なる、黒炎竜の吐いた炎がリラさんの村を襲ったあの一瞬。

 俺の中で言い知れぬ力が込み上げてきた。

 抑えきれぬ興奮。

 解き放てとばかりに力が俺の体の中で激しく暴れ出した。


 駄目だ……ッ!

 反射的に俺は力を抑え込む。


 その反動であるかのように、卓上にあった三つのガラスコップが音を立てて激しく割れた。


 母さんの短い悲鳴が部屋に響く。

 それにより、俺はハッと我に返った。


 テレビから笑い声が聞こえてくる。


 あれ?


 俺は夢でも見ていたのだろうか。

 テレビから流れてくる映像は普通のお笑いバラエティー番組だった。


 後ろの食卓では母さんが割れたコップを片付けている。

「どうしてかしら。急にコップが」


 風呂上りの父さんが慌てて部屋に駆け込んでくる。


 何事かと尋ねる父さんに母さんが事情を説明する。

「ごめんなさい。突然コップが割れて」


 俺はソファーから振り返り、その様子を見ていた。

 偶然……だよな?


『そう思うか?』


 話しかけてくんなって言っただろ。


『そういうわけにはいかないんで強行させてもらう。急で悪いがお前、今すぐこっちの世界に来い』


 断る。


『わからないのか? このままだとそっちの世界でもクトゥルクの力を暴走させることになるんだぞ』


 だから。返すって言ってんだろ、この力。


『それで簡単に返せるなら俺もここまでお前に手をかけない』


 だったら最初から俺にくれなきゃいいだろ。


『俺もあの時は切羽詰まってたんだ。諦めろ』


 あの映像、おっちゃんの仕業か?


『まぁな。こうでもしないとお前が動かんからな。

 言っておくがあの映像は作り物でもなんでもない。こっちの世界の現状だ。今やこっちの世界では新米の黒騎士どもがあの馬鹿王に踊らされて世界を制圧するだのなんだのと血気盛んに暴れてやがる。奴らを鎮圧させる為にはお前の力が必要なんだ』


 どうせゲームの世界だろ。


『もういい、わかった。そう思いたければ勝手にそう思えばいい。ゼルギアが奴らに捕まっている。公開処刑はもう間近だ。すぐに処刑しないのはお前を誘き出す為の作戦だ。お前が予定時刻に予定場所に現れなければゼルギアは死ぬ。確実に死ぬんだ。奴らはやると言ったことは必ずやる。それだけは忘れるな』


 脅迫とも思える言葉を最後に、おっちゃんの声はぶつりと途切れた。


 ……。

 俺は苛立たしくため息を吐くと、髪を掻き掴んで頭を抱え込む。


 もう、なんなんだよいったい。わけが分からない。いったい何を考えておっちゃんは俺にそんなことを言ってくるんだ?


 一方的に言うだけ言って言葉を切る。

 それに振り回されることがどんなに苦痛なことか。


 もう忘れよう。所詮ゲームの世界だ。俺には関係ない。


 内心で吐き捨てるようにそうを呟いて、俺は思考を振り払うようにソファーから腰を上げて食卓に向かった。



 ※



 家族三人そろって食事をしたところで会話が弾んだことはあまりない。

 父さんと母さんが二人で軽く話して、それを俺が黙って聞いて。という感じだ。


 ごちそうさま。


 俺は食べ終えた食器を片付け、流し台へと持っていく。

 いつもはもう一杯ご飯をおかわりして食べるが、今日はそんな気分じゃない。

 やはり、と言わんばかりか。父さんも母さんも俺の様子を心配してくる。

 俺はため息をついて答えた。


 大丈夫。別に具合が悪いわけじゃないから。


 それは本心だった。

 考え事をしていたからなのかもしれない。

 そのままダイニングをあとにし、脱衣所に向かって風呂に入る。

 風呂から上がって二階へ行き、自室にこもる。

 いつもの癖というか、何気なく座ってしまう勉強机。

 やるべき宿題は山のように残っていた。

 俺は机に飾っていた置時計へと目をやった。

 午後九時五十分。


 きっと素敵な何かが待っている、か……。


 俺は内心でそう呟いて、椅子にゆるりと背もたれた。

 ため息を吐いて天井を見つめる。


 なぜ俺だったんだろうな。

 こんな力、別に俺じゃなくても良かったのに。

 

 ぽつり、と。そんな疑問が脳裏を過ぎる。

 現状に不満を持ったことはない。そりゃたしかにテストや勉強から逃げ出したいと思ったことは何度かある。けどそれは本気で逃げ出そうと考えていたわけじゃなく、単なる一時の現実逃避というやつだ。最終的にどうあがいても逃げられないことくらいわかっていた。


 俺はちらりとベッドの隅に片付けていたノート・パソコンに目をやる。


 勉強の合間にやっていたオンラインゲーム。

 そういえば、あれからずいぶんとやっていない。

 あんなに熱中していた討伐イベントもレベル上げも、気付けばすっかり忘れていた。


 もう今更だよな。

 こんだけ長い期間ログインしてなかったんだ。きっとあのパーティ・ギルドのメンバーからは削除されていることだろう。


 所詮はゲームだしな。


 俺は再び天井へと目を向ける。

 思い出す、テレビで見た向こうの世界の戦場。

 説明がつかないくらいリアルで生々しくて。

 ゲームでも、ましてや映画でもない、ドキュメンタリーをそのまま見た感じの映像だった。

 とてもゲームの世界の出来事とは思えなかった。

 この世にはもう一つの地球が存在していて、そこで起こった出来事かのような、現実とは違う、でも妙に現実的な世界を見たかに思わせた。


 ……本当に、あの世界をゲームの世界という言葉で片付けてもいいのだろうか?


 もし異世界が実在するとしたら?

 リラさんやゼルギア、あのギルドのみんなが本当に存在しているとしたら?

 その世界にも生と死が存在するとしたら?


 俺はあの世界の人達を見捨てたことになるんだよな。


 疑問が俺の心を締め付けていく。

 あの世界に最初行った頃におっちゃんに言われた言葉が浮かんできて、俺の不安はさらに増した。


【お前はどうする? 助けるか? それとも見過ごすか?】


 あの世界がゲームだと言っていたのはおっちゃんの方だ。

 だけどもし仮に、俺にわかり易くそう言っていただけだとしたら?


【まぁ助けるも助けないもお前の勝手だ。面倒事が嫌だったらそのまま黙って突っ立ってろ。まぁあと五分ってとこだな。関わらなければ幸せだってこともある】


 関わらなければ今の生活を変わらなく過ごせる。


【気にすることはない。お前はみんなと同じことをしているだけだ】


 そこだけが、なんか気に食わねぇんだよな。


 俺は勉強机へと視線を落とした。

 机の上に飾られた置時計。

 ちょうど十時を示した。


 俺はおっちゃんに話しかける。


 聞こえているんだろ? おっちゃん。


 おっちゃんが鼻で笑って答えてくる。

『どうやら決心がついたようだな』


 そっちの世界に行ってやる。

 ただし三時間だけだ。

 それ以降は宿題がある。ログアウトが最低条件だ。


『いいだろう。ただし──……











──絶対戻れるという保障はどこにもないけどな』


 はぁ!? ふざけろ、てめぇ!


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