第41話 持ちかけられた取引
ティムを追って、俺は街のあちこちを捜し回った。
行きそうな場所。
行きそうな道。
手当たり次第に捜して走り回った。
しかし。
結局俺は、ティムを見つけることができなかった。
人混みに紛れたのか、それともどこか角を曲がってすれ違いになり、別の道に行ってしまったのか。
どこを捜してもティムの姿は見当たらなかった。
途方に暮れた俺は一旦足を止め、膝に手をつく。
頭を垂れて疲労のため息を一つ。
最低だな、俺も。これでおっちゃんのこと、何も言えなくなる。
【俺だってな、昨夜はずっとお前のことを街中捜し回っていたんだぞ。交信が取れなかったせいで捜すアテもなかったし、街中をウロウロするしかなかった。まぁ最終的に、ここで待ってりゃぁお前が来るかなと思って待っていたんだ】
【そのおかげで、俺はとんでもない目にあった】
何気ない偶然。
竜人に追われて詰め所に駆け込もうとした時だって、俺が一方的に勘違いしただけだった。それなのに俺は全部おっちゃんのせいにした。
【全ては偶然だと言えば、お前は信じるのか?】
あの時おっちゃんが口にした言葉。
最初はおっちゃんのことを最低な大人だと思っていたけど、もしかしたら俺は、おっちゃんのことを色々と誤解していただけなのかもしれない。
百パーセントおっちゃんが正しいとは言い切れないが、でも何割かは、俺にだって非がある。
──そんな時だった。
「ほぉ。生きていたとはな。どうやら始末に失敗していたようだ」
前方から聞こえてきた声に、俺はふと、顔をあげる。
その前方にはあの時の竜人騎士と数人の竜人兵士の姿があった。
俺は目を大きく見開き、思わず竜人騎士に指を向けて声を漏らす。
お、お前はあの時の!
竜人騎士が問う。
「生きていたならば答えは一つ。
問おう。竜人二人を殺したのはお前か?」
え? 殺したってどういう──?
その疑問よりも先に。
竜人騎士が連れていた兵士たちが一斉に腰の剣に手をかけた。
攻撃態勢に入った竜人兵士たちに、俺は慌てて逃走の構えをとる。
やばい! この場から逃げなければ!
逃げ出そうとした時だった。
いきなり背後からぐいっと、俺の腕を掴んで庇うように。
一人の竜人兵士が己の背後へと俺を引っ張り込む。
引っ張られるがままに俺はその竜人兵士の背後へと回った。
同時、頭の中で聞こえくるおっちゃんの声。
『どういうことなのか説明しろ、すぐにだ』
おっちゃん!
竜人兵士──おっちゃんの表情が鋭くなる。
前方にいる竜人騎士たちを睨みつけ、声のトーンを落とす。
『なるべく事を穏便に済ませる為にもな』
視線で示されて。
俺はその方向へと目を向ける。
竜人騎士が感嘆のため息を漏らす。
視線を、俺からおっちゃんへと向けつつ、
「どうやら色んな者たちが元主君の後ろでつるんでいたようだな」
『……』
おっちゃんが無言で懐に手を入れて何かを取り出そうと構える。
おそらく拳銃だ。
周囲の人たちがただならぬ気配を察して離れていく。
あわやここで戦闘が始まるのかと思いきや。
竜人騎士はなぜか兵士たちの行動を手で制して止めた。
命令に従い、兵士たちが各々の武器から手を引く。
おっちゃんも懐から手を離す。
俺は内心でおっちゃんに言う。
ってか今、拳銃取り出そうとしていただろ!
答えず。
おっちゃんが俺の頭の中で尋ねてくる。
『事情を説明しろ。すぐにだ。何があってこんなことになった?』
え?
『相手が誰だかわかっているのか?』
……。
俺は首を横に振る。
いや、全然。ってか、この人たちが何者なのかもいまいち──
言葉半ばでおっちゃんが呆れるように内心でため息を吐く。
『どういう行動をすればこうなるんだ? まさか指揮階級に目をつけられる事態になるとはな』
もしかしてやばい相手なのか?
『やばいもクソもない。お前は一切手を出すな。相手は竜騎軍――黒騎士だ』
はぁ!?
『お前の存在がバレれば大変なことになる。絶対にクトゥルクを使うなよ。どんなことがあっても力を抑え込め。こんな接近だと誤魔化しきかねぇからな』
わ、わかった。
『お前が無事でいたのが不思議なくらいだ。誰かに助けてもらったのか?』
アデルさんが助けてくれたんだ。
『そのアデルって奴はどうした?』
それが……。
俺は目で竜人騎士のことを訴えた。
竜人騎士が微笑し、言ってくる。
「取引といこうじゃないか」
え?
『取引だと?』
「そうだ。こちらには人質がいる。もし昨夜のことで騒ぎを起こすというのならば、こちらにも考えがある」
人質って、アデルさんのことか!
「事が終わるまでお前たちが荒立てず大人しくするのであれば、あの者は自由の身にしてやろう」
『――その保障は?』
おっちゃんがそう尋ねると、竜人騎士は微笑した。
「闘技場で勇者の帰還と共に。そこで約束を果たそう」
そのままスッと、おっちゃんへと指を向けてくる。
「我が同志の体を返してもらう条件も含めてだ」




