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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部序章 前編】 バトル・ドラゴンズ
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第40話 大人はみんな嘘つきだと言うけれど、それは違うと俺は思う


 朝のにぎやかな街中を、俺と竜人兵士は肩を並べて歩いていた。

 ふと、竜人兵士――おっちゃんが、ぽつりと俺に尋ねてくる。


『腹、減らねぇか?』


 別に。


 帰れない苛立ちと整理のつかない気持ちでいるせいか、俺は自分でも冷たいと思えるほどの返事をしてしまった。


『そっか……』


 ……。


 気付けばお互い冗談が言えなくなるほどに、俺たちの間には見えない深い溝ができていた。

 だからといっておっちゃんがその溝を埋めてくるわけでもなく、俺も俺で埋める義理もなく。

 このまま街を一周してしまうのではないだろうかと思えるほど、俺たちは無言のまま街を歩き続けた。


 本当に、ただ歩くだけ。

 目的もなければ会話もない。

 俺も会話を切り出さないし、おっちゃんも切り出してこない。

 なんとも嫌なわだかまりの残る散歩だった。


『……』


 ……。


 無言まましばらく歩き続けながら。

 俺は反省と心の整理も兼ねて、今までのことを改めてゆっくりと思い返してみる。


 初めてこの世界に来た時のこと。

 初めてこの世界でクトゥルクを使った時のこと。

 そして初めて、セディスの事件の時におっちゃんの言葉を無視してクトゥルクを使った時のこと。


 たしかに今までを通して、からかわれたり嘘つかれたりもして散々嫌な思いをしてきたけれど、おっちゃんは別に本気で俺を騙そうとして色々やっているわけじゃない。

 本当に根は良い人だ。俺が危ない目に遭っている時だって全力で助けに来てくれたし、必死で守ってくれたりもした。それに、ダメなものはちゃんと「ダメだ、やるな」と言ってくれる。

 どちらかというと頼っているのは俺の方だ。無視したり反抗したりして自分の考えを無理やり押し通し、でも結局最後は一人で解決できずにおっちゃんに頼ったりしている。

 ……そうだよ。全部が全部おっちゃんのせいなんかじゃない。俺にだって色々と非を認めなければならないことはたくさんある。

 たしかに俺はこの世界でクトゥルクという化け物になりかけているのかもしれない。

 でも、それは俺がこの世界でクトゥルクを使ってしまうからなんだと思う。だからログアウトもできない。自業自得だ。おっちゃんは何度も俺に「クトゥルクを使うな」と注意してくれていたし、使わせないようにもしてくれていた。

 そうだよ。綾原の時だって、北の砦の時だって、おっちゃんは何度も俺を止めてくれていた。ちゃんと止めてくれていたんだ。それなのに、俺は……。


『そう自分を責めるな』


 ──って、筒抜けかよ!


『まぁ、あれだ。お前の言葉が勝手にこう、俺の中に受信してしまうんだ』


 どこの電波塔だ、俺は!


『なんつーか、その……交信中であることを言い出しにくかったことだけは伝えておく』


 伝えてくんな! もういいよ! やっぱり最低な大人だ、おっちゃんなんて!


 咳払いして。

 おっちゃんは会話を切り出してくる。


『その……あれだ。まだ出来ないのか?』


 え?


『ログアウトだ。俺もさっきから強制ログアウトさせてやっているがピンともスンとも反応がない』


 念じればいいのか?


『いや、とにかく感覚で覚えろとしか言いようが無い。慣れてくれば自然と出来るんだが、なんだ、こう、なんつーんだ? 言葉で教えてやれるようなモンじゃないんだ』


 感覚か?


『感覚だ』


 たとえばどんな?


『魚を釣る感じだ』


 魚?


 おっちゃんが空気竿を構える。


『今、お前の目の前には川があるとしよう。大きな川だ。そこに魚がぴちゃんと跳ねる。魚がたくさんいる証拠だ。

 そこに釣り糸を垂らし、じっとタイミングを待つ。

 ──魚がエサに食いついてきた! 

 そう思ったら一気にこう、素早くピッと、手前に引く』


 いや、わかんねぇよ。ってか何の話だよ、それ。


 汗のない額を拭っておっちゃんが爽やかにグッジョブして言ってくる。


『どうだ?』


 どうだじゃねぇよ。何自信に満ち溢れた顔してんだ。


『これで魚が釣れる』


 釣り方とかどうでもいいよ。俺が知りたいのはログアウトの仕方だ。


『ログアウトはそんなやり方だ。これでお前も一人前のログアウターになれる』


 ログアウターってなんだよ。初めて聞いたよ、それ。


 くしゃりと、おっちゃんが俺の頭を乱雑にかき乱して撫でた。

 そしてぽんぽんと無言で俺の頭を軽く叩く。


『大丈夫だ。心配すんな。その内きっとログアウトできる』


 だから、そのログアウトっていつなんだよ。


 ――ふと。

 前方から見覚えのある少年と鉢合わせる。

 俺は思わず足を止めた。


 あ。お前……


 ティムだった。

 しかも俺を見て、なぜか裏切られたような悲愴な表情をしている。

 信じられないとばかりに声を震わせ、


「なんだよ……そういうことだったのか。信じていたおいらが馬鹿だった」


 ……?


 俺は事情が飲み込めずに疑問符を浮かべておっちゃんと顔を見合せた。


 ――ん!?

 って、ちょっと、待て! 俺の隣に居るのは竜人兵士じゃねぇか!


 ようやくそこで俺はティムが誤解していることに気付いた。


【このレースはイカサマなんです。出来レースだったんです。全てはある一人の勇者を優勝させる為に。竜騎軍が裏で手を貸していたんです。さきほどの竜騎軍たちが、その勇者が優勝できるよう仕掛けてきたと笑って話していました】


 後悔したがもう遅い。

 きっと何を言っても信じてもらえないだろう。


「最低だ! みんな大ッ嫌いだ!」


 泣きながら、ティムは俺たちに背を向けて走っていった。

 俺は内心でおっちゃんに口早に告げる。


 おっちゃんはここに居てくれ。俺、ティムに説明してくる。


『説明って何をどう──おい!』


 言葉を皆まで聞かず、俺はおっちゃんをそこに残してティムの後を追いかけた。



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