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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第三部序章 前編】 バトル・ドラゴンズ
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第37話 厄介事は避けていても降りかかる


 ――お断りします。


「なぜだ?」


 俺、厄介事に関わりたくないんです。いえ、関わるわけにはいかないんです。


 人通りの少ない夜の街中を。

 俺は無理やりアデルさんに腕を引っ張られて歩いていた。


「関わるわけにはいかないだと? お前さん、見た感じだと厄介事に首を突っ込んではいけないほど“重き運命”を背負っているようには見えんのだが?」


 だからってあえて巻き込まないでください。


「お前さんの中に眠る正義の血が騒がぬか?」


 無いです、そんなの。普通の血が流れています。


「なぜそう物事に消極的なのだ? お前さんはあのティムの涙を見てどう思った?

 勇者とは正義だ。その正義の力を──お前さんの内に眠る勇者としての素質を、今、目覚めさせる時であろう?」


 だから無いですって、そんなの。俺は普通の一般人です。


「我輩にはわかる。お前さんの、その内に眠るその正義の心が、我輩に“解き放て!”とばかりにうずいておる。

 その心を解き放たない限り、お前さんは立派な勇者になることはできんのだぞ」


 別に俺、勇者を目指しているわけでも何でもないんで。


「なぜやってもいないうちから物事を諦めるのだ? お前さんは我輩が見込んだ弟子だ。お前さんならきっとやれる」


 やれるやれない以前に俺、何事にも関わりたくないんです。


「ならば問おう。──もしこの件が、この国の命運に関わることだと言えば、お前さんはどうする?」


 え?


 俺は目を点にする。


 ……この国の命運に?


「そうだ。竜騎軍はけしてカルロスを優勝させる為だけに動いているのではない。竜騎軍の狙いは別にある」


 別に、ですか?


 制するように、アデルさんは手をかざして俺の言葉を止めた。

 そして人差し指を立てて声を落とし、静かに告げる。


「我輩は今からお前さんに重要な任務を託そうと思っておる」


 え、任――


 アデルさんは人差し指を口に当て、俺に黙るよう示した。


 ……。


 俺は言う通りに口を閉じる。

 するとアデルさんは、きょろきょろと辺りをうかがうように周囲を見回し始めた。

 声を潜めて会話を続ける。


「良いか。これからお前さんに話すことは、この国にとって──いや、世界にとってとても重要なことだ。故に我輩はお前さんを心から信頼し、事を託したいと思っておる」


 そんな大事なことを俺なんかに託さないでください。


「馬鹿者、何を言う。我輩はお前さんを信用しておるのだぞ」


 だからってなんで俺なんですか? ミリアとか、もっと他に信頼できる人に頼めば──


「お前さんだから話すのだ。今までに何十人と勇者をこの目で見てきたが、ティムといいお前さんといい、こんなにも真っ直ぐな瞳を持つ若者を我輩は見たことがない」


 真っ直ぐな瞳? 俺が?


「そうだ。暗殺者を尾行する時の、お前さんのその正義の心を見て、我輩はピンときた。何かこう、心を惹きつけるものを感じたのだ。

 きっとこの者は将来、立派な勇者になってくれるに違いないと我輩はあの時確信したのだ。我輩の勘は当たる。故に間違いはない」


 誤解です。あれは──

 

 アデルさんが俺の言葉を手で制して止める。


「無理に隠そうとせずとも良い。我輩には見える。お前さんの中で光り輝く正義の心が」


 いや、あの──


「いいから聞け」


 ……はい。


 アデルさんはさらに声を落として、ひそひそと俺に話す。


「実は、竜騎軍はこの国の結界を壊そうとしておる」


 結界を!?


「しっ! 馬鹿者、声がでかい!」


 俺は慌てて声を落とすと怪訝に問い返した。


 いったい何の為に?


「竜騎軍は前々から平和すぎるこの国に不満を抱いておった。

 強すぎる結界があるが故に魔物の侵入もなく、腕を試せる相手がおらずに周囲からは飾りの武力だと罵られ、平和を望む国王を恨んでおったのだ」


 なんでそんなに竜騎軍に詳しいんですか?


「彼らの近い場所に居た、とだけ今は告げておこう。本来なら我輩も竜騎軍に関わってはならぬ身。見つかれば殺されてしまうのだ」


 殺されるって……アデルさん、いったい何したんですか?


「竜騎軍の秘密を知る者だ。このことを兄に知らせる必要がある。お前さん、ちと我輩に協力してくれぬか?」


 協力?


「ミリアも戻らぬ。お前さんにしか事を託せぬのだ。

 なに、そんなに難しいことではない。お前さんはただ、兄にこのことを伝えてきてくれればよい」


 ってか俺、アデルさんの親族なんて会ったことも見たこともないんですが。


「今はまだ話せん。だがすぐに分かる。とにかくお前さんは我輩に協力するのだ」


 ……それ、アデルさんが直接言いに行けば済む問題じゃないんですか?


「ならぬ。我輩が会いに行くわけにはいかんのだ。だからお前さんに事を託したい」


 は、はぁ。なんか事情はよく分からないですけど……分かりました。


 俺はしぶしぶ了承するしかなかった。





 ※





「なに!? カルロス以外の勇者たちの姿が見当たらぬだと!」


 街は深夜。

 ほとんどの住民が寝静まった頃である。

 月の明かりに照らされただけの薄暗い路地裏の片隅で、俺はつい、民家の壁に身を預けて座り込み、うつらうつらと眠りにつこうとしていた。

 ――が、アデルさんの声でハッと目を覚ます。

 目を向ければ、いつの間にかミリアがここに戻ってきており、アデルさんに何かを報告した後だった。

 アデルさんがどこか焦ったような表情でミリアに確認する。


「では、他の勇者たちはいったいどこに?」


 ミリアは首を横に振る。


「わかりません」


 ふと。

 俺の存在に気付いたのか、ミリアが俺へと冷たい視線を向けてくる。

 呆れるようにため息を吐いて、


「よくこんなところで眠れますね」


 別に。寝てねぇし。


 俺は不機嫌にそう答えると、重い腰を上げて立ち上がった。


 ん? ってか、ミリアって今まで一体どこに?


 キッと鋭い目つきでミリアが俺を睨んでくる。


「勘違いしないでください」


 は? 何が?


「たとえあなたがアカギとは無関係だったとしても、私はまだあなたを完全に信用したわけではありませんから」


 あの……アカギって?


「あなたには関係ないことです」


 ツンとそっぽを向いて。

 ミリアは俺を無視するようにアデルさんとの会話を始める。


「アデル様」

「うむ」


 アデルさんが頷く。


「ミリアよ。お前は急いで他の勇者たちの行方を捜すのだ」

「わかりました」


 ミリアはアデルさんに一礼すると、すぐさまその場を去っていった。

 徒歩で去り行くミリアの後ろ姿を見送ってから。

 俺は不思議に首を傾げる。


 もしかして徒歩で勇者を捜しに?


 アデルさんが俺の言葉を手で制す。


「ミリアのことは気にするな。それよりお前さんは我輩と一緒にやるべきことがある」


 やるべきこと?


「調べるのだ」


 調べる? 何を?


「うむ。まずは──」


「誰を捜している?」


 声は別の方から聞こえてきた。

 目を向ければ路地の向こうから、黒い鎧を着た一人の竜人騎士と三人の竜人がこちらに向けて歩いてきていた。

 四人の姿は月明かりで確認できる。

 内、三人は間違いなく、アデルさんがしばき倒した竜人三人組――そして、プラス一人。


 なるほど。

 俺はポンと手を打って納得する。

 要するに、アデルさんへの仕返しに兄貴を引き連れて来たわけか。


 三人の前に立つ兄貴的存在――鎧を着た竜人騎士は、俺の存在を無視してアデルさんだけを見ていた。

 アデルさんの表情が鋭くなる。


「やはり来たか、竜騎軍指揮……」


「勇者など捜すだけ無駄だ」


 そう鼻で笑って、竜人騎士はアデルさんに久しそうに語りかけてくる。


「まだ生きていたとはな、元主君よ。つくづくしぶとい御仁だ。あの時大人しく死んでいれば良かったものを」


 死んでいれば?


 アデルさんが俺を守るようにして背に庇い、拳を構える。


「この宝拳ほうけんが、悪を前にして敗れるはずがない。正義は必ず勝つ。そう決まっておるのだ」


 竜人騎士が鼻で笑う。


「正義、か。――世迷い事を。

 弱い者が死に、強き者だけが生き残る。それがこの世の運命さだめだというのに。

 お前の兄はすでに竜騎軍を前に降伏した。後はお前が死ぬだけだ」


「我輩は負けん。貴様等をこの正義の拳で裁くまでは」


 また鼻で笑い、竜人騎士が腰に携えた剣にゆっくりと手をかける。


「兄のように大人しく頭を垂れていれば生かしてやったものを。正義だの何だのと戯言を抜かし、死に急ぐ。

 なんとも哀れな元主君よ。もはや慈悲をかける価値も無し。竜騎軍を敵に回すということがいかに愚かなことか、死をもって知るが良い。

 ──死んだ王と王妃のようにな」


 言葉とともにすらりと剣を抜き放つ。

 アデルさんが憎々しげに歯を噛み締め呻いた。


「受けた恩恵を忘れ、平和を望む父と母に刃を向けたこと、一生忘れんはせん。父と母の仇、今ここでとらせてもらう!」


「無駄だ。人間どもの力など所詮知れている。戦場を生き抜いた我らが祖先の、誇り高きこの竜族の血を前に一生勝てぬのだ。

 戦場は再び甦る。そして我ら祖先の誇りを取り戻す。

 勇者の帰還とともに結界は消滅し、この国は我が竜騎軍のものとなるのだ」


「この国の結界は解かせん! 兄とてそれはわかっているはず!」


「それはどうだろう。現王の耳には事前にあの噂を入れておいたからな。

 ──クトゥルクに選ばれし勇者がこの国に現れる、と。

 それを聞いた現王はとても喜んでおいでだった。きっと【運命の子】と呼ばれし“伝説の勇者”の再来を望んだのだろう。

 勇者さえこの国に居れば、結界など必要なくなるからな」


「なにを馬鹿な! そんな話を兄が信じるはずが──」


「《天空の白狼竜》が現れし今、いつなんどき【運命の子】を名乗る勇者が現れても不思議ではない。誰もが疑いもせず勇者の話に耳を傾けてくる。

 たとえこの祭りで優勝する勇者が、金の力で仕立て上げられただけのただの道化勇者だったとしてもな」


「貴様ッ!」


「この国の結界は時機壊れる。――いや、現ガミル王が結界を解いてくださる。

 準備は万全だ。もう誰にも止められまい。勇者が帰還した時がこの国の結界の最後だ」


 アデルさんが俺を突き飛ばてくる。


「お前さんはここから逃げろ。そしてこのことを兄に──ガミル王に伝えるのだ!」


 俺は両手をわななかせた。


 伝えるって、何をどこからどうやって!? しかも俺みたいな庶民の言うことなんて──


「いいから行け! 我輩の名を言えばわかる! 我輩から──アデル王から伝言を託されたと言わばわかる! そして今聞いたことをありのまま兄に伝えるのだ!」


 竜人騎士は三人の竜人に視線を送る。


「お前等はあの覆面ガキを殺れ」


 それを合図にするかのように、三人の竜人が喧嘩腰に入る。

 チョロイ相手だと思ったのだろう。

 余裕の笑みを浮かべて俺のところへと歩み寄ってくる。


 戦闘。

 その言葉が俺の脳裏に浮かんだ。

 武器も無い。

 魔法も知らない。

 この世界の戦い方なんて俺は知らない。

 人間相手ならまだしも相手は竜人。

 どんな戦い方をしてくるのか、どう防ぐのか、そしてどんな攻撃をすればいいのかも、まるで想像できない。

 せめてこんな時におっちゃんが傍にいてくれていたなら……。


 俺は怯えるようにアデルさんの傍を離れ、その場から数歩後退した。

 竜人三人が笑う。


「おいおい、何一人だけ逃げようとしてんだ? 竜騎軍を敵に回して逃げられると思うなよ」

「追いかけごっこでも始める気か?」

「弱そう奴だな、コイツ。一瞬で片付きそうだぜ」


 三人は嘲笑にも似た笑いを浮かべ、俺に近づいてきていた。

 俺が弱いと確信しているからだろう。

 そんな時だった。


鉄拳アイゼンフィスト!」


 竜人たちの隙をついて。

 どす黒い拳を固めたアデルさんが、竜人一人をその場から吹っ飛ばす。

 残された二人が、一瞬何が起こったかわからないといった顔で呆然とする。

 アデルさんが俺に振り返って叫ぶ。


「今のうちに行け! ここで殺されたら何も残らん! 逃げ延びて、このことをガミル王に伝えるのだ!」


 アデルさんの声が俺の心を強く押した。

 言われるがままに俺は無我夢中でその場から駆け出した。



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