第35話 いったい何者なんですか?
「――ん?」
「え?」
あれ?
店を飛び出してすぐの、人通りの少ない夜の路上で。
俺とティムはその光景を目にして呆然と固まり、その場に立ち竦んだ。
なぜならすでに、気絶した竜人三人が道の端で折り重なって山となり倒れていたからだ。
汚れたであろう手を叩きながら、アデルさんが何事ない顔で俺たちへと振り返ってくる。
「我輩がやられているとでも思ったのか?」
俺は頬を引きつらせながら感想を述べる。
つ、強いんですね……。
「勇者だからな」
理由になってないです。
「何を言う。お前さんのことを助けてやっただろうが」
また例の素手ですか?
「武器なぞ使うまでもない。強化魔法で鍛えたこの拳一本で充分だ」
あの……アデルさんって、いったい何者なんですか?
「勇者だ。それ以外に何に見える?」
山賊の頭領。――とはさすがに言えなかった。
「見た目なぞどうでも良い。我輩は勇者だ。勇者は強くて当たり前であろう?」
そんなに強いんだったらなぜドラゴンに乗らないんですか?
「我輩は高いところが苦手なのだ。特に空を飛ぶ乗り物にはな」
そういう事情だったんですか。
「言っておくが、ドラゴンに乗ること以外なら何でもできるぞ」
ドラゴンに乗れないのは勇者として致命的ですよね。
アデルさんは胸を張り、そこを拳で叩いて示す。
「勇者とは正義だ。正義の心さえあれば充分だ。我輩はそう思っておる」
正義、ですか。
「うむ。そうだ」
……。
俺は無言で眉間に人差し指を当て、考え込むように呻いた。
勇者って結局何なんだ?
考えたところで答えは出ないのだが。
――ふいに、
「お?」
急にティムが泣きつくようにしてアデルさんのところへと走り出した。
そのままアデルさんにしがみつく。
「勇者様、どうかお願いです! その正義のお心で、この“勇者祭り”を止めてください!」
「……?」
事情が見えず。
俺とアデルさんは無言で、顔を見合わせてお手上げをした。




