第32話 勇者って結局何なんですか?
──あれから。
窃盗の男を警邏隊の詰め所にぶちこんだ後、アデルさんとミリアは清々しい顔で詰め所から出てきた。
アデルさんが胸をぐいと張って俺に言う。
「これが勇者だ」
何かが違うと俺は思った。
「違うことはなかろう? ドラゴンに乗り、軍を率いて戦うのが勇者か? 魔物を倒して威張って歩くのが勇者か?
いや、そうではない。勇者とは身近なところで困っている人に手を貸してやること。それが真の勇者である」
それを聞いて。
俺はどことなく安心感を覚えた。
あぁこの人とは気が合いそうだな、と。
急に、がしっと。
ミリアが無言で俺に近づいてくるなり、いきなり俺の片腕を掴んできた。
え、な、何?
少し怒ったような不機嫌な顔をグッと傍に寄せたかと思うと、間近で俺の目をのぞきこむようにして見つめてくる。
「……」
えっと。
俺は内心すごく戸惑った。
何か彼女の気に障ることでもしてしまったのだろうか?
同時、頭の中でおっちゃんの声が聞こえてくる。
『お前さ、そうやって勝手に単独であちこち動き回るのはやめてくれないか? この人たちの傍に居ろと言っただろ。俺は声以外何も手出しできないんだぞ? 分かっているのか?
待っている間に奴等にさらわれたりしたらどうしようかと本気で焦ったじゃねぇか』
内心にて俺は謝る。
あーうん、ごめん。なんかまだ話が長くなるって聞いたから、退屈だし邪魔になりそうだったから外で待ってた。
『余裕でいいよな、お前は。一人でそこに居て何もなかったか?』
別に。特に何も。
『それは良かった』
意外と心配性なんだな、おっちゃん。
『早死にするタイプなんだ。ほっといてくれ』
──ふいに。
アデルさんが声をかけてくる。
「お前さん達、どうしたというのだ? だんまりと二人で見つめ合って」
え。
俺はハッと目前に居るミリアのことを思い出し、慌てて掴まれた腕を激しく振り払った。
すぐに顔をぶんぶんと横に振る。
いや、俺は別に何も。
ミリアが俺から離れてアデルさんの傍に駆け寄り、口元に軽く片拳を当てると、思い悩んだ顔でぽつりと呟く。
「アデル様」
「む? どうした、ミリアよ」
「私、時々不安に思うのです。この者は名も知れませんし、覆面をして正体を隠しています。
さきほど彼の目を見つめて思考を読もうとしたのですが、全く読めませんでした。それに──」
そのままミリアは片拳を己の胸服へと持っていくと、きゅっと掴んだ。
どこか不安そうに視線を落とし、細々と言葉を続ける。
「彼と目が合うたびに急に金縛りのように体が動かなくなって、すごく胸の奥が締め付けられるようにドキドキしてくるのです」
……。
俺は無言で視線を逸らした。
頭の中でおっちゃんのウキウキとした声が聞こえてくる。
『おー、そうかそうか。それは間違いなく恋──』
ミリアが必死な顔でアデルさんに訴える。
「アデル様、もしかしたら彼はアカギの残党なのかもしれません! やっぱり」
「ミリアよ」
ポンと、宥めるようにアデルさんがミリアの肩に手を置く。
そして真剣な表情で告げた。
「それは──お前の中に芽生えたライバル心というものだ」
「ライバル、心……」
何かが違うと俺は思った。




