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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第一部】 おっちゃんが何かと俺の邪魔をする。
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第10話 俺が居るべき世界【後編】


 ※



 あれから。

 普通に夜ご飯食って、普通に風呂入って、普通にテレビ見て。


 俺は今、机に向かって普通に勉強を始めようとしている。


 ペンを指先でくるくると回して弄びながら椅子の背にもたれ、呆然と天井を見上げる。


 勉強がなかなか進まない。やる気もない。


 ため息を一つ。

 天井から視線を落として勉強机へと向き直る。

 そこに飾っている置時計。

 夜の十時を示していた。


 なんとなく。

 俺はおっちゃんのことを思い出して頭の中で呼びかけてみる。


『ほぉ。今の今まで俺を遮断しておいて今更になって暇だから呼びかけてみたとか、そんなんじゃねぇだろうな?』


 どうせおっちゃん暇だろう?


『今食事中だ。後にしてもらおう』


 どこで何食ってんだよ。しかもこんな時間に。


『お前んとこが何時なのかは知らんがこっちは昼飯時だ。それにしてもここの飯屋の肉、ほんとうめぇな』


 こことか言われてもわかんねぇよ。


『何言ってやがる。お前もゼルギアにおごってもらってさんざん食っただろうが。その飯屋だ』


 ……は?


 俺の思考がぴたりと停止する。

 ゼルギアにおごってもらった飯屋だと? しかもそこに居る?

 いったい何の目的で?

 俺は身を乗り出すような気持ちでおっちゃんに尋ねる。


 なんで──


『お。悪ぃがそこの美人の姉ちゃん、この肉の追加を頼む』


 シカトすんな、コラ。


『姉ちゃん美人だなぁ。今度俺とデートしないか?』

『いいわよ。ここに電話して』

『オーケー。必ず電話する』


 オイ! 生活感ダダ漏れで全部こっちに聞こえてるぞ!


『聞こえて困るものは何もない』


 そのオープンな態度が余計腹立つッ!


『それはそうとお前、こっちの世界に来る気はないか?』


 行かないって言ってるだろ! 何度もしつこいな!


『そう怒るな。ただの確認だ。俺から言ってやらねぇとお前、こんだけ断っておいて自分から「行きたい」とか言い出しにくくなってんだろう?』


 俺は鼻で笑う。

 安心しろ。俺は一生言わない。


『相変わらずつまんぇー奴だな。だからお前──』

『みんな聞け、大変だ! ゼルギアが黒騎士に捕まったらしいぞ!』


 え?


 おっちゃんの舌打ちが聞こえてきた後、いきなりぶつりと交信が途絶えた。



 ※



 理由はよくわからないが。

 その日を境に、おっちゃんが俺に話しかけてくることはなくなった。


 寝るときも普通に寝て、起きるときも普通だった。

 いつものように顔洗って飯食って、そんで歯を磨いて制服に着替えて学校へ行く。

 普通に登校して、教室に入って、ダチとしゃべって担任教師が来る。


 いつもと同じ、いつもの時間。

 いつも変わらない生活。

 何があるわけでもなく、何が起こるわけでもない。

 ただ毎日同じことを繰り返す。

 何の味気も素っ気もない、俺のいつもの平和な日常。


 不満に感じたことなんて一度もない。

 なかったはずなのに……。


 朝のホームルームを始める教師の声を聞きながら、俺は窓辺に顔を向けて空を眺め、思わずため息を吐いた。

 本当に無意識だった。

 隣の席に座っていたダチの朝倉がひそひそと話しかけてくるまで。


「なんかお前の顔、毎日が退屈で仕方ないって顔してる」


 え? そうか?


「おいコラ、そこの二人! 私語をするな!」


「はーい、センセー。すんませんした」


 すんませんした。


「ったく。そこ二人は次の席替えで離れろ」


「はぁ!? ちょっと話しただけじゃん、オレ等!」


「点呼を取る。朝倉」

「……はーい」

「浅井」

「はい」

「綾原……は、欠席だったな」


 休み?


 教室が騒がしくなる。

 それもそのはず。綾原が今まで学校を休んだことなんて一度もなかったからだ。


 教師が一喝する。

「コラお前ら静かにしろ! 点呼を続ける。飯野」

「はい」

「井川」

「チス」

「井上」

「はーい」


 淡々と続く点呼を聞きながら、俺は綾原の席をじっと見つめていた。

 そういえば俺、まだアイツにあの時の礼を言ってなかったんだっけ。

 見舞い返しってのも変だが、今日の帰りに何か持って見舞いにいってみるか。



 ※



 ──学校が終わり。

 

 終礼の鐘とともに俺は帰宅の準備を始めた。

 朝倉が何気にぽつりと俺に言ってくる。


「やっぱもう部活行かないんだな」


 え? あ、あぁ。今日は(・・・)部活休むからあの先輩に言っといてくれ。


「オレも一緒に帰ろっか?」


 悪い。俺、今日は用事があるから先に帰るな。


「一人でか?」


 寄るとこあるから一人で帰るよ。


「そっか。あんま無茶すんなよ」


 え? あ、あぁ。サンキュー。


 俺は内心で首を傾げる。

 やっぱりなんか、朝倉の様子が変だ。

 そう思いつつも荷物をまとめ、俺は教室をあとにした。


 ──学校の帰り道、その商店街で。


 俺は果物屋に立ち寄ると品を選んでいた。

 亭主のオススメは今が旬のスイカらしい。

 赤い実に甘い果汁。たしかに梅雨も明けて暑くなるこれからの季節には最高の風物詩だ。キンキンに冷やして庭で食べたいところだ。

 って、そうじゃなく。


「マジで美味いって、兄ちゃん。まぁ騙されたと思って買ってみな。百円引きしてやっから」


 いや、俺は見舞いに持って行く果物を──


「なんならバナナも一房おまけだ。これでどうだ?」


 いや、『どうだ』と言われても。


「あ。こんなとこにKがいる」


 ふいに背後からかけられた聞き覚えのある少女の声に、俺は振り向いた。


 あの時公園で、Mと名乗ったツインテールの少女だった。

 彼女の着ている制服からして、どうやら隣の青山校の生徒だったようだ。

 するとMと一緒にいた二人の女友達が冷やかすようにしてMを突いてひそひそ話す。


「ちょっとちょっと」

「あの制服、灘区校の男子じゃん。結衣、知り合いなの?」

「うん、ちょっとね」


 M──本名、結衣とやらは女友達二人とそこで別れ、俺のところへ駆け寄ってきた。


「買い物?」


 え? あ、あぁ。まぁな。


「へぇ。男の子って果物食べるんだぁ。不思議ぃー」


 食べるのは俺じゃないけどな。

 俺は結局スイカを買うことになった。


 結衣が俺の顔を覗き込むようにして言ってくる。

「あたしもスイカ好きだよ?」


 だから、食べるのは俺じゃねぇっつってんだろ。


「じゃぁ彼女が食べるの?」


 見舞いのお返しだ。


「見舞い? どこ行くの?」


 見舞いに来てくれた奴んとこ。


「あ、そうだ。ちょうど良かった。あんたの学校に綾原奈々って子がいるでしょ?」


 それがどうした?


「今日、学校に来てなかったんじゃない?」


 その言葉に俺は立ち止まる。

 そして怪訝に顔を顰めた。


 なぜそんなことを知っている? 綾原と友達なのか?


「あれ? もしかしてKって同じ学校にいて気付かなかったの? 奈々ちゃんもコード・ネーム保持者だよ」



 ※



 綾原の家は住宅街の一角にある十二階建てマンションの六階にあった。

 コード・ネームMこと──結衣とともに、俺は綾原の住む号室の前にたどり着く。


 ──って、なぜお前は俺のあとをついてくるんだ?


「いいじゃん、別に。あたしも奈々ちゃんに会いたいもん。ねぇねぇそれより、Kと奈々ちゃんって付き合っているの?」


 俺はため息をついた。

 ほんと女子ってこういう話ばっか聞いてくるよな。

 うんざりしながら答える。

 

 付き合ってないし、話したことも無い。


「ふーん。それなのに見舞いに来ちゃうんだ」


 来たら悪いのかよ。


「別に。悪いってわけじゃないけどちょっと気になっただけ。そんなことより早く呼び鈴押したら?」


 うるせぇな。お前に言われなくても押すよ。


 俺はドアの近くにあった防犯カメラ付き呼び鈴のボタンを軽く押した。


 乾いた音色が鳴り響く。

 しばらくして、ドアが開いた。

 綾原に似た小学生の男の子がドアから顔をのぞかせてくる。そして何を勘違いしたのか驚き目で俺を見た後、結衣へと視線を移す。


「結衣姉ちゃん、いつの間に彼氏作った?」


 結衣がその子の頭に一撃を見舞う。


「バぁーカ。そんなんじゃないわよ」

「痛ぇッ! 何すんだよ、この暴力女! だから彼氏できねぇんだろ!」

「うるさいわね。それよりあんたの姉ちゃん呼んできてよ」

「居ねぇよ。吐き気が治ったとか言って塾に出掛けてったよ」


 結衣が俺に振り向いてくる。

「──だって。どうする?」


 どうしようもねぇだろ。

 俺は手持ちのスイカを綾原の弟に差し出した。


「わーすげぇ、スイカじゃん! オレ超好き! ってか、兄ちゃん誰?」


 お前の姉ちゃんの同級生だ。見舞いに来てくれたお返しだって言っといてくれ。


「わーい。なんか知らないけどありがとう!」


 聞いてねぇだろ、俺の話。


 そんな時だった。


 ふいに背後から女性の声が掛かる。


「あら。その後ろ姿は結衣ちゃんかしら?」


「あ、母ちゃんだ。おかえり」

「奈々ちゃんのお母さん、こんにちは。また遊びに来ちゃいました」


 結衣が女性に頭を下げる。


 俺も小さく「こんにちは」と言って頭を下げた。


 綾原に似たとてもきれいな女性だった。

 スーツ姿に髪を一つに結った秘書っぽい感じで。


「せっかく遊びに来てくれたのにごめんなさいね。奈々は今日体調が悪くて──」

「あ、姉ちゃんなら居ないぜ、母ちゃん。吐き気が治ったとか言って塾に行った」

「まぁあの子、塾に行ったの? 何も今日くらい行かなくても……」


 女性が俺に目を向けてくる。


「あら。あなたのその制服、奈々の居る学校の子よね?」


 俺は頷き答える。


 あ、はい。俺が入院している時になんか見舞いに来てくれたみたいでそのお礼にと思って──


「母ちゃん見て! スイカもらったんだぜ!」

「まぁこんなおいしそうな物を。わざわざありがとうね。せっかく来てくれたんだから上がってお茶でもどうぞ」


 いや、俺はここで。

 断ろうとしたのに、急に結衣が俺の腕に絡み付いてくる。


「はい、ぜひ。お邪魔します」


 オイ。


「いいじゃん。どうせ男子って暇でしょ?」


 それはどこの統計をもとにしての発言だ、コラ。


 結局、俺と結衣は綾原の家にお邪魔することになった。


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