第31話 勇者とは、つまり正義です
闘技場の近くに並ぶ露店街で、“フォップ”という食べ物──パンにドラゴンの肉を挟んだだけの携帯食――をアデルさんに買ってもらい、俺は路上の片隅で食事をしていた。
ちなみに俺は金を持っていない。
一応断りは入れたのだが、勇者たる者がなんたらどうたらと言ってアデルさんが俺の分まで買ってくれたのだ。
俺はしばらく無言でフォップを食べていた。
そんな時。
ふと、アデルさんがぽつりと俺に尋ねてくる。
「お前さんにとって“勇者”とはなんだ? 答えよ」
え?
「はい、アデル様。それは正義です」
「正解だ」
なぜ俺に振った?
「勇者とはつまり正義だ。愛と勇気をもって正義を貫く。それが勇者だ」
俺は内心でおっちゃんを呼ぶ。
『もうしばらくの辛抱だ。奴等がこの街から出ていくまではこの人たちと一緒にいろ』
……。
俺はため息を吐いて周囲を見回した。
はっきり言って俺の見る限りだと怪しそうな奴は見当たらない。
ってか、なんでこの人たちと一緒に居なければならないんだ? 別に知り合いでも何でもないんだぞ? たまたま通りすがりに俺を助けてくれただけの、親切な赤の他人なんだぞ?
『木を隠すなら森の中だと言うだろう? 異世界人のお前が一人でうろちょろされたら目立って仕方が無い。幸運にも彼らは親切だ』
いや、だからそれは、おっちゃんが俺の傍に居ればいいだけの話だろ。
『まだ分からないのか? 俺と一緒に居ればお前までマークされる。俺の行動パターンは変えられるがお前は変えられない』
ふいに。
アデルさんが俺に話を振ってくる。
「ところでお前さん、ドラゴンに乗ったことはあるか?」
あ、え?
急に話を振られたことで俺はハッと我に返った。
慌てて質問に答える。
ど、ドラゴンに……ですか?
アデルさんは頷く。
「そうだ」
ないですけど。
「我輩もだ」
俺は肩を滑らせた。
あ、あの、勇者ってあれですよね。ドラゴンに乗らないと──
「ドラゴンなんぞ乗らなくても良い」
え?
「勇者とはつまり正義である」
「はい、アデル様。勇者とはいかなる悲鳴も聞き逃さず、現場に駆けつけて活躍するのが勇者です」
「よく言った、偉いぞミリア。それでこそ我が弟子、立派な勇者だ」
「はい、アデル様。勇者の名において、私はいかなる時も現場に駆けつけ人を助けます」
二人の視線がこちらに向く。
これは俺に同意しろと言っているのだろうか?
俺は軽く相槌を打った。
そ、そうですね……はい。
ふと。
――ん?
俺は明らかに不審そうに歩く男を目撃した。
何やら怪しげに周囲を見回し警戒している。
二人の目がキラリと光る。
「アデル様」
「うむ」
瞬間だった。
予想通り、不審な男は目の前を歩いていた女性の隙をつくようにしてバッグを奪い、走り出した。
女性が声を上げるより早く──
「「教育的指導ぉぉぉぉッ!」」
二人は声を重ねて同時、その男に強力なドロップキックを見舞い、一撃で地に沈めたのだった。




