第30話 どういうことだよ、それ
『その必要はない』
ふいに頭の中に聞こえてきたおっちゃんの声に、俺は辺りを見回した。
しかし、それらしき人物は見当たらない。
『ここだ、ここ。今お前の目の前に居る』
え?
目を向ければ、俺の正面にいるのはミリアだった。
『そうだ。俺は今、彼女の中に居る』
何考えてんだよ、おっちゃん!
俺は両手をわななかせながら、たまらず内心で叫んだ。
『そう怒るな。余所見して歩いていたら前から来た彼女と肩がぶつかって、俺の精神がそのまま彼女の中に入っちまったんだ。ちっとは察しろ』
何をどう察しろと!?
『悪いが少し厄介なことになった。どうやら面倒な奴等に尾行されていたようだ』
尾行? 面倒な奴等って?
俺は周囲を見回す。
『安心しろ。尾行は俺が撒いておいた。とにかく今俺とお前が一緒に居るのは危険だ。お前はしばらくの間、この人たちと一緒にいろ』
この人たち?
俺はアデルさんとミリアへと目を向けた。
『そうだ。この人たちと一緒に、だ』
なんで?
『いいから。とにかくまずはそのまま黙って俺の話を聞け。
夕べの帰り道、お前は“ディーマンを迎えに来た奴が俺の知り合いじゃないか”と俺に訊ねたよな?』
え? あ、うん。
『たしかに知り合いだ。──悪い意味でな』
悪い意味で?
『詳しいことは言えないが、クトゥルクを追っている集団がこの街に潜んでいる。なるべく奴らに行動パターンを読まれないようにしたい。その為にはお前の協力が必要だ』
集団って……まさか黒騎士!?
『いや、黒騎士とはまた別の集団だ』
黒騎士以外にもまだ別の集団があるのか!?
『そうだ。とにかく俺もお前も、そいつ等に捕まるわけにはいかない』
捕まるってなんで? 集団って何? どんな奴等?
『それは……言えない』
言えよ。教えてくれないと警戒できないだろ。
『むしろ奴等の前で不審な行動をするな。警戒もするんじゃない。何も知らない自然なままでいろ。その方が安全だ』
安全って……?
『奴等に勘付かれたら終わりだ。尾行どころか俺たちは逃げ場を失い、そのまま即捕まる』
そいつ等に捕まったらどうなるんだ?
『クトゥルクのことを吐くまでジワジワ痛めつけられる。捕まった時の拷問は覚悟すべきだな』
それ、俺もそうなるのか?
『当然だ』
俺がクトゥルクを持っているってことがそいつ等にバレたら?
『余計悪い。お前は一生この世界から出られなくなる。――って、バレたらどうなるか話してやったよな? 何度説明させる気だ?』
たしかに聞いたよ。聞いたけど──
『お前の身の安全を考えて言ってやっているんだ。今は何も聞かず俺の指示には黙って従え』
……わかった。
不満は色々あったが、俺はなんとなくおっちゃんの話に説得させられてしまった。
おっちゃんが付け加えるように言ってくる。
『あと一つ、お前に言っておかなければならないことがある』
言っておくこと?
『念の為だ。ペナルティが終わったと感じたらすぐに自力で向こうの世界へ帰れ』
自力で?
『どうやらこの体は特殊だったようだ。俺は今、自分の意思で体を動かすことはおろか魔法も使えない。ただお前とこうして交信しているだけで精一杯だ。
だからログアウトできると感じたら自分の力でこの世界からログアウトしろ』
自分でログアウトって……まだやり方すら教えてもらってないんだけど。
『そうだったな。じゃぁ今からログアウトのやり方を教える』
わかった。
『いいか、よく聞け』
うん。
一呼吸置いた後。
おっちゃんが静かに告げてくる。
『――感覚だ』
……。
『……』
え? それだけ?
『それだけだ』
他に伝えることはないのか? なんかこう、呪文唱えたりとか魔法陣書いたりとか強く願ったりとか水に飛び込むとか、色々手順があるはずだろ?
『ない。感覚だ。直感に従え』
どこのサバイバルだよ。
『なんかこう、急にピンとくるものがある。それがログアウトだ』
いや、わかんねぇよ。
『帰りたい時は帰れる。直感を信じろ』
だから、直感って言われても──
『俺が言えるのはそれだけだ』
……わかった。
俺はしぶしぶ了承するしかなかった。




